13話
マリーとグルゥがギルド前に行くと、十分前ではあるが既に全員集まっている様だ。
「少し早いですが始めましょう」
ロザリーが開始を宣言する。
「皆様、今日はお集まり頂きありがとうございます。
先ずは、馬車の御者を務める二人を紹介します。マリーとグルゥです」
『よろしくお願いします』
二人は浅くお辞儀をする。
『よろしくお願いします!!』
市民コースは、元気なおっさんや子供たちが多い。
「では、二人から注意事項の説明をします」
参加者の視線がロザリーからマリーへ移る。
「そうですね、まず基本的なのから。
グリフォンは人間と同じ昼行性、朝起きて夜に寝る生き物です。運が悪ければ、狩に出かけ見当たらない場合があります。
それから、グリフォンは野生の魔物です。飛びつくなど、驚かせるのはやめましょう。グリフォンの何気ない動きでも、人間は簡単にケガをします。
以上の二つを守って、楽しいツアーにしましょう」
『はーい!』
説明が済むと、再びロザリーに視線が移る。
「それでは馬車を出しますので、歩道に寄ってください」
マリーがトランクルームから馬車を出すと、直ぐに参加者が乗り込み始める。
馬車は、二人掛けの座席が横に二列、縦に十列、左右の座席からそれぞれ補助席を出すと、定員六十名にもなる。
そして馬車は満席に。
マリーとグルゥが御者台に乗り込み、馬車はゆっくり浮かび始めた。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
ロザリーが手を振り見送るなか、馬車は地面から五メートルの高さまで浮くと、ゆっくりと加速し始めた。
「今のうちに、通信機の説明しとくね」
「うす!」
《ネクタイに魔力流して、頭の中で話せば聞こえるからね。やってみて》
「うす!」
《え~、あ~、何話せばいいんだ? つか聞こえてんのかそもそも》
《聞こえてるよ~。一発でできるからちょっと驚いてた。それじゃあこのあとの段取りだけども。
グルゥは着いたらグリフォンに挨拶してきて。その後で客を案内するよ。グリフォンの前でベンチを六脚出すから、前後二列で並べて。子供は前列ね。注意事項を説明したら、二組ずつおさわりしておしまい。次も要るからベンチはそのままね。私は客を馬車に連れてくから、グルゥはまたグリフォンに挨拶してから戻ってね》
《挨拶って。何言えば良いんすか? 魔物相手に挨拶とか、したこと無いんすけど》
《面倒だから一度しか言わないよ?
私は、冒険者ギルドマーロウ王国王都東支部から来ました、ハンター課のグルゥと申します。本日はよろしくお願いいたします。
こんな感じ、それと、挨拶の後にちゃんとお辞儀してね、最敬礼よ?》
マリーはグルゥに一度実演させてみたところ、意外な事にグルゥはそつなくこなした。
ギンシの教育の賜物である。
「到着で~す。馬車がしっかり止まってから降りてくださ~い」
着陸した馬車から、参加者達がぞろぞろ降りてくる。
マリーは整列させながら、グルゥを走らせた。
《いやいや! 行けって言われてもオレどこにいるか知らないんすけど》
《そこは俺ら一斑にお任せ!》
勤務シフトでは、待機になっていた一斑。見学ツアーを裏から支える為に、二人に先んじ現場での作業を終えていた。
《声だけで悪いけど案内するよ》
《先ずはもう少し右ね》
《獣道に出たら、後は道なり。北に向かって》
グルゥが指示に従い、獣道を見つけた頃、マリーもまた、参加者達を引率し、獣道から、森へ入るところだった。
「は~い、良いですか~? はぐれないように、親子で手を繋ぎましょ~。それでは、足元に気をつけて出発~」
《意外と近いっすね》
グルゥが森に入ってから、まだ一分ほどだ。
《子供の足で五分、が目安だからね》
