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 14話


「問題はここからよ」

 ギルド前に馬車が着陸し、市民コースの参加者達が降りて行く。撮影した写真と、三枚のランダムなグリフォンブロマイドをお土産に、市民コースは終了となる。

「? 写真渡すだけだろ?」

「地獄の貴族コース」

 グルゥも面倒くさそうな表情に変わる。

「うゎぁ、………… って居なくね?」

「奴等は、外で待ちぼうけなんて対応絶対認めない。今頃は中で冷たい飲み物とおかしでも摘まんでるわ」

「クソだな!」

「死に絶えろ~。そこいくと市民コースのかわいいこと! 

 ほら、写真交換してる~、かわいい~」

「貴族のガキもあれくらいはするんじゃね?」

「貴族もするよ? たぶんね。でも家格を持ち出すから」

「うわ~、かわいくね~、やっぱクソだわ」

 いつまでも愚痴を垂れているわけにはいかない。

 まだ予定の時刻には速いが、待たせるとうるさいのだ。

「そろそろ行きますか~」

「つか何で直前にこんな話すんだよ、楽しい余韻のまま行きたかったわ~」

「………… 準備運動は必要でしょ」

「………… そんなキツイのかよ」



 二人が貴族コースの待合室に入ると、12歳程だろうか、貴族の少年から怒号が浴びせられる。

「貴様らいったい何時まで待たせるつもりだ!!!」

《これですよ!》

《んだよ? あのガキ。つかまだちょっと早いくらいだろ、マジかよ!》

《顔に出しちゃ駄目よ、笑顔を貼りつけて頑張ろう!》

《うす!》

 通信機を使った会話で、二人は気合を入れ直す。

「申し訳ございません。ただいま市民コースの案内が終わったところでして、」

「ふざけるな!! 下賎な騒ぎがここまで聞こえて居ったわ!! 庶民コースなどさっさと切り上げ!! 我らを優先すべきであろう!!」

「はい、おっしゃる通りです。ですが60人ともなりますと、なかなか時間がかかりまして、」

「それをなんとかするのが貴様らの役目であろう!!」

「はい、非才の身を尽くしてはおるのですが、」

「貴様らギルドであろう!! 剣でも槍でも振り、追い払わんか!!」

 二人がどれだけ頭を下げようと、彼の怒りは治まらない。

「えぇい!! このお方をどなたと心得る!! 第三王子、ジョージ殿下であらせらせるぞ!!!」

『ははぁー』

 マリーとグルゥが膝を着く。

「よい、クルーニー。私は五度目だ、慣れておる。そなたらも面を上げよ」

 二人が顔を上げ、伯爵が怒鳴ると、貴族コースの始まりだ。

「貴様ら! 殿下の許しが出た! 疾く始めよ!」


《声変り中の怒鳴り声って、ホントっ! 耳障り! イライラする!》

《つーか親は何処よ? 停めろよな、クソが!》


「それではグリフォン見学ツアーを始めさせて頂きます。

 先ずは諸般の注意事項を説明させていただきます。

 大事なことは一つだけでございます。それは、グリフォンを尊重する、これだけでございます。

 他国の要人の様に接していただければ、皆様におかれましては、何も! 問題無いと信じております。

 それでは馬車へ案内いたします」

 

