破滅へのカウントダウン
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……頭が、割れるように痛い。
薄れ行く意識は、時に視界がぼやけたり、時に妙に鮮明になったり……自分でも訳のわからない状態になっていた。
頭を押さえ髪をかきむしると、銀色の髪の毛が抜け落ちていくのが見えた。それも気にならないくらい、意識が混濁していく。
「おれは……はぁ、はぁ……ひろ、とだ……!」
「そう、貴方はヒロト・カルバジナ。……でもヒロト・カルバジナじゃない。全部作り物、だとしたら? 貴方の名前も、人間性も、思い出さえも……」
「つくり……も、の?」
周りの音が聞こえないほどに、頭の中がぐちゃぐちゃだというのに……キルデの言葉は、まるで俺の心に染み込むように聞こえてきた。
まるで頭の中に直接、語りかけてくるように。
「なに、言って……そんな、わけ……」
「ない、と……言い切れますか? その記憶が本物だと。……なら父親の人物像は? 母親の名前は? ……アカリ・ヴィールズさんと初めて会ったのは?」
問われるのは、わからないわけがない問いかけだった。何をふざけた質問をしているのか……答えられないわけが、ない。
…………あれ、何だっけ……俺の、父さんと母さんって……誰だっけ。……そもそも俺、どうやって暮らしてたんだっけ。
…………アカリと初めて会ったのって、いつだったっけ…………?
「キルデ! 何だかわからないけど、やめなさい! 苦しんでるじゃないですか!」
「もう遅いですよ。カウントダウンは始まりました。決して止まらないカウントダウンがね」
あ……ぅあ…………っ……
「何なんですの……貴方の、目的は! どうしてこんなことを……」
「目的、ですか……」
思い……出せない……! 頭が、焼けるようだ……ぅう……おれ、は……!?
「うーん……人間界の制圧、ですかね」
バサッ……!
視界の端で、黒い翼が広がる。
「ぁ……その、翼……」
「私、以前まで魔界にて魔神様に仕えていました。周りからは大参謀、なんて呼ばれてましたが」
「あ……あく、ま……ですの? 貴方……」
「えぇ、そうですよ?」
大変なことが、起こっている。だけどもう、何が何だかわからない。周りのことも……自分のことも……
お、れは一体、誰で……何を、してたんだ……?
「はぁ、はっ……おぇっ、うぁ…………!」
汗か涙か……流れるものが止まらない。それだけでなく、吐き気も……寒気も……頭痛も……体の震えが止まらない。
「っ……っ!」
……そして俺の視界は、真っ暗になった。
---おれ[ボク]は、誰……?
---ここは、どこだ……?
気がつくとそこは、真っ暗な空間。俺だけが一人ポツンと立っている。
光も音も、何もない無の空間……立っているのか浮いているのか、その感覚すらもわからない。
……ふと、目の前に誰かがいることに気がついた。椅子……のようなものだろうか……に座っており、うつむいているため顔は見えない。
体型から、かろうじて男だろうと推定できるくらいだ。
髪が黒く見えるのは、黒髪だからか単に周りが暗いからか……
「……お前、誰だ?」
こんな空間に、向かい合うようにいる俺とその人物、二人だけ……そこにはあまりに不自然な光景があった。
俺の質問に、しかし目の前の人物は答えない。
「……なあ、聞いてんのか?」
聞こえてない……わけないよな。こんな静寂の空間で。
再度問いかけようとすると、うつむいていた顔がゆっくり上がる。髪で隠れて目元は見えないがその口元は、少しだけ笑っているようだった。
「ここはどこなんだ? お前は……」
…………
…………あれ?
俺、いつの間に…………?
