1話
「俺の村にゴブリンが出た!! 誰か助けてくれ!!」
村人の必死の訴えにギルド中が注目するも、誰もが直ぐに興味を失ってしまった。
気だるい午後のひととき、ギルド内に溜まって居る冒険者は、ゴブリン狩りを卒業したベテラン勢。それも、楽して稼ぐ事を覚えた、濁ったような奴らだ。
彼らは村人の服装から、一瞬で、村までの距離や依頼料の概算、依頼達成までの労力を弾きだす。そして「割に合わない」と、興味を失ったのだ。
冷たいようだが、そのお陰で下位の冒険者達にも依頼が回って行く。
村人の彼が焦りから再び叫ぼうとしたその時、ギルド職員から声が掛かった。
「依頼ですね、こちらへどうぞ」
ちゃんと伝わった事に一息ついて受付カウンターに駆け足。
「すみません、おやつの時間だったもので。ゴブリン狩りの依頼ですね」
その受付嬢は制服についた食べかすを払っている。
「はい! 直ぐにでも行ける人をお願いします!」
慣れない村の危機に気が急いている村人は、職員の弛い態度にイラつきを覚えた。
「それじゃ先ずはっと、手配書を発行しますので、いくつか質問しますね~」
「早くしてください!」
「それでは、村の名前と王都までの距離、それからゴブリンの数と何時どの辺りで見たか、最後に報酬金をいくら出せるか、この五つをお願いします」
「名前は松木村、距離は二日と半日、ゴブリンは村の北側で一匹だけ。報酬は白銀貨一枚」
「えっ!? そんなにですか!?」
受付嬢の驚きが、ギルド中の冒険者の注目を集めた。これはまずい、下手を打てば青年が白銀貨一枚持っている事がばれてしまう。
受付嬢が曖昧な笑顔で誤魔化しにかかると、皆、表面上は興味を失った。だが彼らは決して旨い獲物を逃がしはしない。
「あの~、通常、ゴブリン狩りの報酬は一匹辺り白鉄貨五枚なんですね。二匹で黒銅貨一枚、二十匹で白銅貨一枚、二百で黒銀貨一枚」
つまり、この松木村の青年は、村の周辺に二千匹のゴブリンが、と考えている事になる。
「あり得ないですよ、そんな数の群れ。それとも何か事情でも?」
「高い分には良いじゃねぇか! とにかく速くしてくれよ! このままじゃ村が、」
「う~ん、」
…………
「そのゴブリンの種類は判りますか?」
…………
…………
何故か黙る青年。怪しい。
そもそもゴブリンは世界中どこにでもいるモンスターである。群れからはぐれた個体が村人に狩られる、そんな事は日常茶飯、よくある話だ。
なのにこの青年は、たかだか一匹のゴブリンに白銀貨一枚も出すと言う。
「このままだと手配書を発行しても誰も受けませんよ? 怪しすぎですもん」
いいや、こっそりと聞き耳をたてている冒険者、彼らは受けるだろう。例え何か問題が起ころうとも、直ぐに逃げ帰り情報料をせびる、そんな奴らだ。
受付嬢になったばかりの彼女には、まだ、想像できない擦れた生き方だろう。
…………
…………
…………
そしてまだ黙るか、青年。
「まぁいいです、それじゃこれで発行しますね」
受付嬢がカウンターから出てクエストボードに貼る、その段になって漸く青年が動いた。
「待ってくれ、ちゃんと話す。だから何とか、村を。村を頼む。」
受付嬢はため息を一つつき、できたての手配書を丸め、カウンター内のゴミ箱に捨てた。
「それではあらためて。依頼の内容をどうぞ」
「俺の村にゴブリンが出たんだ。でも普通のゴブリンじゃなくて、でかいんだ」
「ホブゴブリンですか?」
首を振り否定する青年。
「ホブ一匹なら俺らだけでもやれる。違うんだ、ホブほどでかくない、半端なんだ。それに色も緑だけど斑で、」
「ホブとゴブの間の大きさで緑の斑、何ですかそれ? 新種? え~気味悪い~。それなら確かに白銀貨一枚の価値はある、かも?」
受付嬢がう~ん、と悩んでいると後ろから近づいて来る人がいた。
「どうしたの? 問題発生?」
「あっ課長」
受付課のロザリー課長。35歳のふくよかな既婚者だ。
経験を積ませる為新人に任せていたが、そろそろ手に負えないと判断したらしい。
「問題ってほどじゃなくて、気味が悪いゴブリンの話しなんですけど、」
かくかくしかじか
「なるほどね」
…………
…………
「もう少し詳しくお話ししたいので中へどうぞ。あなたはハンター課の課長呼んできて」
「えっ?! 何で?」
「応接室だからね。どうぞ、こちらへ」
ロザリー課長は青年を伴い応接室へ入って行く。
残された受付嬢は首を傾げながら、ハンター課の課長を迎えに行く。
「なんか大事になってきた?」
「あのー、課長さんはどちらですか?」
ハンター課はギルド内の訓練場に隣接しており、今まさに訓練中であった。
「あれ? あんた受付の新人だろ? どした?」
休憩中の男性職員が一人近づいて来る。
「はい、受付課のミミです。ロザリー課長にここの課長さんを呼んで来て、と」
それを聞いた男性職員が、
「お! 俺らの出番か!!」
と楽しそうに答えると、
「課長!!!!」
声を張り上げ上司を呼んだ。
突然の大声に飛び上がる受付嬢。
「ほれ、あん人がうちのマリー課長」
「いきなり叫ばないでください!」
「ハッハッハッハッ。かぁいぃかぁいぃ」
高らかに笑い、雑に受付嬢の頭を撫でると、課長と入れ替わりに訓練に戻っていった。
「?? どうしたの?」
去って行った男性職員を睨む受付嬢と、状況が全くわからないハンター課 課長。
「大丈夫?」
「大丈夫です」
「そぉ? ならいいけど。それで? 私に何か用?」
「はい、私、受付課のミミと言います」
「どうもご丁寧に、ハンター課のマリーです。どうぞよろしく」
「あ、はい、よろしくお願いします。それで、ロザリー課長が応接室に来てくれ、と」
「あら? 何かあった?」
「ちょっと気味が悪い依頼がありまして」
かくかくしかじか
二人は何故か、手を繋ぎながら移動している。マリー課長が脈絡もなく繋いできたのだ。
そして、一言。
「今後の勉強の為にミミちゃんも一緒に来てね」
あまりこの依頼に関わりたくなかった新人受付嬢のミミだが、逃げられなくなってしまった。
マリー課長が手を繋いできたのは、これを見越しての事だったのだ。
ミミがマリー課長を仰ぎ見ると課長は優しく微笑んでいた。
(キレイな人だなぁ、でもそんなことより逃げられない!)
