15話
《さて、次はっと》
《フィギュア撮影だろ?》
太鼓狸を狩り、今はグリフォンと共に森の広場に戻っているところだ。
グリフォンの前足は、獲物となった太鼓狸をがっしり掴んでいる。
《つか、フィギュア撮影って何?》
《カメラから特殊な魔力波を出して、前方の空間を記録、現像する魔道具、って説明に書いてあった》
《いや分かんねえから》
《ん~。要は、一瞬で、木彫りの置物とかぬいぐるみなんかの設計図を作るって事なんじゃない?》
《ふ~ん、よくわかんね》
未だ、市民には馴染みのない魔道具である故に、グルゥはいまいち想像がつかなかった。
ともあれ、馬車は既に広場前の街道上空、徐々に高度を下げ、着陸。
「それでは皆様、この後はフィギュア撮影になります。早速参りましょう」
《ほら、先導して、急かされても走っちゃダメよ? 危ないからね》
《うす!》
全員が広場のベンチに座ると、マリーの説明が始まる。
「ただいま機材の準備をしております。済み次第、フィギュア撮影開始とさせていただきます。
撮影に関しましては、一組辺りの持ち時間は一分ほどになります。円滑な撮影の為に、あらかじめ構図をお考えいただければ幸いです。
もう少々お待ちください」
マリーがお辞儀をすると、一気に騒がしくなった。普段はすまし顔の貴族達も、構図について思い思いに語っている。
「準備できた?」
「たぶん大丈夫っす」
「サイコロ入れた?」
「サイコロ………… ガラスの四角いやつっすか?」
「うん、あれ入れないと撮っても意味ないからね」
と言うわけで、マリーが最終確認をする。
「うん、これで大丈夫。後は撮るだけ。
足を肩幅に開いて、緊張せずに、うん。緊張で震えるのが一番良くないからね。
後はボタン押すだけ。それでカメラが全部やってくれるから。
行ける?」
「うす!」
マリー達の準備が完了し、いよいよ撮影開始。
「皆様大変お待たせいたしまして、誠に申し訳ございません。
それではこれより、フィギュア撮影開始でございます!」
先ずは一組目、当然のように王子組が進み出る。
「殿下! 構図はどうしましょう! 私はさっぱりです!」
「おちつけクルーニー、みっともないぞ」
《何がみっともないだ、クールぶって鼻穴広げんのはお上品なのかよ》
《ヒャー、デンカカッコイー》
「構図は私に任せろ。
そなた! グリフォンよ! 二本足で立ち上がれ!」
王子の居丈高な命令に、グリフォンはしぶしぶ立ちあがり、一見雄々しいポーズをとった。
嘴は気高く吠え、鉤爪は荒々しく掲げ、翼は勇ましく広げ、二本の足で雄々しく立つ。だが覇気が全く感じられない。
本来の覇気に満ちたグリフォンであれば、最高の撮影になっただろう。いやいやなのが誰の目にも明らかであった。
気づいていないのは王子組のみである。
実はこの構図、去年の撮影で流行ったものだ。当時、王子のワガママで予備のサイコロまで使いきってしまった為、王子はこの流行に乗れずにいた。
当時の無念を晴らす為、今年の流行を作る為、王子はグリフォンに命じたのだった。
《これもう撮っていいんすか?》
《本人達に確認してからね》
グルゥは小さく、ばれないようにため息をつき、王子組に声をかけた。
「そろそろ撮るんで、準備してください」
「貴様!! 殿下に対しそのような物言い! 不敬である!!」
「よい、クルーニー。取るに足らぬ、捨て置け」
「は! 貴様!! 殿下の御威光に感謝せよ!!」
《あいつら殺していい?》
《まだ駄目。それより大丈夫? 代わる?》
《大丈夫す、つかあいつらさえ終われば平気》
「じゃ撮りま~す
はい、ウィスキー」
撮影は無事終了。
カメラからサイコロ状のガラスフィルムを取り出し名札を着け、ギルドに転送。これで一組終了だ。
「次の組どうぞ」
周囲から勧められ、二組目がグリフォンの前に立つ。どうやら公爵らしい。
「次はそなたか、キャメロン公爵。
ふむ、構図が決まらないのであれば、私のまねでもよいぞ?」
「いえいえ、殿下と同じ構図など恐れ多くございます。私共には無難な構図で充分にございます」
「ふむ、遠慮せずともよいのだが…………
うむ、考えてみれば、あの様な勇壮な構図は人を選ぶか。すまんな、キャメロン公爵」
公爵が頭を下げると、王子は満足したのかベンチに戻っていった。
その後、撮影は順調に進んで行きいよいよ最後の組になった。
《あ! あのかわいい子》
《最後の組ってことは、だいぶ下の爵位ってことか》
《さっき士爵って聞こえたわね》
《って事は、フォールと同じ騎士か》
最後の組、騎士の親子が構図に悩んでいる。
「おいおい、考える時間はたっぷり有っただろう?」
「も、申し訳ありません! 直ぐに終わらせますので」
《またあのクソガキかよ! マジうぜぇ!》
《私のお姫さまになんて事を! この罪は重いわ!》
《イヤ、あんたのお姫さまじゃねぇだろ!》
二人が人知れず憤っているのを横目に、グリフォンが彼女の前に座り込んだ。
じぃっと目を見つめ、視線で背中を指し示す。
《あぁこれ、背中に乗れって言ってるね》
《マジ!? よくあるんすか?》
《私は一度だけ見たことある。ちょっと手伝ってくるね》
マリーは騎士組の親子に一言かけると、彼女をグリフォンの背中に乗せてあげた。
父親も後に続き、ひらりと飛び乗った。流石、現役の騎士である。
