2話
「お! 来たなマリー課長! ロザリーの話は何だった? 俺らの出番か!」
彼は先程ミミを出迎えた男性職員で、ハンター課 課長補佐のギンシ。
「デミゴブリンの討伐。今日は私一人で行くよ」
「か~~! 独り占めたぁ大人げねぇ~」
「大人げないのはどっちよ、50歳越えて。」
「それに、あの二人連れてくなんて嫌よ、絶対面倒起こすもん、分かってんだって」
「それぁこのまま訓練してても同じだぃ。だぁら連れてくんだろ、ガス抜きガス抜き」
「やだ」
「どしてもか」
「どしてもよ。だいたい今からだと、村に移動して、挨拶して、周辺の調査、そうなると日が落ちるでしょ。そしたら狩りは夜、襲撃もたぶん近いから下手したら鉢合せ、それで混戦になって何体か逃がすかも知れない。逃げたの狩って、巣を探して、全滅、それから帰って来て報告書でしょ。これを新人教育しながらよ! 全部終わって部屋帰ったらもう朝よ。ドア開けて『おはよう!』閉める前に『行ってきます!』正気の沙汰じゃないわ」
「そいつぁ確かにごめんだな。そ言やあいつら、フライヤーまだか」
「ほ~ら、理由が増えた。良いでしょ、置いてっても」
「しょぉがねぇ。一人で行ってこい! ちなみによ、一人ならどれくらい掛かる?」
「寮の晩ごはん迄には終わらせるわ」
「か~~! 速ぇなぁ。さっさと着替えてけい!」
「は~い」
軽い返事を残し更衣室に向かうマリー。ギルドの事務用制服から討伐用制服へ着替える為だ。
討伐用制服、討伐服とは、ギンシが今着ている物で、『黒い革製のつなぎ』がそれだ。ギンシは新人訓練の為最初から着ている。この討伐服の上に、各討伐対象に合わせた装備を着けて準備完了だ。
受付嬢のミミが『デミゴブリン討伐』の依頼人を連れて、再びギルド内の訓練場に赴いたのはその少し後だった。
「マリー課長。あれ? もう出ちゃった?」
「おぉ! 新人ちゃん、また来たのか」
再びギンシに迎えられ、露骨にイヤな顔を浮かべるミミ。
「新人ちゃんじゃなくてミミです! あとマリー課長はどこですか!」
そんな態度も一向に気にしないギンシ。
「マリーなら着替えてっからよ、ちと待ってろ」
と言ったそばから更衣室から出てきた。
「マリー課長!!」
先程の仕返しとばかりに、今度はミミが叫んだ。
対してマリーは、手を振って応えるだけで、そのまま武器庫に入って行った。
「デミゴブに合わせた武器着けてっからよ、も少しだ」
気まずい。仲の悪そうな二人に挟まれて、青年の居心地は最悪だった。
間が持たない、そう判断した青年が口を開く。
「………… あの、課長さんも着てたそれ、何なんですか?」
「お! こいつか! こいつぁ討伐服つってな、いろんなモンスターの皮だの鱗だのを錬金術で溶かして作るっつう優れもんよ!」
「へ~、じゃあ革じゃないんですね」
「おうよ、錬金皮膜っつったかな。魔法に強くて槍も刺さらん、火だの水だのに飛び込んでもへっちゃらよ! だのに通気性抜群で蒸れねぇんだこれが!」
「凄い!! …………あれ? そんなに便利な服があるのにどうして冒険者は普通の鎧を?」
もっともな疑問だ。だが、答えも単純明快、察しが容易な類いである。
「残念な事によ、こいつぁ白金貨じゃねぇと買えねぇんだ。あとぁまぁ、シンプル過ぎてな、あいつらハデ好きだからよ」
青年が何だか残念な気分になったところで、マリーがやっと来た。
「ミミちゃんお待たせ~」
「マリー課長! 遅いですよ~、ってあれ? 装備ってそれだけですか?」
マリーの装備は、腰のベルトに警棒が2本とポーチが1つだけである。
「大丈夫よ、このポーチ『アイテムボックス』だから」
『アイテムボックス』、外見以上の内容量をほこるマジックアイテム。マリーのポーチの中には各種薬品や爆弾に、数種類の刃物が入っている。
「…………あの、それと。その服、恥ずかしくないんですか?」
35歳にして、未だ現役の美しいボディライン、其処にピッタリ張りつく錬金皮膜。
実際、ギンシの討伐服はその下の、逞しい筋肉を惜しげもなく晒している。
「服の上から着てるからへーきへーき。夏場の事務服もこれ位は出ちゃうでしょ」
「そうかもですけど、でもなんかちょっと」
「ちなみに俺ぁパンツ1丁よ!」
