23話
今朝のマリーはすこぶる機嫌が良い。
「朝からご機嫌っすね~、うざ」
グルゥも本気で言っている訳ではない。だが朝から随分な挨拶だ。
それでも、気にならないくらい今日のマリーは機嫌が良かった。
「朝会始めるよ~、ホラ! グルゥも並んで並んで」
「うざ!」
「おはようございま~す」
『おはようございます』
「今日は特に何もないので、いつも通りお願いしま~す。
ああそうそう、今年の武器コンペ、うちの整備班が優勝だって」
大歓声。
マリーを除いたハンター課27名が歓声を上げた。
「それで、例の棍棒なんだけど、名前が三節棍に決まりました~。はい、拍手~」
拍手はまばらであった。
「あれ? 三節棍はダメ? 気に入らない?」
誰も答えを返さないが、表情が物語っている。
「あー、課長。サンセツコンだと長いんで、もっと短く、例えば『セッコ』とかどうですか?」
一人の課員が意見を述べる。
マリーは全員の様子を見て決めようと、課員達を見回す。皆、期待しているようだ。
「うん、良いよ~。これからは三節棍改め、セッコで」
先程とは比べ物にならない、拍手の量。口笛で囃し立てる者もいる。
「私からはこれでおしま~い、他に何かある人は?」
「・・・・ それでは今日も一日気を引き締めて、怪我や事故が無いように、よろしくお願いしま~す」
『よろしくお願いします!!』
朝会を終えた課員達は、シフト表に従いそれぞれの持ち場に向かう。
そんな中、とうとうギンシが問い質す。
「マリーよ、今朝からなんだ? なんか良いことあったか?」
「んっふふ~、胃痛の種がひとつ消えたのよ~! 一緒に喜んで~!」
ギンシは手を払い、拒否を示す。
「大方勇者のこったろ、逮捕されたってな。
しかしよ、マリー。
浮かれるのも良いがよ、勇者や一味に狙われたらどうする? 少し落ち着け、な?」
「だいじょ~ぶと思うけどね~」
聞く耳持たぬマリー。
「教官、勇者は何の罪で逮捕されたんすか? 勇者っすよ!? 罪を犯すとは思えねぇ」
ギンシへの質問だったが、当事者であるマリーが割り込んだ。
「鑑定の未申告と無断使用。所謂、覗きよ」
「ババアには聞いてねえ!」
グルゥは否定するように強く言葉を返した。
「ホントの事よ。受付課に行けば直ぐに分かるわ」
「課長、まさか処刑なんて事には、」
「へ~きへ~き。元々犯罪者じゃないし、国に叛意もないでしょうし、」
グルゥとフォールが揃って胸を撫で下ろす。
勇者ファンの二人は逮捕と聞いて気が気でなかっただろう。
「・・・・ まぁ、お咎めなしとはいかんでしょうけどね」
ぬか喜びである。
「いや、でも勇者だし。そんな重い罰には、ならねえ、よな?」
グルゥが恐る恐るフォールを見ると、彼は首を振って答えた。
「鑑定スキルに関する罰は三つしかない。
一つ目は、鑑定人に強制転職。これが一番軽い。元々、鑑定スキル持ちは鑑定人になるしかない。実質無罪だろう。
次に、一番重い罰。則ち処刑だ。犯罪者が鑑定スキルを持っていた場合に該当する。罪を犯さず、普通に暮らしていれば何の問題もないさ。勇者もこれには当たらないだろう。
そして最後が・・・・」
話せなくなったフォールに変わり、マリーが後を引き継ぐ。
「最後のがたぶん、勇者に与えられる罰よ。封印処置」
・・・・
・・・・
「んだよ、それだけかよ! 妙に溜めっからビビったわ」
グルゥが不安を払うように、一人だけ明るく振る舞う。ここまで来ると、流石のマリーも浮かれてはいない。
マリーの話は続く。
「封印処置はね、素行不良で信頼がおけず、鑑定人に相応しくない人物に与えられる罰。
鑑定スキルってね、両目が揃ってないと使えないのよ。つまり、片眼を抉る、それが封印処置」
グルゥが、自分の眼を抉られたかのような沈痛な面持ちをしている。
勇者に興味のないマリーとギンシもグルゥに感化されたかのように、重苦しい空気が四人を包む。
「まぁ、でも、割りと居るんだけどね。封印処置された人」
努めて明るく語るマリー。
「五軒隣の医者の爺さん、その助手って分かる?」
「・・・・ まず医者の爺さんがわかんねぇ」
「ふむ、草爺の助手か、・・・・ あの大柄な?」
南部出身のグルゥと違い、フォールは王都出身。東大通りの医者、通称『草爺』の事も知っていた。だが、その助手までは詳しくないようだ。
「男の方じゃなくて、髪で片眼隠れてる女の子。あの子も封印処置よ」
「医者の助手がされるて。なんか、信用できなくね? 大丈夫かよ?」
「むしろ泣かせる話って、この辺りじゃ有名よ?
簡単に話すと、
あの子はねぇ、どうしても医者に成りたくて、草爺に拝み倒して小さい頃から助手の真似事しつつ、働いてたの。それで、12歳からは正式に助手として頑張ってたんだけど、15歳で鑑定スキルが出ちゃってね。でも、鑑定人に転職しなきゃいけないところを、自分から申し出たの。
『封印処置にしてください』ってね」
「ホントに泣くやついんの? この程度で」
「フルバージョンは『是非とも演劇に!』って言われるくらい感動的なの! 本人が断っちゃったけど」
「ともかく!
こんな身近に封印処置の人物が居たとは。グルゥ、後で話を聞きに行ってみないか?」
「おう。自分から言えるくらいだし、案外痛くないのかもな」
「あれ? 気にしてたのってそこ!? ちゃんと麻酔掛けるし、利き目残す配慮もされるよ?」
当然、グルゥの心配はそこではないが、勇者なんてどうでもいいマリーには、その程度の想像しかできない。
「いや違うん「まぁとにかくこれで片眼は失うけども、勇者も晴れて諸国漫遊の旅に出るわけだ。胃痛の種もひとつ消えて万々歳よ!」
マリー1人だけが浮かれて笑っている。
そんな状況に、ギンシはやれやれと、フォールはしょうがないと、グルゥは憮然と、三者三様のため息を吐いた。
しかしマリーが笑っていられるのは今のうちだけだ。
勇者はマリーが考えるより、遥かに義理堅い男であったのだ。




