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脇役の定義

作者: W・K

 私、脇屋くずみは人生の脇役である。

 脇役の定義については諸説あると思われるが、今はそれらには言及しない。

 というかそんな不毛な定義は知らない。そんな説を展開しているような人間がいるとしたらそいつは相当な暇人か、脇役か、相当暇な脇役である。

 だから私が定義する。

1、脇役は、最低1名の人間とコミュニケーションを取ることが可能である生物、もしくは無生物でなくてはならない。また、物語の最低1場面においてその存在を証明されなければならない。


2、脇役は、その物語世界における未知の性質を有してはならない。ただし、自律した意思を表示しない場合は、この限りではない。


3、脇役は、その物語世界における未知の物品を所有してはならない。所持が発覚した場合、速やかに譲渡、もしくは放棄し、その後いかなる干渉も行ってはならない。


4、脇役は、純、不純を問わず異性交遊を行ってはならない。ただし、物語の終焉までに不可逆的に破局する場合や、相手も脇役である場合は、この限りではない。


5、脇役は、その物語において自身を巻き込む可能性のある危機を単独で正しく解決してはならない。また、自身を巻き込む可能性のない危機について、意図的に解決に介入してはならない。


6、脇役は、一人で複数人を相手に敵対する立場をとり続けてはならない。


7、脇役は、その物語の展開に影響を与えるとき、無自覚でなくてはならない。


8、脇役は、物語のどの場面においても、最も発言回数の多い人物であってはならない。ただし、その人物のその場での発言回数が3回以下の場合は、この限りではない。


9、脇役は、物語のどの場面においても、読者の想像を超えて物語の全体像を把握してはならない。


   ◇◇◇


 以上が、私が整理した脇役の定義である。この事実だけでも私がどれほど暇な脇役かご理解いただけただろう。この9箇条は発案者の名前をとって『脇屋九原則』と呼ばれている。少なくとも私はそう呼んでいる。

 もちろん、主人公以外の登場人物はすべて主人公を引き立たせる脇役であるという意見も存在する。しかし、私はその意見に異を唱えたい。例えば、主人公と愛し合うお姫様や、主人公に伝説の剣を託して死んだ友、主人公の剣の師匠でありながら今や敵国の大幹部となった父、などという人物と、風呂屋の番頭さんや、街のチンピラB、逃げ惑う人々その38、などという人物を同じ『脇役』として一括りにできるだろうか。いや、できない。

 然るにこの脇屋九原則こそ、脇役という、登場人物の中でも特筆して特筆することがなく、飛び抜けて飛び抜けたところがなく、段違いで平行棒な役割の境界線を規定するものとして、後世に伝えられるべきものである。これを満たす者こそ、選び抜かれた真の脇役であると言えるだろう。逆に言えば、この原則から一つでも逸脱した者は脇役の皮をかぶった真っ赤な偽物であると言わざるを得ない。ただの主役である。

 この章では先に紹介した脇屋九原則の各項について詳細な補足を行う。

 従って、前章を一瞥しただけでこの原則を完全に理解し、試しにそれを駆使して他小説の脇役選定などを行っているような、私が及ぶべくもない聡明な読者諸君はこの章を読み飛ばしていただいて構わない。

 しかし、読者諸君の中には前章のような事務的な説明のみでは立案者としてあまりに不親切であると主張する者や、単純に頭の回転が追いつかなかった者、「おまえごときの作文に本気を出すまでもない」という悪の大幹部のような考えを持った者、「文体キモすぎwwwww読む気失せるwwwwwww」という研ぎ澄まされた感性を持つ辛口評論家もいるであろうことを考慮し、僭越ながら補足させていただく。

 賢明なる読者諸君の質問、改善案なども受け付ける。感想などの方法で意思表示していただきたい。ただし改善案を提示したことで諸君が今後、金銭的・地位的に利益得ることは一切ないと明示させていただく。


   ◇◇◇


[1、脇役は、最低1名の人間とコミュニケーションを取ることが可能である生物、もしくは無生物でなくてはならない。また、物語の最低1場面においてその存在を証明されなければならない。]


 脇役を名乗る以上、その人物が物語中に登場することは必須である。

 例えば群衆の中にいるかもしれないA子さんは脇役であるか。物語に一切登場しなかった出席番号23番の誰かは?1万人の都市を舞台にした物語だったとして、主役の10人を除いた9990人は全員が脇役であるといえるのか。

 否、それらは単なる舞台設定であり、人物ではない。

 この項ではその部分を定義している。

 そして同時に、登場しているのであれば、それが人間である必要はない。

 純文学にもSFにもファンタジーにも官能小説にも同様に適応させられる定義であるためには、この辺りを考慮に入れなくてはならない。人工知能搭載ロボット、しゃべる猫、ゾンビ、風の精霊などの非現実的存在であろうと、それがコミュニケーション可能であれば人物のくくりに入れる必要がある。ゴジラと会話できる少女がいるならば、ゴジラも人物である。残念ながら彼は主役であるが。