「聞いてません!」
ムッとして睨むミミと、面白がり真似をして睨むギンシ。
暫くそのまま睨み合っていたのだが、からかわれている事に気づいたミミの、ため息で終了となった。
「もういい。マリー課長、ロザリー課長に言われ依頼人の方を案内して来たんですけど、」
「うん、ありがとね。」
青年に向き直る。
「さて、高いの平気ですか?」
「? 苦手、ではない、と思うんですけど?」
いまいちはっきりしないのは、彼自身、家の屋根以上の高さを知らないからだ。
「じゃあ多分大丈夫ですね。村までお送りしますので行きましょう。ギンシ、ミミちゃん、行ってきま~す」
手を振るマリーが留守番の二人から少し離れ、ポーチから棒状の何かを引き出した。
「何あれ」
「あれぁ『フライヤー』つってな。元ぁ箒だったのが、魔導工学ってぇので今じゃ、あぁよ。」
「意味分かんない。」
二人が話している間に、青年を自身の後ろに跨がらせると、マリー操るフライヤーは音もなく飛んで行ってしまった。
「飛んだ!?」
「そりゃ飛ばぁな『フライヤー』だぉんよ」
驚き喚くミミちゃん。
落ち着くまで放って置かれるミミちゃん。
ミミちゃんが聞く体制になってから説明するギンシ。
「先の方に十字の部分有ったろ。あっこを掴んで魔力を流すと、中んタービンが回って、後ろの四角い穴から空気が出る、そぃで飛ぶんだと」
「はぁ、分かったような? …………って言うか、何で箒?」
「箒ぁ空飛ぶ為の道具なんだと」
聞く程に混乱し、愚痴るミミちゃん。しかしそれはギンシも同じで、彼もよく分かっていないのだ。
むしろ、フライヤーを見た全ての人が同じだろう。
『箒は空飛ぶ為の道具だから』
『バイクと箒混ぜたらこうなった』
上記二つが、百年前、フライヤーを造った異世界人の残した言葉だ。恐らく異世界人でなければ理解出来ないだろう。
王都と松木村は100キロ程度の距離がある。だが、ギルドを飛び立ったフライヤーは、ほんの10分程で村の手前に下り立った。
流石に、これだけ速く飛べるのはマリーだけだが、皆マリーに準ずる速度を出せる。フライヤーとは恐ろしく速い乗り物なのだ。
「さて、着きましたが。大丈夫ですか?」
「だ、だいじょぶ、です」
青年は血の気の失せた顔色をしており、とても大丈夫そうには見えない。
「そうですか、10分程でしたしね。それじゃあ村長の所へ案内してください」
深呼吸を何度か繰り返し、頬を叩いて気合いを入れる。それだけで、青年は普通に歩きだした。
案外、強い心臓を持っているらしい。
「村長の家はこっちです」
その家はごく普通の民家だった。村長と云えど、特別な家に住んでいる訳ではないようだ。
「村長! ギルドの人が来てくれたぜ!!」
青年がドアを叩いて呼びだすと、小柄な老人が出てきた。
「やけに速いな、ちゃんと王都のギルドまで行ったのか?」
「おう、昼過ぎに着いて今帰ってきた。空飛んで来たんだぜ! 信じらんねぇだろ」
まだまだ二人の話が続きそうだったので、速く仕事に掛かりたいマリーが口を挟んだ。
「冒険者ギルド、ハンター課のマリーです。今回の依頼はギルドが請け負いましたので、私が対応させていただきます。依頼書の控えをお渡しください」
青年が胸ポケットからマリーに手渡す。マリーがさっと確認したのち、村長へ。
「こちらが今回の依頼内容になります。どうぞ御確認ください。」
じっくりと見る村長。何度も見直し、おかしな所がないと分かると、質問に口を開くいた。
「わしらが頼んだのはゴブリンのはず。このデミゴブリンと言うのは?」
「彼から聞いた話をまとめると、ゴブリンではなくデミゴブリンに間違いない、となりました。奴らはゴブリンよりはるかに危険です。直ぐにでも仕事に掛かりたいのですが」
はるかに危険、と聞いた村長が息を飲む。
「よ、よろしくお願いします」
「はい。あ、この控えは保管して置いてください。たちの悪い冒険者がたかりに来たりするので。では」
言うが速いかさっさと行ってしまった。
「茶を出す暇もなかったな」
「俺はいいや、ギルドで飲んできたし」
「おまえじゃない。それよりあの人、一人で大丈夫なのか? ゴブリンより危険なんだろう?」
「課長って呼ばれてたし大丈夫じゃね」