「しっかり掴まってくださいね」
グリフォンが立ちあがる。
《見て! ナポレオンポーズ!》
覇気に満ちた、勇壮な立ち姿であった。
王子組の時とは雲泥の差である。
《ほら! 撮って撮って》
「う、ウィスキー!」
撮り終わると優しく四足歩行に戻り、騎士組を下ろす。
「きゅーにやったら、メ! なの!」
小さな子供に叱られるグリフォン。その奥で人知れず悶えるマリー。
《かわ、かわいすぎ! グルゥちょっと撮って!》
だが、そんな余韻を王子組が掻き消してくれた。
「貴様ら!! 何をしている!!」
《絶対くると思ってた!》
《今あの声聞きたくなかった~》
「何をしているのかと聞いている!!」
王子組は騎士組に向かって怒鳴っていた。そこへマリー達が間に入り、頭を下げる。
「申し訳ありません!」
「他の組が背に乗ろうとした時貴様何と言った!! 危険だと停めただろうが!!」
「はい、おっしゃる通り、しかしあの時は、」
「言い訳をするな!!」
「よい、クルーニー。こやつに喋らせろ」
「は! 直答を許す! 答えよ下民!!」
「はい、殿下への直答を御許しいただくとは、ありがたき幸せにございます。それでは改めて先程の理由を申し上げさせていただきます。
先程まではグリフォンが乗り気には見えませんでしたので、御断りしておりました。しかし今になり気分がのってきたのでしょう。誘う様な目をしており、また、殿下の御友人からも「急ぐように」との声をいただきましたので、私の独断で背中に乗っていただきました」
そこからはひたすら罵倒の嵐であった。彼らはただただ頭を下げ続けるしかない。
《グルゥ大丈夫? 初めてだと凄いストレスでしょ?》
《マジ無理っす、つか課長余裕過ぎじゃね? なんかの魔法使ってたり?》
《私は慣れてるだけ~。この道のプロだからね!》
殊勝な態度で頭を下げてはいるマリーだが、腹の底では相手を上回る勢いで罵倒しかえしている。
《あ、そうだ。サイコロまだ余ってる?》
《…………二、三個なら》
《そっか。じゃあ使いきっちゃった事にしよう!》
《え? 何で?》
「もうよい、クルーニー、少し落ち着け。いつまでもこのままでは話が進まん」
「は! しかし、」
「私によい案がある。
おい! 貴様ら! 予備のキューブがあるであろう! それで希望者を撮ってやれ!」
「おお! 流石です! 殿下!」
《去年もこのごり押しで五枚くらい撮ったらしいよ》
《思っててもやるか?ふつう。我慢って言葉知らねぇんかよ》
「さ、殿下! 我らも並びましょう。当然一番乗りですな!」
そこへ、態度だけはおずおずと、マリーが説明をする。
「あのぉ、大変申し上げ難いのですが、本日キューブは残っておらずですね、フィギュア撮影はこれで終了とさせていただきたいのですが」
「この、大馬鹿者!!! これだけの人数を期待させておきながら出来ないだと!! ふざけるな!!!」
《マジうるせぇ! そっちが勝手に言い出したんだろ!》
《ね~、声変わり中に叫ぶなっての。口直しならぬ耳直しが必要じゃない? 帰りに娼館行こうぜ!》
《隣のババアもマジうぜぇ》
「おい!! 聞いているのか!! ギルドに予備を持って来させろ!!!」
「申し訳ありません、あのキューブは本部からの支給を待つしか」
「ならば買ってくればよいだろうが!!!」
「本部のあるブルース大陸でしか流通していないらしく、この辺りではとても」
ぐぅぅ、と唸る王子の取り巻きクルーニー。
頭を下げ顔が見えないのを良いことに、ざまあみろと嗤う二人。
《やっと煩いのが黙ったわ~、何にも言えないでやんの》
《つか唸ってるし、負け犬かよ!》
《それなら遠吠えさせないと、あ!!》
《なんか良い手思い付いた?》
《フッ、ぐうの音も出まい》
不覚にもグルゥは吹き出してしまった。
「貴様!!何を笑っている!!!」
《ヤバいヤバい》
「はい! 予定をだいぶ過ぎてしまいました! 捜索隊が結成される前に戻りましょう! 彼の後に続いてください! ほら、先導して」
《すいません!》
「こちらへどうぞ!」
「おい!! 貴様!! まだ話は終わってないぞ!!!」
マリーが強引に流れを変えると、馬鹿王子組に嫌気が差していた貴族達がその流れに乗っていった。
残ったのは馬鹿王子組だけである。
「御二人も戻りましょう」
「私は戻らんぞ!」
「お供します! 殿下!」
分かりやすくため息をつき、魔法でもってマリーは二人を浮かび上げた。
「御二人とも契約書はお読みですね? 非常時と判断し、多少強引な手を使わせていただきます」
二人があわてて暴れた為、安定を失いぐるぐると錐揉みしている。当人達は阿鼻叫喚の大騒ぎである。
そんな二人を「うっかり」馬車に乗せ忘れたまま、マリー操る馬車はギルド前に帰ってきた。
他の貴族達は関り合いになりたくない様で、自分たちのフィギュアを受け取ると、そそくさと帰って行く。
残っているのは、三半規管を潰された王子組だけだ。
「キサマそのかお、おぼえたぞ、おぼえてろ」
「ちちうえにほうこくし、かならずやしょす」
マリーの底意地の悪さが顔を出す。
「はい、ありがとうございます。
私は、冒険者ギルドマーロウ王国王都東支部ハンター課、課長のマリーです。
顔と一緒に名前も覚えてくださいね~」




