22話
ギンシの好意で、午後から病欠を取ったマリーは、フライヤーで隣国のカーメン王国は、響山の麓までやって来た。
フライヤーはもちろん無断使用である。
「確か、温泉宿があるって聞いたんだけど、
………… あれかな?」
その後、温泉宿アースムに一泊し、ギルドへ帰還。
勇者パレードの興奮冷めぬ輩も少数いるが、概ね落ち着きを取り戻しており、いつもの王都東大通りであった。
翌日、ギルドの受付嬢達は朝のラッシュを捌ききり、少し気の抜けた、休憩のような時をすごしていた。
そこへ、マリーの嫌いなあいつがやって来た。
「ここが冒険者ギルドか~。いいね! それっぽいよ!」
勇者御一行の登場だ。
勇者は迷わず、一番若い、新人受付嬢ミミの元へ向かった。
「あの、本日はどういったご用件でしょう? 依頼ですか、それとも登録でしょうか」
「クッ、ハッハハハハ!! オレが依頼? そんな訳無いだろ? オレ勇者だよ? 登録に決まってんじゃんw」
ミミは先輩受付嬢達から聞いて知っている。若い奴らは男女を問わず、登録時に傲慢な態度をとることが有ると。
「失礼しました。それではこちらの登録用紙へ御記入ください。後ろの御二人も御一緒でしょうか?」
勇者の後ろには、女騎士と女僧侶がいる。
「我等も頼もう。序でにパーティー登録も頼む」
「パーティー登録ですね。それではこちら、冒険者登録用紙と、パーティー登録用紙になります。
パーティー登録用紙はパーティーリーダーの方が御記入ください。
メンバーの項目は署名になりますので、各自御記入願います」
ややあって、各種登録用紙を書き終えた勇者一行はギルドをうろつき始めた。主に勇者が先導し、後ろの二人は止めもしない。
「あの! そちらは立ち入り禁止です!」
「ああ、そう」
なんど注意されようとも、あちこちに視線をさまよわせながら、またブラブラとうろつきだす。
そこへマリーがいつものサボりでやって来た。
「ロザリー、まだ客いる~? お茶にしよ~」
「ギャアアアアアア!!!!」
勇者が突如、顔を抑え絶叫し苦しみ出した。
「勇者様!? ラーナ様! 回復魔法を!」
「ヒール! ………… !?
ミドルヒール! ………… これでもダメ!?
これなら! エクストラヒール!! ………… 何故!? どうして効かないの!?」
「何これ、なんか修羅場じゃない?」
ロザリーの足下で声がする。マリーの声だ。
危機察知能力の高いマリーは、面倒事の気配を感じ、勇者が叫ぶと同時に隠れていた。
マリーと話すため、ロザリーもカウンターの下に隠れる。
「マリー、あなた何かしたの?」
「この品行方正な私に向かってなんたる言いぐさ!」
「でも隠れてるじゃない」
「あら、ホント」
マリーが楽しそうにクスクス笑うなか、勇者は未だ絶叫しのたうち回っている。
「あの女!! あの女がぁあああ!!!!」
カウンターの下、二人が顔を見合わせる。
「タイミング的にあなたよね? マリー」
「あれがもし私の事を言ってるのなら、あの女、じゃなくて、あの美女、って言うはず! だから違うわ」
「厚かましい」
今度はロザリーも一緒に、クスクス笑っている。
「あの女? さっき入って来た女は何処だ!! ギルド職員の制服を着ていたな? 貴様ら! 隠しだてするとためにならんぞ!!」
女騎士が勇者に替わり、人探しを始めた。
「やっぱりあなたじゃない。どうするの?」
「取り敢えず、衛兵呼んで。私に心当たりがあるわ」
マリーは不敵に笑っている。
「今の自白じゃない? つまりあなたが犯人ね? そうなんでしょ?」
「だいじょぶだいじょぶ、へーきへーき」
へらへら笑うマリーを見て、ロザリーは流石に心配になってきた。
「おい! お前! さっきの女は何処だ!」
「しっ知りません! 私の位置からは見えませんでした!」
女騎士に絡まれているのはミミだ。いいとこを見せようと、マリーのヤル気が膨れていく。
「大丈夫? ミミちゃん」
「まりぃかちょぉぉ」
女騎士に凄まれ、今にも泣きそうなミミをマリーは抱きしめた。
「役得役得」
しゃくり上げるミミを、聖女のような微笑みで慰めるマリー。よくもまぁ、そんな顔をできるものだ。
「何の茶番だ!! 貴様!!」
「怒鳴らなくても聞こえますよ、抑えて抑えて。
それで? 私に何かご用でも?」
「しらばっくれるな! 我らが勇者様に何をした!」
しらばっくれるな、と言われれば、しらばっくれたくなるマリーである。
「何も? そもそも勇者なんてたった今初めて見ましたよ。
で? 何があったんです?」
マリーは巻き込まないように、ミミをロザリーの方へ促した。
「貴様!! 貴様を見た途端! 勇者様が苦しみ出したのだ!! 貴様が何かしたのだろう!!」
う~む、とマリーは悩むふり。さすが堂に入っている。
この手の小賢しい演技をよくするマリーには、これくらいお手のものだ。
「う~む、私を見て苦しむ。
!!!!
