魔王復活
私には誰も救えない……その事実に打ちのめされていたその時だった。さっきまで放出されていた異質な力が、収縮されていくように感じたのだ。
「……ヒロト、さん……?」
魔力の放出は、収まった。けど……不思議と嫌な感じは、いっそう大きくなっていた。
「おぉ……復活なされましたか」
「ふっ……かつ……?」
さっきとは違い落ち着きを取り戻したヒロトさんの様子は、不気味なほどに静かだ。見たところ、変わったところはない……
……ただ彼のその銀髪が、黒へと変わっていたことを除いて。
「魔王様」
キルデの口から出た単語は、信じがたいものであった。というか、さっきから事態がまるで理解できない。
ヒロトさんが……魔王、と、そう言ったの? 復活って、魔王の……?
いつの間にか、悪魔四神の三体がヒロトさんの前に揃い、跪いていた。突然現れたはずのキルデも、魔王と呼ぶヒロトさんに頭を下げていた。
「あぁ……頭くらくらする」
発せられたその声は、間違いなくヒロトさんのものだ。なのにどこか違う。何か……優しさが、感じられない。
それに……アカリちゃんが、あんなことになったというのに。あの落ち着きようは、いったい何なの? さっきまであんなに、取り乱していたのに。
「何かだるい……どのくらい眠ってたんだボクは」
「お目覚めになったようですね、魔王様。人間界単位で十数年でしょうか」
ヒロトさんと悪魔四神は、普通に会話をしている。そこには、まるで当たり前の光景だと言わんばかりのものがあった。
「あぁそう。えっと悪魔四神だっけか……三体しかいなくない?もう一人どうしたよ」
「奴はその……ちょっと行方不明で」
「ふぅん……まあいっか」
その会話は、もう彼は以前の彼とは違うのだと理解するには充分だった。悪魔の……魔王だという、その記憶を取り戻している。
信じがたい、信じたくないことだ。仲間で、友達で、親友と呼べる子の好きな人だった……それなのに。
「……おい、これはどういう状況だ」
「……先生!」
事態の把握が追い付かない中、現れたのは……先程悪魔四神から総攻撃を受けた先生だった。土煙が晴れ、ボロボロになった体や所々破けた服が露になる。
「おいおい……あれ食らっといて何で無事なわけ」
無事……ではないだろう。吐血もしているし、ふらふらだ。でも悪魔四神からしたら、あれを受けて生きてることが不思議なのだろう。
実際、あれを受けて立って歩いているどころか生きていること自体驚くべきことだ。
しかも、ボロボロのはずなのに……先生からは全く弱ってる感じがしない。味方である私ですらゾッとするほどの気迫がそこにある。
「貴様ら……私の生徒に何をした!!」
自分の体のことなど気にせず、悪魔達を睨みつけている。その気迫を受け、平然と言い放つのはキルデだ。
「何かしたとは人聞き……いや悪魔聞きの悪い。我々は何もしていない。言うなら、人間のヒロト・カルバジナが一つの命を終わらせただけです。そしてそれをしたのは、アカリ・ヴィールズ……貴女の生徒だ」
「ふざけるな!」
あの先生が、怒っている。地響きのように体が、景色が揺れている気がするのは、気のせいではないだろう。気迫が、地を揺らしてすらいるのかもしれない。
「そんなに吠えないでくださいよ。それに……全快の貴女ならともかく、今の貴女に私は倒せない」
……確かに、彼の言うとおりかもしれない。いくら先生でも、片腕を失った上にぼろぼろの状態でこの状況をどうにか出来るとは思えない。
「ちっ、なめるな!」
それは先生自身もわかっているはず……だが、それではいそうですかと素直にうなずけるはずもない。先生は地を踏みしめ、バネのように一気にキルデへと飛ぶ。
残った片腕を振りかぶり、神力を込めた拳をお見舞いする……が、それはキルデの顔に届くことはなかった。彼の手に、受け止められたのだ。
「なっ……」
「言ったでしょう。じっとしておいてくださいよ」
力では敵わない……それを教えるように、キルデは先生の腹部に鋭い蹴りを入れる。鈍い音が響き、先生はその場に膝から崩れ落ちてしまう。
足蹴にされた先生は、転がされたその先で激しく咳き込んでいる。死んではいないが、そのダメージは深刻なものがある。
「がぁっ、ぁ……こ、の……くそ、ガキが……!!」
「たいした人だ、まだそれだけ吠えますか」
片腕を失い、ボロボロになっていたとはいえ……あの先生が、一撃で地に伏してしまうなんて。背筋が凍る。やはり、こいつらはただの悪魔とは格が違う。
今相手にしているのは、悪魔四神の三体。そして悪魔四神よりももっと強いであろうキルデ。
さらに……
「……何だ? "コレ"は」
魔王と呼ばれるヒロトさん。彼に目を向けたその瞬間、私は目を、耳を疑った。
「魔王様が復活するための生贄でございます。今はもうただの肉塊です」
「ふぅん……」
彼が"コレ"と言ったのは、その腕の中にいるアカリちゃん。ヒロトさんを止めようと、まさに命を賭したアカリちゃんを……"コレ"呼ばわりし、挙げ句に……
ドサッ……
……"捨てた"のだ。
まるでゴミでも扱うように乱暴に……いや、そんな感情すらなく、ただ無造作に。あり得ないその光景に、私の中の何かがキレた。
「うぁああああああぁああ!!」
自分でもどこから出しているのかと思えるほどの声が、まるで獣のような叫びが無意識に出た。
アカリちゃんは、ヒロトさんのために……助けようとして。それなのに、そのアカリちゃんを……まるで虫けらを見るような視線で!
「ヒロトぉおおおおオオ!!」
悲しみと、どうしようもない怒りが混ざり合い……動けなかった体はただ、走った。
痛みとか、疲れとか……そんなもの忘れていた。何故だか体は動いた。先生が何かを叫んでいるけど、耳に入らない。自分の声で、周りの音がかき消される。
私の目には、銀色から真っ黒に染まった銃口を向けるヒロトの姿が映った。このままじゃ、撃たれる……でももう止まれない。
パンッ…!
……渇いた音。それは躊躇なく銃の引き金が引かれたことを意味しており、当然弾丸のこもっていたそれは銃口から弾丸を発射する。
放たれた弾丸は、一直線に私を狙う。弾丸の軌道は真っ直ぐで、そして私の頭からそれを避けるという選択肢は消えていた。
…………弾丸は、直撃する。その瞬間、鮮血が舞い、辺りがスローモーションのように感じる。熱くなっていた頭が一気に冷め、何も言えなくなってしまった。
そこに、弾丸から私を庇うように目の前に立ち、倒れる元神と……その向こう側に立つヒロトが、流している涙を見てしまったから。