 貴族達を乗せた馬車は、ゆっくりと浮上し、グリフォンへと飛び立った。

《うわ! 見て、あそこ。子供同士で座ってる》

《さっきのクソガキと王子か。つかマジで親どこだよ!》

 馬車の中には、それらしき大人は居ない。

《子供だけで来たのかも》

《はぁ~。…………停めるやつ居ねぇとか!》

《絶対問題起こすわ~》

《オレ何で今日出て来ちゃったかな~》

 早く終われとばかりに、マリーは馬車を飛ばして行く。



「到着しました。グリフォンまで先導いたしますので、二列にお並びくださいるよう、お願い申し上げます」

 グルゥが先頭、マリーが最後尾で進む。


「おおお、これがグリフォン!」

 貴族と言えど、生グリフォンへの最初の感想は、市民コースの参加者達と何も変わらない。

「どうだ、クルーニー。すばらしいだろう?」

「はい、殿下。言葉ではとても言い表せそうにありません」

「フッ、そうか! まぁ私は五度目だ、もう見慣れてしまっているがな」

「さすが殿下!」


《じゃあ来んなや!》

《凄く嫌だけどあの二人マークしとこう。何かやらかしそうで恐い。それから、お昼配らないと》


 大半の参加者は貴族にもかかわらず、素直に指示に従いベンチに座ってゆく。勿論、王子組はグリフォンの正面だ。周囲の参加者もわかっている様で、そこだけ最後まで残っていた。

