三つの厄介
「私の生徒に何してくれてるんだ?」
麻痺し、痛みすら感じなくなるほどに意識が遠退く中で……誰かの声が聞こえた。それが誰なのか、確認する余裕はないけれど。
「あぁ? あんただれ……」
ドゴッ!
締め付けられていた体が解放され、地面に落とされる。体のあちこちが痛み、強烈な吐き気が襲ってきた。
「けほっ、げっ……うっ、げほっ!」
「大丈夫……ではないか。だが生きてるな、テルマニン」
咳き込み、吐き出そうな胃液を何とか呑み込む。うぇ、気持ち悪い……
目から涙が流れてくるが、それを拭いつつ目を開ける。そこには、美しい水色の髪をなびかせながら立つ、ティファルダ・アラナシカ先生の姿があった。
どうやら、私を掴んでいたゴディルズを蹴り飛ばしでもしたらしい。のいた場所に彼女はいた。遠くに、吹き飛んだゴディルズの姿があった。
「せん、せ……」
私の攻撃でもびくともしなかった奴を、素手で……? 何て、恐ろしい……って、あれ?
先生の姿……一見するといつも通りのはずの姿は、大きく違うところがあった。その姿を見た私は、思わず言葉を失ったのだ。
「せ、先生……その腕……」
「ん? あぁこれか」
そこにあったはずの、腕が……先生の右腕が、無くなっている。肩の部分から先が、無くなってしまっている。
「ちょっと、油断してな。はは、参った参った」
痛くない……はずがない。それなのに、私に心配をかけまいと軽く笑い飛ばしている。何て、強い人なんだろう。
「それよりも、お前こそその体……」
「……だい、じょうぶです……」
先生は腕を無くしたのに、まだ戦っている。なら私も、こんなところで倒れるわけにはいかない! 体が動かなかろうが、動かすんだ……!
「がはっ! ぐぅ……!」
「おい、無理はするな。天使の力を解除して休んでいろ」
くそ、情けない……立ち上がろうにも、やっぱり体が、言うことを聞かない。先生に、任せるしかないの?
片腕を無くして、尚も戦い続ける先生に任せるだなんて……そんな負担の大きいこと、できるはずが……
……その時、真横からふっと風が吹いた。
「……え?」
別に風が吹いたこと自体に、驚きはない。けれど、それは自然によるものではなく……誰かが走り去った際に起こった風だ。そして、今しがた走り去っていった人物はというと……
……アカリちゃん?
後ろ姿だけど、確かに今のはアカリちゃんだ。脇目も振らず、ただひたすらに走っている。私を過ぎ去ったことにも、気づいていないのだろう。
「おい待てヴィールズ! そっちは……」
先生もアカリちゃんを確認したようで、焦ったように声をかける。だけどすでに声が届く距離ではなく、また周りでは喧騒が起こっているためか聞こえてない。その足は、止まらない。
「くそ! あのバカ……!」
今のアカリちゃんを、一人にはしておけない。そう感じたらしく急いで先生が追いかけようとするけど、行く手を阻むものがある。
ドスン、と地響きを鳴らすそれはゴキッ、ゴキッと首を回している。
「そんな……」
「あーらら、効いた効いた……」
そこにいたのは、先程先生が吹き飛ばしたはずのゴディルズだった。ただ蹴り飛ばしただけとはいえ、不意をついた一撃のはずなのに……もう動けるのか。
「ちっ、邪魔を……!」
「あんたがメルガディスが言ってた厄介な人間? ……成程、言うだけやるじゃない」
ただの蹴りであったためか、ダメージは見受けられない。それでも、この急いでいる中で、厄介な相手が……
「お褒めの言葉どうも。だがここでお前の相手をしている時間はない。そこをどけ……」
「まあそう言わずに……私の相手もしてくれませんかね」
時間が経つほどに力を増すゴディルズ。こいつの相手だけでも厄介だというのに……脅威は、それだけに留まらない。そこへ現れたのは、同じく悪魔四神である一角……メルガディス!
無から有を作り出すという、こいつも極めて厄介な相手だ。悪魔四神が、二体も……!
「何よメルガディス、いやにボロボロじゃない?」
「あはは、まあ色々ありましてね」
「まぁどいてな、こいつぁ俺がやる。久々に骨がありそうだ」
「いえいえ、私だって吹き飛ばされた左腕の借りを返さないと……って既に右腕がありませね」
「あーもう、ぐちゃぐちゃうっさいわね」
どちらが先生を相手するか、それを言い争っているようだ。だが両者譲る気はなく、それを待つ時間もない。不意をつこうと構える先生は、しかし聞こえた声に忌々しげに舌を打つ。
「メルギィス……!」
「ひどいじゃないの。私とヤってたのに、そこいらに投げ捨てて他の奴のところに行っちゃうなんてさ」
この気配……まさか、また新しい悪魔四神……!? 三体の悪魔四神が集まり、私と先生を……いや、戦えないどころか立てもしない私など眼中にもないだろう。
先生を、三体の悪魔がそれぞれの狙いに定める。
強大な力を持つ、ただでさえ厄介な悪魔四神が三体。
対してこちらは、悪魔四神を軽く捻るほどの実力があるとはいえ、片腕を失っている先生に、立ち上がることすら出来ない戦力外の私。
数の上では三対二……でも実質三対一だ。
「この、ぞろぞろと……!」
見ると、アカリちゃんの姿は既に小さくなっていた。あんなに必死で走るのは、きっと……ヒロトさんの、ためだ。あの叫び声を聞いて、居ても立ってもいられなくなったんだ。
「あーらら、こんなにぞろぞろと。こりゃあ譲り合いは無理そうだな」
「いいじゃないか、手っ取り早く……早いもん勝ちってことでさ」
「さすがは姉上。グッドアイデアです」
三体の悪魔四神におそらくコンビネーションはない。ただ、それでも厄介なことこの上ないのは事実だ。
卑怯……だなんて言っている状況ではない。だってこれは殺し合いで、奴らは悪魔なのだから。でもこの状況は……決して楽ではない。
「貴様ら……そこをどけぇ!!」
咆哮し、三体の悪魔へと向かう。私はただ、その背中を見守ることしか出来なかった。