今の今まで、俺は立っていたはずだ。あの男は椅子に座っていた。そのはずなのに……一瞬のうち、まばたきをしたその瞬間に、俺は椅子に座り男は目の前に立っていた。
まるで、一瞬のうちにお互いの位置が入れ替わったかのように……
「……知りたい? ボクが誰か……」
今まで質問しても返ってこなかったのに、突然目の前の男から言葉が発せられる。その言葉は、何だかとても聞き覚えのあるもののような気がする。
男は、ゆっくり近づいてくる。体はなぜか動かない。男から目が、離せない。
やがて男は、俺の耳元に口を寄せてきて……囁くように、告げる。
「キミはよく知ってるはずだ。ボクは---」
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「ヒロトぉおおおおおおお!!!」
……不意に、誰かの声が聞こえた。今までぐちゃぐちゃになっていた気持ちを現実に引き戻してくれるような、そんな温かい声。
「ヒロト! しっかりして! 落ち着いて!」
誰かが、体を抱きしめてくれる感覚がした。温かい……
「お願い、正気に戻って!」
その声に、温かさに……気持ちが安らかになっていくのを感じた。
だけど、そんな気持ちがまるで上書きされるように黒い何かにかき消され、押し潰されていく。温かな気持ちと冷たく黒い気持ち、それらがぶつかり合う。
「うぁ、はぁ……ぐぅ、ぁああぁぁあ……!」
自分の意志とは関係なく暴れる体。まるで抱きしめてくれている体を振り払おうとしているように。拘束を解こうとしているように。
そんな俺の体を押さえるように、俺を抱きしめる力も増していく。
「ヒロトぉおおお!!」
温かい気持ちと黒い感情が混ざり合い、自分の中で渦巻いていくのがわかる。
「ぐっ……あ、アああァあアああアアぁぁアア!!」
頭が割れるように痛い。
おレを抱きしめてくれているお前は、誰……?
この温かい気持ちは……
「……あか……り……?」
「! ヒロト! そうだよ、アカリだよ! よかった、元に戻ったんだね!」
目の前にいたのは……オれを抱きしめてくれていたのは、アカリだった。この温かな存在の正体は……
「アカリ…………ア、カリ、アカ、リ、アカリアカリ……アカリ!」
……名前を、呼ぶ。大切な、愛しいと感じることができた彼女の……名前を呼ぶ。それが俺が俺であることを証明してくれる、唯一のものにさえ思えたから。名前を、呼んだ。
俺は俺を取り戻せた。そう、思った。彼女のおかげで取り戻せたと、そう思った。
「あっ……?」
それはどちらのものともわからない声。驚愕……ただ、そこに起こった事態を呑み込めない者の、驚きに満ちた声だった。ようやく俺は正気に戻った……なのに、なぜそんな声が出るのか?
……嫌な音がした、気がした。ぐちゃっ、ともズボッ、とも……聞いたこともない、聞きたくもない、脳みそに擦りついたら決して離れないような音。
……嫌な感触がした。まるで、肉の塊の中に直接手を突っ込んだような……いや、それよりもはるかに気持ち悪い、今まで感じたことのない……感じたくもない感触。
「あ、あ…………?」
ぼやけていた視界は、何故だか妙にクリアだった。それは、見たくもないものを嫌でも見させてやると訴えられているようで……それは、鮮明に映し出される。
混乱していた頭は、何故だか妙に冴えていた。そのせいで、見たくない現実から目をそらすことができない。嫌でも現実が理解できた。
気づいた……気づいて、しまった。自分の手が、腕が、いやに生温かい感覚に包まれていることを。そしてそれが、何であるのかも。
「はぁ……っ……はぁっ……!」
理解したくない見たくない現実であってほしくない向き合いたくない…………認めたく、ない。
「あ、あぁ……」
それでもゆっくりと、まるで自分の意識ではないように現実を確認させられる。音の正体を、感触の正体を、感覚の正体を……俺の手が、何を貫き、赤く染まっているのかを。
「ぁ、がっ……ふ……」
オレの右腕は……目の前の温かな存在を……アカリを…………
…………アカリの腹部を、貫いていた…………