[2、脇役は、その物語世界における未知の性質を有してはならない。ただし、自立した意思を表示しない場合は、この限りではない。]


 これは比較的理解しやすい項であると思う。当然、特別な力に目覚めた者は、脇役の座から引き摺り下ろされて然るべきである。

 問題となるのはその物語世界における未知の性質、という点である。

 つまり、例えば、「魔法が蔓延る世界。誰もが5属性の中から1属性の魔力を得て、それを生活に使っている」などという設定の物語世界だった場合、5属性の中から1属性の魔力を得た人間は、現代社会においては未知の性質を有したことになるが、その物語世界においてはなんら特殊ではないのでこの項に違反していることにはならない。

 対して5属性すべての魔力を得た人間がいた場合、これは当然脇役とは呼べない。

 そして同時に、一切魔力を得ることができなかった人間がいた場合、これも同様に脇役とは呼べない。魔力を得られないことが逆にその物語世界ににおいて異質だがらである。さらに付け加えるとそういう人間はだいたい第1話の終わり頃に6属性目の魔力や、反魔力、神力などという別のより特殊な性質を有することになる。

 しかし、「魔力を得られないのは100人にひとり。そういう人間は迫害される」というような設定が加わっていた場合、魔力を得られなかった人間にも脇役としての未来が開かれる。魔力を得られないことが未知の性質に該当しないためである。ただしこの場合においても、お姫様の涙によって聖魔力などという未知の力に目覚めた場合は、その時点で脇役失格となる。

 この項をクリアしているかどうかは、かなり厳しい目線で見る必要がある。厳密に言えば人間の想像力と知識の前では、真に未知な事象は存在しないと言ってよい。重要なのは大多数にとって驚くべき事実であるか、という点である。「こいつが投げているのはスライダーで間違いない!なのに……なぜ……バットに当たらない!?」←こういう場合は未知の性質である。

 ただし、例外として考慮すべきなのは、「敵によって村人たちが洗脳され、禁じられた魔法を用いて主人公に襲いかかってきた!」というような状況である。

 この場合の村人たちは脇役として保持する必要があるため、自分の意思でない行動に限り、未知の性質の保有が許可される。



[3、脇役は、その物語の展開を左右する物品を所有してはならない。所持が発覚した場合、速やかに譲渡、もしくは放棄し、その後いかなる干渉も行ってはならない。]


 重要な物品は尽く、主役に渡るか、主役によって破壊されるために存在する。

 よって脇役は基本的にはこれに関与しないことが要求される。

 ただし、主役はこれを追いかける必要があるため、物品にとっての逃げる手段として脇役が用いられる場合がある。

 例えば、「あいつに渡すための指輪がなくなった!」という話があったとして、主役の落とした指輪を蹴り飛ばした人、落とし物と勘違いして拾っていく警官、荷台に乗せたまま走り去るトラックとその運転手などは脇役であるが、一時的な物品の所持者となる。

 主役であればこれを失うのは別の主役に奪われた時であるが、脇役は奪われるより早く譲渡するか、放棄する必要がある。そして物語の終焉時にその物品を所持し、その後も所有し続ける者は脇役とは呼べない。



[4、脇役は、純、不純を問わず異性交遊を行ってはならない。ただし、物語の終焉までに不可逆的に破局する場合や、相手も脇役である場合は、この限りではない。]


 これは完全に私の一存である。

 主役と恋愛をする脇役は脇役ではない。

 ただし主役の恋の火付け役としての恋敵、援助交際の相手、ヒロインの気の迷い、成り行きなど様々な状況で脇役にもスポットライトがあたる可能性がある。それらの恋愛は必ず一時的なものであるので、これを例外として挙げる。

 そしてもう一つ、「俺たちのまわりはカップルだらけ」などという場合のカップルを考える必要がある。これを許容するために、涙を飲んで脇役同士の恋愛を許可した。流石に、物語の終焉までにそのカップルはすべて破局した、などという小説があったら、少子化の加速が止まらない。

 結果的に、脇谷九原則は脇役の恋愛に比較的寛容である。



[5、脇役は、その物語において自身を巻き込む可能性のある危機を単独で正しく解決してはならない。また、自身を巻き込む可能性のない危機についてはさらに、意図的に解決に介入してはならない。]