わかりました! ええ、これしか考えられない!
『恋わずらい』、ですね!
何せ私はモテますから」
女騎士の拳が飛んできた。
間一髪かわすマリー。
「真面目に答えろ!!」
う~む、とやはり悩むふり。そもそもマリーの目的は、衛兵が来るまでの時間稼ぎ。真面目に答えるつもりなどさらさらない。
「う~む、恋わずらいでないとすると?
!!!!
よし! わかりました! 今度こそ当てます!
ズバリ!
生き別れの家族にそっくり!
これですね! これで決まり!」
マリーは転移者であるが、同時に転生者でもある。
この世界生まれであるマリーは、顔の作りが日本人とは全然違う。
「キ サ マ!! ふざけるなと言っている!!」
「おぉ~怖!
まぁまぁ、そう怒らないで。
と言うか、私にだけ考えさせないであなたも考えたらどうです?
そのキレイな顔の奥はがらんどう、なんて事はないでしょう?
この、張りぼて頭」
「表へ出ろ!!! クソババア!!! ぶっ殺してやる!!!」
「む!? 正体を現したな! 女騎士! どれだけ清廉潔白なふりをしても、やはり貴様、チンピラの類いだな!」
マリーの芝居がかった言動に、誰かがぼそりと呟いた。火に油、と。
「コ ノ バ デ 斬り殺して殺る!!!」
女騎士は剣を抜き、大上段に構える。
「ヤロー抜きやがったな! ギルド内での私闘はご法度だってのに!
・・・・
・・・・
はは~ん、読めたぞ。さてはその棒っきれを自慢するつもりだな!
まったく、恥ずかしいヤローだぜい!」
怯えぬどころか、更に煽っていくマリー。
ここで少しでも怯えて見せれば、女騎士の溜飲も多少は下がろうというのに。
だがまぁここで怯むようであれば、ハンター課の職員などやってられない。こういった事態に対処するのもハンター課の業務の一部なのだ。
「セイバイ!!!!」
大上段からの袈裟斬り、だが、マリーは避けない。避ける必要がなかった。
マリー得意の結界魔法で周囲を固められていた女騎士は、剣を振ることすらできなかった。
言うなれば、不可視の拘束具である。
「んふふ~、どうです? 動けないでしょう?」
「キサマ!!! 卑怯だぞ!!!」
「卑怯ではないですよ~。私はあなたが構えた後で拘束したんです。
いいですか~。あなた抜く、私固める、ね? 順を追って考えると誰が卑怯か一目瞭然。
つまり、真の卑怯者はあなただ!! ・・・・ えっと、お名前何でしたっけ?」
「キッ! サァア! マァアアア!!!!
オノレ!
オノレ!!