《ベンチも据えてあるし、後は君の挨拶だけ》
グルゥは一旦深呼吸で、己を落ち着かせる。
「冒険者ギルドのマーロウ王国王都東支部から来ました、ハンター課のグルゥです。今日はよろしくお願いします」
そして最敬礼。
グルゥは練習通り、そつなくこなした自身があった。だからそれは、とても意外なことだった。
グリフォンが、下がったグルゥの頭をくわえたのだ。
「え!? え~!!」
《こ、これ! どうしたら良いんすか!?》
《大丈夫! 大丈夫! 新入りが毎年やられるやつだから》
《ほら、もう離してくれたよ?》
《これで君も僕らの仲間だ》
頭を解放されたグルゥは、グリフォンを見上げる。グリフォンの目が笑っているような気がしたグルゥであった。
そこへ、後ろの方から歓声が聞こえてきた。マリー達が追いついて来たのだ。
《速くね!?》
《毎年こんなもんさ。時間が無いってんで、凄い速さで移動してくるんだよ》
「はい、到着で~す。一旦お座りくださ~い。子供たちは前列ですよ~」
みんな時間が惜しく、グルゥの想像を遥かに上回る速度で場が落ち着く。
グリフォンを後ろに、マリーが最後の注意事項を説明する。
「はい、それでは最終確認です。これから皆さんにはグリフォンとふれあってもらいますが」
ベチン!
「痛!」
マリーが突然グルゥの頬を叩く。
「叩いたり」
ギュ~
「いだだだ!」
今度はひっぱる。
「ひっぱってはいけません! なぜなら」
「何すんだ! ババア!!」
「こんな風に怒っちゃいます」
マリーがおどけてみせる為、即興のコントの様になり、小さな笑いがおきる。
《よし、合図で私を突き飛ばして》
《任せろ!!》
不安になるほどの意気込みを感じる。
「見ての通り、グリフォンはとっても大きく、ちょっと動いただけでも」
《よし! 今!》
《くたばれ!!》
マリーは突き飛ばされ、大きくたたらを踏むが、なんとか転ばずに耐えた。
「こんなのとは比べ物にならないくらい危険です。優しくさわりましょう、良いですか?」
子供たちと一部のおっさんが元気に返事をする。
「それでは左から順に二組ずついきましょう」
マリーの言葉に合わせ、グリフォンが香箱を組む。
二組の親子がグリフォンの左右に分かれ、恐る恐る触り始めた。が、徐々にその手ざわりの良さに魅了され、歓声を上げはじめる。
《グリフォンも香箱組むんすね》
《半分ねこだからね》
「はい! 一分経ちました、下半身にずれてくださ~い。次の二組どうぞ~」
14分後、最後の組が下半身側に移動する。最後の組故に上半身が空いている。
《グルゥも今の内に触ってきたら? 客は私が見てるから》
《マジ? あざ~す!》
グルゥも童心に帰ったかの様にグリフォンとのふれあいを楽しんだ。
「みなさんグリフォンはどうでしたか?」
子供たちから様々な感想が飛び出してくる。
「はい、それでは名残惜しいですがこれでおしまい。最後にグリフォンにお礼を《課長! 記念撮影忘れてる!》
「ああ! そうだった、記念撮影が有るんでした。みなさんグリフォン前にお並びください」
グルゥの視線に刺されるマリー。
「え~と、15組の二列になりましょうか。前列はしゃがんでくださ~い」
並んだ参加者達を、マリーがカメラ越しに微調整してゆく。
「はい! 撮りますよ~。せーの、」
『ウィスキー!!』
参加者全員での唱和に合わせ、グリフォンが猛々しく翼を広げ、後ろ足で立ち上がる。
どこぞの紋章の様な姿を、マリーがばっちりカメラに納める。
「はい! ばっちりです。最後にグリフォンにお礼をして、馬車に戻りましょう。せーの、」
『ありがとー!!』
今日一番の大きな声に、グリフォンも高らかな鳴き声を上げて応えた。
帰りの車中はグリフォンの話題一色だった。