 この項は第二項と並んで重要、かつ、判断の難しい項である。

 この項に示されている行動は主役に特徴的な行動であり、逆説的に脇役においては禁止されるべき行動である。

 これは脇役に、守る立場ではなく守られる立場にいるという弱さ、と同時に、他人の危機より自分の安全を優先する度量の小ささ、が求められることを示している。

 ただし、次のような場合には脇役が事件解決に関与することがある。

・「世界中の人の思いが流れ込んでくる……!」の、世界中の人

・霊能力少年のかませ犬として登場するニセ霊能力者。一見解決したように見えるが実は……という場面。

・主役たちが忘れていた怪物の卵を、無意識に踏み潰して世界を救う通行人

 これらの場合を考慮し、「単独」「正しく」「意図的に」などの単語を慎重に使用した。

 最後の例の通行人は、無意識であることが重要である。もしこの通行人が全ての事件を知った上で怪物の卵の位置を特定し、「まったく、あいつらは詰めが甘いなあ」などと呟きながらその卵を踏み潰したのであれば、それは間違いなく脇役の所業ではない。



[6、脇役は、一人で複数人を相手に敵対する立場をとり続けてはならない。]


 これはその行動の正誤を問わず適応され、同時に第五項を補足する項である。

 脇役は常に集団の中の一個人という立場にいる必要がある。

 注意が必要なのは、1つの争いを例にとった時に、全体を通して孤軍奮闘することを制限しているということである。

 例えば、不良数人にカツアゲされている少年が財布を守っている場合。

 この時、この少年が主役であるか、脇役であるかは判断できない。

 その争いが終結した時点で、少年がひとりで財布を守りきったなら、それは主役の行動である。よしんば財布を守れなかったとしても、少年が最後まで一人だったなら脇役とは言えない。

 ただし、少年を助ける女子空手部員が現れた場合、ひとりで敵対したという事実が確定しないため、少年は脇役としての可能性を残すことになる。

 ただしこの展開だと、直後に少年はピンチになった空手女子を助け、空手の才能を開花させて全国大会を目指すことになるので、そうなってしまったら脇役には戻れない。



[7、脇役は、その物語の展開に影響を与えるとき、無自覚でなくてはならない。]


 これも判断の難しい項である。

 基本的には、他者の行動を意図的に操作しない。影で暗躍してはならないという観点から他の項を補強している。

 逆に、物語の展開に影響を与えないならば、無駄な暗躍はしてもよいということになる。脇役は事件解決によって、生存以外の大きな利益を得ることはほとんどない。



[8、脇役は、物語のどの場面においても、最も発言回数の多い人物であってはならない。ただし、その人物のその場での発言回数が3回以下の場合は、この限りではない。]


 この項はある意味最も注目すべき項である。

 現在、巷に散在する、「脇役によって語られる物語」においても、この部分を考慮していない作品は多い。

 この項は、一般的な物語の脇役なら、意識せずとも達成している場合が多い。

 しかし、脇役に、脇役としてスポットを当てている場面では、逆にこれを達成することが一番困難である。いわゆるスピンオフ企画の後、脇役がもはや脇役ではなくなってしまうことからもそれが伺える。

 脇役は常に、主役の意見を聞く側にいなくてはならない。

 しかも、それを達成してなお、主役の全ての発言に対して一人で返答してしまうと、この項は達成できない。ボケ型主人公の周辺にいる、ツッコミ担当の脇役が次第に脇役でなくなっていくのもこのためである。

 ただし、これにも例外がある。

 つまり、到底主役たりえない人物でも、会話が重要でない場面や、主役が寡黙になるシーンで、偶発的に最も発言回数の多い人物になってしまう可能性がある。

 上限を3回としたが、この部分は暫定的である。

 個人的な意見ではあるが、噂話のシーンで脇役2人が3ラリー、暗殺者に殺される政治家の言い訳シーンで3発言、登校時にすれ違う友人が挨拶と軽いジョークで3発言、このあたりが限度ではないかと思われる。



[9、脇役は、物語のどの場面においても、読者の想像を超えて物語の全体像を把握してはならない。]


 最後の項は脇役の行動よりも、思考を制限する意味合いが強い。

 有能な探偵は脇役にはなれないということである。

 作者の特別な思惑が無ければ、物語の場面把握に最も有利なのは読者自身である。

 読者以上に物語の全体像を把握するということは、明確な答えの出ない部分に対して的確な予測を立てているか、物語中に登場していない重要な事実を握っていることを意味しており、この場合その人物は脇役とは言えない。

 ただし、予測することや、重要な事実を握っていること自体を制限するものではない。

 すなわち、予測していても外れていれば、重要な知識を持っていてもその重要性に気づいていない、もしくは重要と知っていても全体像の把握に結びつかなければ、脇役としての可能性は残される。

 重要な証拠を握っていた目撃者が、それを警察に伝えようとして犯人に殺害された場合、気づいてから殺害される直前まで、その人物は主役である。

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