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 10話

「娘っこ、ってあのエルフの子?」

 マリーがデミゴブの巣から救出した、エルフ女性の事だ。彼女はデミゴブに嬲られ、救出時には既に、壊れてしまっていた。

「ああ。彼女、冒険者じゃなかったみたいだ。あちこちのギルド頼って探っても情報が出てこなくてな。各地の職員が衛兵にも聞いて廻ったらしい」

「それで? どこの誰か分かったの?」

「セフィリアからの旅行者が一人行方不明らしい」

 『セフィリア王樹同盟国』東にある島国で、全てのエルフの故郷と呼ばれる国だ。

「セフィリア!? まぁた、遠くまで来たもんだなぁ。一体何しに。殆ど星の裏っ側じゃねぇか」

 ギンシの驚きは当然だ。王都からだと、馬車や船を乗り継いでも十ヶ月は堅い。

「セフィリア………… いつも通り、ギルド経由で国に連絡つけるんでしょ? あの国にギルド有った?」

「有るには有る。だが独自色が強いと聴く、どう転ぶか分からん」

「噂じゃぁ、本部の指示も知ったこっちゃねぇらしいな」

 その国共々、実態の知れないギルド支部のようだ。

「セフィリアの支部とは本部が繋ぎをつけてくれてる筈だ。一先ずは向こうからの連絡待ちだ、その間に、マリー。

 覚悟を決めとけ」

 まるで何の事か分からないマリー。心当たりがなく、首を傾げている。

「もし、セフィリアが今回の件に関知しなかったり彼女の家族が迎えに来なかった場合、お前があの娘っこの後見人になるんだ。しっかりしろ!」

「ああ、その事。はいはい、りょうか………… ちょっと待って。後見人って事はリセットで決まり?」


 ギルマスが重々しく首を振る。


「今、医者に預けてるんだがな、『治る見込みは無く、恐らくリセットも不十分、強くフォーマットを勧める』との事だ。」

「………… キツいな。

 何人か見てきたがよ、慣れねぇなぁ、こればっかりは」

 ギンシ程のベテランでも、いやむしろ。ベテランだからこそ、彼女の境遇に胸を痛めるのかも知れない。

「最終的に判子押すのは俺だがな、リセットかフォーマットかはマリー、お前が決めろ」

「………… 医者って草爺でしょ?」

 草爺。本名不詳のこの医者は、王都東大通り、門前町を縄張りとしている。

「ああ。この地区のリセットは、あの爺さんの担当だからな」

「草爺がそこまで言うんなら、実質一択でしょ。………… まぁ、家族に選ばせるよりはマシ、って考え方もあるか。

 はぁ。

 …………言いたくは無いけど、いっそ死んでた方が、とか、何故助けた、とか、そんな事言うのも解る気がするわ」

「マリー」

 ギンシが強い圧を込めてマリーを嗜める。

「分かってる、思っても言うべきじゃないって事くらい。でも彼女のこれからを思えば…………。

 生きてるって事は素晴らしいよ、それはもう手放しで。でも死に尊厳を求めたり、救いを見出だすのも間違いじゃないでしょ?」

 ギルマスが語って聞かせる。

「マリー、お前の意見も間違いではない。だがそれは本人が決める事だ、お前じゃない」

「でもその本人が」

「そうだな。意思決定出来る状態にない。だからって、医者でも身内でもない俺らが『安楽死』を選ぶのは違う。いくらお前が後見人でもな」

 ギンシもフォローを入れる。

「あの娘っこが人間だとまた違うんだろうがな。フォーマット後の人間がまともに生活できるようになるってぇと、すっかり年寄りだもんよ。そうすりゃ安楽死も選択肢に上がってくるだろ。

 でもな、エルフだもんよ。なんぼか知らんがフォーマット後でもまだまだやり直しは出来らぁな」

 ギンシはマリーの頭をポンポン叩く。

「マリー、お前のそれはただの同情だ。後見人なら同情じゃなく親身になってやれ。

 まぁそれも向こうの家族が来なけりゃの話だ」

 マリーは気持ちを切り換えるように、深く息を吐き出した。

「同情、そうか、そうね。少し感傷的になりすぎたわ。古い記憶に引き摺られ過ぎたのかも」

「古い記憶ってぇと、千年前のか」

 マリーが一つ頷く。

「仲間を殺してまで守りたかった未来が、私のミスで台無し。彼に対して、彼女達被害者に対して、どう償えばいいか。

 それで出した答えが安楽死なんて。

 思考停止にも程があるわ。あ~やだやだ」

 ギルマスがため息代わりに彼女の名前を呼んだ。

「マリー」

「お前のそうやってすぐ自己分析して立ち直るとこ、最っ高にかわいくねえ!」

 急に荒ぶるギルマス。彼なりに、マリーを慰めたかったのかも知れない。

「別にギルマスに可愛がられても、ねぇ?」

「言っとくがお前の後見人は俺だからな!」

「そんな嘘ついてどうするの。私の後見人はギンシでしょ、どう考えても」

「おい! ギン! 言ってやれこいつに」

「マリー、お前の後見人は俺じゃなくて、トール、ギルマスだ」

「嘘だぁ~」

 信じないマリー。

「孤児院によく、お菓子もって様子見に来てくれたのは? ギルド入ってからもいつも面倒見てくれたのは?」

「俺だな」

 ギンシである。

「トールんとこは子供遅かったからな。俺もよく相談されたんだ、年頃の女の子にどうやって接したらいい? ってな」

 ギルマスは羞恥で赤くなっている。

「とにかく! 俺がお前の後見人って事だ。分かったな!」

「は~い、分っかりました~。もう、後見人が必要な歳じゃないしね、誰でもいいよ」

 上手くいかずにギルマスは悶え、机を叩き、思いきった決断を下す。あくまで彼にとっては。

「よし! お前に後見人の何たるかを教えてやる。飲みに行くぞ!」

 猛然と仕事を片付けていくギルマスを横目に、ギンシはマリーに耳打ちをする。

「あいつ最近娘が外国に嫁いでな、寂しいんだ。実際お前の事、長女みたいに思ってるしな」

「そのわりに構ってもらった覚えが無いんだけど」

「あぁ見えてシャイで奥手だからな。たまには付き合ってやれ」

「まぁ、奢って貰っといて文句つけるのもね。しょうがないか」

 誰も奢りなんて言っていない。

 マリーとギンシが耳打ち話をしているうちに、ギルマスの仕事が片付いた。

「よし! 終わった! 行くぞマリー!」

「は~い」

 二人と一人が部屋を出ようとドアへ向かう。

 そこへノックもそこそこに、勢いよくドアが開かれた。

「失礼します! ギルマス、大変です! グリフォンが現れました!」

『それ明日でもいい?』

 同じタイミングで同じ事を言うマリーとトール。意外と気が合うのかも知れない。


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