19話
「で? マリーよ。結局のところ、魔弾はどうなった?」
薬草採取中、ギンシが尋ねた。
「外してくれるって。これで一安心ね~」
「俺らあんまり触れんかったなぁ」
「だが所詮は棍棒、騎士剣に勝るもの無し!」
フォールは元騎士ゆえに刃物信者であり、棍棒をよく思っていない。多少形が変わったところで不満に変わりはないのだ。
「後は月末に、本部に送って行くだけ。それで優勝間違いなしよ!」
「いつ頃結果でるんすか?」
何だか妙に気合の入ったマリーは無視して、グルゥはギンシに尋ねた。
「七月いっぱい検証だの会議だのして、優勝発表は八月の頭だな」
「じゃあ八月入ったら使えるんすね?」
「いや、使えねぇだろうな。 ………… んん、難しいな。………… 取り敢えず、十月まで待ってみろ。それでダメならいつになるかは完全に読めん」
「そっすか」
意気消沈のグルゥ。
「そうだ、マリー。あの試作品、トンファーだったか、お前の前世の故郷にもあるらしいな?」
マリーがビクリと反応する。
「何でギンシがそれを? いや、違う! カマかけか!」
ギンシはからかうようにニヤリと笑い、マリーを問い詰める。
「スミス班長から聞いたんだがな、何でもお前さん、うっかり口滑らせて、あることないこといろいろ喋らされたらしいな?」
マリーは失態を恥じ、両手で顔を覆っている。
「でな? 「マリーさえ良けりゃあ、あの試作品の名前トンファーにしたい」とよ」
「それは駄目!!」
「そいつはまた何でだ」
ギンシは理由を知っている。だが、新人二人に聞かせる為に敢えて質問している。
「いつも言ってるでしょ? 私は異世界、日本の技術や文化を広める気は無いって」
「トンファーは良いのか?」
「これに関しては、私一言も口出して無いじゃない」
「別にもう良いんじゃねぇか? 解禁しても」
「駄目! 絶対!」
「そこまで頑なになる理由がわからんなぁ」
ギンシが腕組みし、首をひねる。
「階段は一歩ずつ上らないと危ないじゃない。
この世界の歴史は、この世界の人達が一歩ずつ作るべきよ。便利だから、進んでるから、って何でもかんでも日本製ってのは気持ち悪いと思う」
「そこまで考えてんなら、黙ってりゃ良い。なして喋る?」
「気ぃつけてはいるんだけどね~。そこは私だもの、ついうっかり口が滑るのよ」
開き直り、胸を張ってのたまうマリー。
「肝心なとこで駄目だな、お前さんは」
ギンシが呆れる。いまいち着いて行けてない新人二人も、そこだけは理解し、一緒に呆れていた。
「 ………… あの、教官、前世とかマジで言ってるんすか?」
「おう、俺は信じてるな。他の奴らも半分以上は信じてるだろうな」
そもそも、証拠を出せるような話ではない。それでも大半の人達が信じているのは、マリーがそんな嘘つくわけ無いと知っているからだ。
彼女の嘘はもっと小さく、自己保身の場で出てくるのが主だ。
「マジすか!? 教官、そう言う話って10代までが限度で、35歳になっても言ってるのは、ちょっと…………」
「証拠があるわけでもない、いや出せはしないだろう。何故信じられるんだい?」
「マリー、話したれ。後は自分自身で判断しろ」
ホイホイと適当な相づちから、語りだすマリー。
「えっとね、前世の私は、13歳まで異世界の日本って国に住んでたの。だけど千年前にこっちに召喚されちゃってねぇ」
「千年前に召喚? それって勇者召喚だろ! 自分は勇者だったってか? 嘘ならもっと上手くつけよ!」
「流石に、一勇者ファンとして聞捨てならないな!」
荒唐無稽な話に二人はイラついている。
「私の前世は勇者じゃなくて、勇者パーティーの大魔導師のほうね。
大魔導師大翔とは、前世での私の事よ!」
「いや男じゃん!!」
前世と性別が変わる事はよくあるのだろうか? それは当事者のマリーにも分からない。
「と言うわけで、勇者パーティーのことなら大概話せるよ。流石に国の根幹を揺るがすような事は、………… まぁいいか、言っちゃっても」
「では、魔王とは? 彼は何処から来て、何をしたかったのか。答えてくれ」
勇者ファンであるフォールは貴族の立場を利用し、かなりの事情通である。そのフォールが魔王に関してはほぼ何も知らない。国の徹底した情報管理か、そもそも国ですら知らないのか。
いずれにせよ、これをマリーが語るとなると、大嘘つきか、或いは。
「北の方にアストーラ大陸あるでしょ? 砂だらけで人がいない、大きい島みたいな大陸。
あそこの真ん中辺りに大きい湖が有ったらしくて。でね、周辺の村ではその湖をお墓代りにしてたんですって。
それで、長年沈められてきた亡骸が、湖の底の魔素溜りに落ちて、魔王が生まれたっと。
奴には知性も何も無かったよ。死霊系の魔物と一緒、生者を殺そうとするだけ。」
グルゥとフォールに衝撃が走る。
「は!? 知性が無い!? じゃ魔王軍は? 四天王は?」
「居なかったよ。後の世の創作でしょうね」
「おい、フォール」
「確かに、古い資料ほど魔王軍や四天王と言った言葉は出てこない。では魔王とは何なのだろう?」
「魔王が確認される五年位前から、急に魔物って生き物が現れ始めたの。そんな中現れた人型の魔物。
たぶん信じたく無かったんでしょうね、人型の魔物なんて。だから、魔物を操る人、即ち魔物の王、魔王となったんでしょう。
まぁ、実際は操ったりしないんだけどね~」
マリーの語った情報に、フォールは深く考えこみ、動かなくなってしまう。
フォールが否定しない為、グルゥはマリーの話が真実に思えてしまい、言葉を失ってしまった。
幼い頃から親しんできた勇者の英雄譚が崩れ去ってしまったのだ、無理もない。
そして、深い思索から戻ったフォールが、再び質問を始める。
「それでは、千年後に蘇ったり封印が破られたり、なんて事は?」
「無いね、ちゃんと殺したもん」
「新たに生まれたりは、」
「その兆候も無いよ」
「兆候? いやそれ以前に何故言い切れる?」
「 ………… 魔物の発生原因なんだけど、旧式魔道具による魔素枯渇なのよ。
枯渇した魔素を補う為、地脈から魔素が染みだし、それが地表で魔素溜りになる。そこへ生き物が落ちることで魔物に変質。
これが魔物発生のメカニズム。
今以て、世界中で旧式魔道具は、製造、販売、所持、全て罪になってる。
だから、上の方には伝わってるんでしょうね、魔物の発生方法。魔素溜りも確認されて無いし。
これが魔王が新たに生まれない理由」
「なるほど、前世とか言い出した辺りは馬鹿かと思ったが、あながち嘘ではないのかもしれない。
それでは今年の勇者祭で勇者召喚を行うと言うのは、完全に無意味と言うことか」
「は!? 勇者召喚!?」
今度はマリーが衝撃を受けた。