「やれやれ正面か、私はもう飽きているのだがなあ」

「おお、さすが殿下! しかし殿下のおかげで私も正面に座れました、ありがとうございます殿下」


《飽きたって割には、なにあの顔》

《鼻穴めっちゃ広がってる、キモ! つか殴りてぇ!》


 通信機で愚痴りながらも、二人は弁当と水筒を配ってゆく。

 全員に行き渡ったところで二人も昼食をとる。

「私たちもお昼にしよう」

「これ参加者用の弁当なんじゃねぇの?」

「予備で多めに持ってきてるし、私たちのお昼もここからもらって良いのよ」

《唯一の役得、癒しだからね》

《唯一の癒し、マジか》


《旨っ! そこらのサンドイッチじゃねえ!》

《貴族御用達のレストランにお願いして、特別に作ってもらってるからね》

 弁当箱には幾種類もの小さなサンドイッチが詰められている。完成度はとても高い。


「おいしいです! お父様!」


《貴族でもあれくらいの子はかわいいよね》

《五歳くらいっすかね? みんながあんな顔してくれたら、やりがい有るんすけどね》


 そこで、王子組に目をやると。

「ふむ、中々ですな殿下」

「そうか? 普段のものに比べれば、一段も二段も劣ると思うがな」

「では、グリフォンを前に食べる、と言う特別感がスパイスになっているのでしょうか?」

「うむ、私も初めて食べた時は、高揚感で旨く感じたものだ」


《素直に旨いって言えや! つか五回も来んな!》

《ほんと、何なんだろうねあいつら》


 昼食が終わると、いよいよグリフォンとのふれあい体験である。

 市民コースとの違いは、餌やりもできる事だ。

「一組辺り、りんご二切れお渡しします。最初の二分でりんごをあげ、次の二分でグリフォンを撫でていただきます。

 それでは二組ずつお願いいたします」

 二人が四分の一にカットされたりんごを直前の組に渡すと、横入りする奴らがいた。

「殿下! ここは我らが一番槍になるべきです!」

「そうか?」

「はい! 皆、初めてです。歴戦である殿下の雄姿が手本となりましょう!」

「うむ! では、私が行こう!」

 空気を読んだ先頭の組が、場所を空ける。

「さあ! グリフォン! 食べるが良い!」

 摘ままれたりんごを、グリフォンはおずおずと食べた。美味しくは無さそうだ。

「殿下! 次は私が!」

 おそるおそる差し出されたりんごに、グリフォンは勢いよく噛みついた。

「ひぃっ!」


《いい気味、とは言えないなぁ》

《そっすね、また怒鳴られるん《これくらいじゃ》

《そっちかよ! いや分かるけど!》


 王子組が終わると、そこからは順調に進行しだし、グリフォンも荒ぶる事なく、穏やかに過ぎていった。

 小さな女の子が、香箱を組むグリフォンに「猫さんみたい」と言ったところ、拙いながらも、ゴロゴロと喉を鳴らしてやる場面も見られた。

 最後に馬鹿王子組がもう一週し、ふれあい体験は終了した。

《五回も来てんのに二周するとか。わけわかんねぇ》


「次は、狩り見学でございます。グリフォンの狩りに同行いたします故、今一度馬車へ移動願います」

 馬鹿王子組が騒がなかった為、何事もなく移動のち浮上。浮いた先ではグリフォンが待っていた。

 市民コースであれば、『よろしくお願いします』の一言でも言わせられたが、貴族コースが相手ではその一言すら難しい。

 グリフォンもわかっている様で、何も言わずとも飛び始めた。

 遅れぬようにマリーも馬車を進める。

 グリフォンは、宙返りに錐揉み、背面飛行とさまざまな飛び方を披露し、その度に歓声があがる。

 しばらく曲芸飛行を楽しむと、眼下に大きな魔物が見えてきた。


《なんか見たこと無い魔物いるんすけど》

《ギルドの仕込みだと思うけど、どうなの? 一斑》

《うちらの仕込みです。太鼓狸って言うらしいです》

《了解、太鼓狸ね》


「皆様、下をご覧ください。あれに見えますは太鼓狸でございます。本日のグリフォンの獲物にございます」


《この辺りの魔物じゃねぇよな? どっから連れて来たんだよ》

《あちこちのギルドと連携して、適当に見栄えのする魔物を集めてるの。どこ産かはまだ一斑しか知らない、聞いてみたら?》


 二人が話している間に、グリフォンが太鼓狸の上空を旋回し出し、太鼓狸も威嚇の大声をあげている。

 参加者達は歓声をあげ、見入っている。数人程、小さな悲鳴をあげているが、毎年の事なので特に問題にはならない。


《え~と、一斑の人、あの狸ってどこの魔物っすか?》

《はいは~い。あれはカーメン王国の響山の魔物だってさ》


 太鼓狸が、自慢の大きな腹太鼓を叩くたびに雷鳴が轟く。

 グリフォンも隙をついて攻撃するが、観客を盛り上げる為あえて、攻めあぐねている。

 やがて、雷鳴につられ本物の雷が聞こえ始めた。


「おい!! 雷が鳴っているぞ!! 馬車を下ろせ!!」

「申し訳ございません、高度を下げると巻き込まれる恐れがありまして、」

「雷のほうが危険だろうが!! なぜ分からない!! 馬鹿庶民!! 馬車を下ろせ!!」

 怒号に誘われたのか、雷が馬車の直ぐそばを通り、太鼓狸の腹に吸い込まれていった。


《くるよ!》


「皆様太鼓狸をご覧ください!」

 太鼓狸の腹がゴロゴロと光を発し、さらに叩く。十分に叩くと大口を開け、稲妻を吐き出した。


『キャーー!!』


 馬車からは遠かったものの、凄まじい轟音と光にいくつもの悲鳴が上がった。

 だが、それを聞いた者は居ない。耳が一時的にマヒしているからだ。


《ちょ! あんなん無理だろ!》

《結界張ってるから、でもびっくりした~》

《へーきへーき大丈夫だよー、太鼓狸は一発屋だから。あれさえ避ければよゆーよゆー》

《つかグリフォンは!? まさか直撃!?》

《あ! ほら、あそこ! 大丈夫っぽいよ》


「皆様、お耳はご無事でしょうか? はい、ご無事でなによりでございます。

 さてグリフォンの姿が見えません。

 もしや今の稲妻で、それともあわや。

 いったいグリフォンは無事なのでしょうか。

 どうか皆様、一丸となり、グリフォンを見つけようではありませんか」

 観客達が、眼下に上空、地平線と視線を走らせ「あそこだろうか」「あれは違う」とグリフォンを探す。


「あ!! あそこ!! 森の木の中!!」


 遂に一人の少年がグリフォンを見つけた。

 グリフォンは木々の間にうずくまり身を隠している。

 マリーは観客が見やすいように、馬車を前に傾ける。座席が水平を保つ様に自動で動く為、転げ落ちたりはしない。


「あぁ! 太鼓狸もグリフォンに気づいたようです!」


 その瞬間、グリフォンが駆け出した。

 猛然と迫るグリフォンに太鼓狸はなす統べなく、あっけなく引き倒され、組み敷かれてしまう。

 決して柔ではない腕を振り回し抵抗するが、グリフォンはくわえた首を離さず、抵抗は徐々に弱々しくなり、動かなくなった。

 グリフォンの高らかな勝利宣言が響く。

 それに呼応する様に、観客達が歓声をあげていた。


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