オノレェエエエ!!!!」
マリーがさらに煽ろうとしたところへ、ロザリーが呼んだ衛兵達がやって来た。
「通報を受けて来ま、!? そいつを捕らえろ!」
隊長の号令を受け、衛兵達は即座に女騎士を取り囲む。
「あ! 大丈夫です、彼女はもう拘束してるので」
マリーは結界を動かし女騎士の体勢を変えてゆく。
剣を手離させ、後ろ手に。そこに衛兵が縄を打ち、捕らえたところでマリーは結界を解除した。
「ではこやつを連行しますので」
「ふざけるな!! 私には殺ることが!!」
「ええ、彼女の言う通り、もう少し待ってください」
女騎士を庇うマリー。裏がありそうだ。
「マリー、あなた本当に心当たりあるの?」
「あ! ロザリー! え~ん、私怖かった~」
「ふざけてないでさっさと片付けて。いつまでも暇じゃ無いんだから」
さっきまでの心配は何処へやら。
「そお? じゃ、パパっとやっちゃいますか」
ロザリーの一言でマリーの雰囲気がガラリと変わる。今は一転し真面目モードだ。
「先ずそこで転がってる勇者ね。あなた、鑑定スキル持ってるでしょう?」
「そんな筈はない!! 勇者様のスキルは、王宮で全て申告して貰っている!!」
「じゃ、隠してたんですね。これ見てください」
マリーは胸ポケットから円状のアクセサリーを取り出した。
皆の視線が小さなアクセサリーに集まる。
「これは鑑定避けの魔道具です。そこらで売ってるので見たことある人もいますよね?」
「馬鹿な!? それではつまり、」
「そう。この魔道具は、鑑定スキルを使われると、呪いの炎で相手の眼を焼きます。
呪いに回復魔法は効かない、だから勇者の眼には回復魔法が効かないのです」
女騎士が狼狽え、勇者に詰め寄ろうとするが衛兵達に止められる。
だが止められてもなお、女騎士は勇者を問い質さずにはいられなかった。
「勇者様! 本当ですか!?
本当に鑑定スキルを持っているのですか!? 使ったのですか!?
あれほど鑑定スキルの有無を問うたではないですか!
あれほど鑑定スキルの危険性を説いたではないですか!!
勇者様ぁ!!」
「すまない、シェリー。
その女の言ってる事は本当だ。オレは鑑定スキルを持ち、使っていた。まさか、呪いとはね」
「使用を止めると呪いも止みますよ」
「ああ、もう使ってない」
直ぐに痛みが引くわけではない、だがそれを教えるほど、マリーは勇者に優しくない。
「ところで勇者の鑑定スキルはレベルいくつです? それによって呪いが完治するまでの時間がわかるのですが、」
真っ赤な嘘である。
「わからない。鑑定でオレのステータスを見ても鑑定スキルのレベルが見えないんだ」
「そうですか。では他人のはどこまで見えます? ステータス? それともスキルまで見えますか?」
「いや、まだスキルは見えない、ステータスまでだ」
ここに勇者の罪が確定した。
マリーが飛びかかりぶん殴る。
「くたばれ! このゴミムシ!!」
マリーの凶行を諌めるでもなく、衛兵隊長も号令を掛けた。
「勇者パーティーを捕らえろ! 罪状は、鑑定スキルの未申告と無断使用!」
既に捕らえられていた女騎士に加え、殴られポカンとしていた勇者、諦め無抵抗になった女僧侶の二人が捕まった。
「おい! 待てよ! オレが何をした!? オレは勇者だぞ! こんな扱い不当だ!」
勇者は未だ、己の罪に気づいていないようだ。先程の謝罪も、心配してくれる女騎士に対してのものらしい。
「それでは、後お願いします」
マリーが衛兵に頭を下げると、彼らは手を上げ去って行った。
「いやぁ馬鹿共が片付いてスッキリしたね!」
気分爽快のマリーに、ミミが尋ねる。
「あの、マリー課長。鑑定でステータス見るのってそんなにダメなんですか? ギルドでも簡易のステータス鑑定してますよね?」
「鑑定のヤバさはそこじゃないんだけど、まぁいいや。その辺りの詳細はロザリーに聞いて。
取り敢えず、鑑定でステータス覗かれる事のヤバさだけ教えたげる。
ん~とね。
体の表面を見て分かる情報ってあるじゃない、体格とか、手の大きさとかね。
それを数値化して、分かりやすくしたのがステータス。筋力とかね。
要は、健康診断でする体力測定なんかを、見るだけでできる、それが鑑定スキル、それがステータス。
・・・・
・・・・つまり、」
「つまり?」
「呪いで眼を焼かれるまで、女の子のスリーサイズや体重見放題だったって事」
受付嬢達の悲鳴はギルドを大いに揺さぶり、王都東大通りにこだました。