ちなみにマリー課長は、ロザリー課長と同期で同い年の35歳、未婚の女好きだ。
「失礼します」
「来たわねマリー。彼女がハンター課の職員です」
マリー課長がよろしく、と松木村の青年に握手を求めた。
おずおずと伸びる青年の手を、ぐっと引き寄せ握手し、本題に入る。
「それで? おかしなゴブが出たって聞いたけど?」
ロザリー課長が新たに聞き出した情報をミミとマリー課長とで共有する。
曰く、
12歳程の体長
斑な緑の肌、薄い部分は白っぽい肌色
何かの毛皮を被っており、ゴブの特長の一つ、尖り耳が見えない
人間のズボンと靴を履いている
「こんなところよ。ねぇ、これもう確定じゃない?」
「う~ん、もう幾つか確証が欲しい、かな」
マリー課長は青年に許可を取ると、質問を始めた。
「鼻はどうでした? ゴブなら人より大きいんですが、」
咄嗟の出来事だったのだろう、当時の記憶が薄いらしい青年は「う~ん」と唸り「多分ですが」と前置きをして答えた。
「小さかったと思います。いや、小さいと言うより人並み。と言うかあまり覚えてないのでそんなにおかしな鼻じゃなかったんだど思います」
ここで経験の浅い受付嬢、ミミが口を挟む。
「あっ! もしかしてゴブリンじゃなくて、ゴブリンに化けた人間の子供って事ですか?」
それは青年の心の代弁であった。ここまで大事になりかけ、その結末が子供のいたずら、ある意味一番嫌な結末である。
青年の顔色がみるみる悪くなっていく。
「それともう一つ。目はどうでした? 人と同じ丸い瞳孔でしたか?」
「目、ですか。…………いえ、普通のゴブリンと同じだったと思います」
「つまり、縦長の瞳孔。ですね?」
「多分、ですが」
ロザリー課長とマリー課長、二人が「決まりね」と頷きあっている。
「あなたが見たのは、デミゴブリンというゴブリンの亜種モンスターです」
ミミと青年は初めて聞く名前にポカンとしている。そこでマリー課長が、新人受付嬢に説明する。
「ミミちゃん、デミゴブリンってのはね、12歳程度の知能と体格を持ったモンスターなの。最大の特長は、瞳孔以外は人間と変わらないって事」
二人の驚きは並ではなかった。当然である、そんなモンスター今まで聞いた事も無かった。
「ヤバいじゃないですか! そんなの町中に入られたら……」
「そう、大変な事になる。だからデミゴブを見かけたら巣ごと確実に潰す。そして奴らはそうならない為に巧妙に巣を隠す。さらに、襲撃前に村や町に潜入して戦力を計り、安全を確認してから襲い掛かって来るのよ」
青年は、もはや一刻の猶予もないとばかりに、マリーに詰め寄る。
「速く! 速く冒険者を派遣してください!!」
「大丈夫ですよ、直ぐに対処しますから。それでですね、デミゴブを見かけた前後に、村の中で知らない子供を見ましたか?」
「? 知らない子、ですか。いや、そんな話は聞いてません」
「それならまだ襲撃前の可能性が高いですね。それじゃロザリーあとお願い」
そう言い残しさっさと応接室を出て行ってしまった。
後を引き継いだロザリー課長は、手配書とは別の書類、依頼書を作成して行く。
様々な項目を確認、記入し、最後に青年のサインを記し完成。
依頼書『デミゴブリン討伐』は、最初に青年の応対をしたミミが受領した。
「さて、この依頼は我々ギルドのハンター課で受けさせていただきます。それと依頼料の方ですが「!? 足りませんか!? 必ず、必ず払いますので何とかお願いします」
土下座する勢いで頭を下げる青年。
「安心してください。デミゴブリンの討伐は、国から補助金が出ますので、依頼料は必要ありませんよ」
「え! 本当ですか!?」
「本当ですよ、それも全額。さて、そう言う事なので、後はギルドにお任せください。ミミ、ハンター課までお送りして」
「?? はい。こちらへどうぞ」
「あっありがとうございます! ありがとうございます!」
何度も頭を下げる青年を連れて、ミミはハンター課に向かう。がしかし、その首は疑問に傾いでいた。
(何でハンター課?)