救えない
---そこで何が起こったのか、最初は理解ができなかった。体が動かず、ただ見ているしかなかった私はこの先、自分を一生許せないだろう。
黒い何か……天使の血を引く私にはそれが、魔力に似た、もっとどす黒い何かのように感じた。
苦しそうに頭を押さえるヒロトさん。彼を助けるために、彼の体を抱きしめていたアカリちゃん。
それにより黒い力の放出は抑えられたかのように見えた。異常な気配も収まって……元に戻ったかのように思えたのだ。
……けれど、事態はそう簡単には終わらなかった。……アカリちゃんの腹部が、貫かれたのだ。他の誰でもない、救おうと抱き締めていたヒロトさん自身の手によって。
「あ、あ……?」
何が起きたのか……すぐにはわからなかった。それほどに、その光景は衝撃的だった。
ただ、取り返しがつかないことが起きているんだということだけは……理解出来た。それは、一刻を争う事態であるということも。
……何をしてるの、私は。こんな所で寝てる場合じゃないでしょ。動いて。助けるの、アカリちゃんを。あの傷じゃ、すぐに手当てしないと……!
何のために天力を鍛えてきたの! もう二度と、大切な人を失わないためでしょ! だから……動け!
「あ……あぁあああぁあああ!!」
どこから出してるんだと、自分でもわからないような叫びが出る。それに、体が引きちぎれそうだ。血が所々から溢れ、流れ出す。
……でも……!
「助ける……助けて、みせる……!」
あの出来事が……私の中に、フラッシュバックする。目の前でお父さんを失ってしまった、あの光景が。それは辛く、私を鼓舞する!
もう二度と、あんな……あんな思いはしたくない!
あの時の痛みに比べたら、この程度の体の痛みなんて、ないようなものだ……! ゆっくりと引きずるように、少しずつ体を動かしていく。
体が痛い。血が抜けていくのがわかる。意識が朦朧とする。
体はボロボロ。おそらく骨も折れてる。このまま放っておいたら失血死するかもしれない。
……でも、そんなのどうだっていい!
自分よ体なんかどうなってもいい! 壊れても……死んでもいいから! だから……!
動け……! 動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動けうご……
「アカリぃいいいイいいィいい!!! うァアアああアあ!!!」
…………
……悲痛に満ちた、断末魔とも思える声が、全てを物語っていた。ヒロトさんの声はとても痛々しく、先ほどの叫びとは別次元の苦痛が感じられた。
その瞬間、私は理解してしまった。認めたくない現実を……
「……アカリ……ちゃ、ん……」
…………また、守れなかった。私の、大切な人を……
「まさか……」
その叫びは当然先生の耳にも届く。最悪の結末を頭の中に描かせ、それにより生じた一瞬の動揺が、先生の隙を生んだ。
「よそ見厳禁、ですよ」
対峙していたメルガディス、ゴディルズ、メルギィスの攻撃が一斉に叩き込まれる。無防備に立っていた先生はそれを避けることも防御することもなく……直撃した。
「先生ー!」
闇のエネルギーが直撃し、辺りを土煙が覆う。
そんな……先生まで……? ……いったい、どうしたらいいの……?
「……!?」
その時だった……先程まで抑え込まれていた黒い何かが、一気に噴き出す。まるで、ダムが決壊したように。
アカリちゃんのおかげでせき止められていたものが、再び……さっき以上に噴き出していた。ヒロトさんがアカリちゃんを手にかけたことで、抑えつけていたものがなくなったのだ。
「やっぱり……魔力……?」
この黒い力は、やはり……まるで魔力そのもの。ヒロトさんから感じるのは……膨大な程の魔力。
でも、ただの魔力じゃない。魔物とも、悪魔とも、悪魔四神とも違う。もっと異質なもの……魔力の密度が、全然違うのだ。
「あぁアアああアあア!!!」
先程よりも悲痛……いや、狂ったような叫びが轟く。それはもう、獣のそれに近い。喉が切れてしまうんじゃないかと思えるほどの。
「ふふ……こうもうまくいくとは。最も愛する者を自らの手にかけること……それこそが、復活のトリガー」
「え…………キルデ、さん……?」
……いるはずのない人物。なのになぜ、ここにいる? 何でキルデさんが、ここに……?
この場に現れ、不気味に笑う。それだけでただ訪れただけでないのは確かだ。それに……
……何より、その背中に生えている黒い翼。それはつまり、キルデさんが悪魔であることを示していた。疑いようもない事実。それも、おそらくは悪魔四神よりも強力な。
「ふっ……かつ?」
もはやなぜ、彼がここにいるのか、彼が何者かなのか改めて聞く必要もない。今はただ、起こっていることについていくのが精一杯。
起こった事態を悲しむ余韻もなく、次々と起こる不測の事態。この人は……何を言ってるの?……愛する者を、手にかける? ……復活?
「いやはや、彼女には感謝してますよ。彼を止めるためにと行った行為が、結果的に彼を目覚めさせるスイッチとなった……我々にとっては最高の結果ですよ」
「スイッ、チ……?」
「えぇ……けど、貴女達にはいい迷惑ですよね? まさに無駄死に……いや事態を悪化させた分なおたちが悪い」
「! お前……!」
アカリちゃんは、ただヒロトさんのことが心配で彼の下へ駆けつけた。誰よりも速く、誰よりも必死で……それを……!
無駄死にと、そんな言い方でアカリを貶すな……!
「おっと怖い怖い。……だがわかってるはずだ。今の貴女には何も出来ませんよ。戦うことも、救える命を救うことも……」
「……!」
……悔しい、悔しいけど……図星だ。今の私には、何も出来ない。
お父さんを失った、あの時と同じ……いや違う。あの時は力を扱うことが出来なかった。でも今は、力をコントロール出来るようにはなっている。
だから、今度こそ救えたはずなんだ。それなのに……ただ自分の感情に流され力を使い果たし、挙句守りたかったものを守ることが出来なかった。
言ってしまえば、あの時は自分の力ではどうしようもなかった。でも今は違う。自分の力で救えた。力のなかったあの時とは違うはずなのに…
「あの時と違い、その力で救える命があった。可能性があった。が……貴女は貴女自身の選択でその可能性を捨てた。彼女を殺したのは彼だが……彼女を救えなかったのは貴女だ、リーシャ・テルマニン」
「……わた、しが……」
…………私が……私がもっとしっかりしてれば、アカリちゃんは死ななかった。私のせいで、アカリちゃんは……
私は……結局、何も変わってない。私には……誰も、救えない……!




