自分勝手の天使
「……焦ってんな? だが、俺を前にずいぶん余裕じゃない……勝つどころか、どれだけ早く済ませるか考えてんだからなぁ」
……図星だ。勝てるかどうかも曖昧な勝負だというのに、私は勝つことを前提に先のことを考えてる。こいつに、私の胸の奥から湧きあがるこの感情をぶつけることしか考えてない。
「だがまあ、さすがは神を支える『二大天使』の一角、その落とし子ってとこか。感心する力を持ってるみたいだが……お前さん、経験が浅すぎる。天使の力を解放しての実践なんて、数えるほどもないだろ?」
……悔しいけど、その通りだ。確かに天使の力を解放しての戦いなんて……メルガディスの一件と、今しかない。しかも、前回は雑魚悪魔相手だったから、大した力は使ってない。
「だのにお前さん、気づいてないだろ? そんな未熟な経験値のまま、怒りに任せて行動するとどうなるか……」
「いか、り?」
腹のたつ声で、図星ばかりをついてくる。早く殺してやりたいのに、どうしてかその言葉に耳を傾けてしまう。そんな自分が憎い。
そして奴が何を言おうとしているのか……聞く必要もないのに、聞き入ってしまう。
「無意識……だよな。お前さん、俺に父親を殺された恨みがわかりやすいくらいに殺気ビンビンに感じたぜ。自分だけの戦いならともかく、こんなどでかい戦いでその行動は命取りになる」
恨み? いや、確かにこいつには恨みはある。殺してやりたいと思ってる。でも、それはそれだ。今私が戦ってるのは、学園を、みんなを守るためだ。
「めんどくせえよなぁ人間は。恨み、妬み……それらは判断を鈍らせ、死に直結する。今のお前さんは仲間を守るためじゃなく、己の感情を優先して……自分のために戦ってたんだよ。自分のことしか考えずにな」
「っ?」
その言葉はやはり、どこか図星のようなものがあり……私の心を揺さぶる。……だけど、それが何だというの?
「っ……だったら何! 例え私が私のために戦ってても、どのみちお前達を殺すんだから同じこと…!」
「わかってねえなぁ……」
私が私のために戦おうと、仲間のために戦おうと、結局は殺してやりたいという気持ちに変わりはない。だからこいつが何を言おうと、関係はない。
だが奴は、はぁ……と軽くため息を吐き、続ける。
「自分のことしか考えてない戦い……特に復讐なんかのでかい感情は……」
「……っ!?」
「力の消費が激しい」
ぐらっ…と視界が揺れる。崩れそうな足を何とか踏ん張り、けれど足は震えている。これは……限界が、近い……!
まさか、いつの間にこんなに力を使ってたの…?私、まだ余裕があるものとばかり……
「そう、てめーのことしか考えてない奴は、力の加減なんて考えやしねぇ。仲間のことも考えて戦うってんなら少なくともそんなことにはならなかったろう?」
……奴が何を言いたいか、ようやくわかった。もし私が仲間のために戦ってたら、こんな激しい消耗をすることはなかった。自分のことしか考えてないから、もう限界になりつつある。
そして、私は天使と人間のハーフだ。さっきのネコ先輩の時のように、人間の神力じゃ助けられない怪我も天使の力なら、救うことができる。
つまり、天使の力はこの戦場において、もっとも重宝されるもの。その力が尽きてしまうなど、それは……
「その天使の力があれば、どれほどの重症者でも助けることが出来るだろう。死にかけでもな。が……目の前で大切な人間が死にそうになっても、今のお前さんには何も出来ないってことだ。
あの時、目の前で父親を助けられなかったみたいになぁ」
誰も、助けられない。助けることができないのだ。力が尽きてしまえば、私は戦力として役に立たないどころか誰かを救うことも叶わない。
「ようやく事態を把握したらしいな。だが今更どうしようもねぇ……天使の力を収めれば俺が即座に殺す。しなけりゃ自身の力に体を壊され死ぬ……どのみち終わりさ、お前は。調子に乗って力を使いすぎたな」
私は……この力で、お父さんを救えなかった。だからこそ、力を鍛えて……今度は誰かを、救いたかったのに。なのに、こんな……こんなことって。
自分で自分を、追い詰めて……!
……でも……例え、私の体がどうなるとしても……こいつをこのままいかせたら、ダメだ。消耗した力は戻らない、なら……残った力でこいつを、倒すんだ!
「行かせない……この体が壊れても、お前をここで止める!」
「おーおー、ご立派だなぁ。いや、開き直り、ともいうか。どうしようもないなら、せめてもの言い訳として俺だけは倒しとこうと。だがその意思に体が着いていくかな?」
体はすでに、痛みに悲鳴を上げつつある。このまま力を解放し続けたら、本当に壊れてしまうかもしれない。
でも、誰かが目の前で傷ついていくくらいなら、私が……私が!
「私だけが傷つくならいい……例え体が壊れても、力を絞ってでも一人でも助けたい。そのためにみんなのところに行く……お前を殺して!」
「ほほぉ、気合い充分だな。……だがな、そこんとこ悪いが……もうお前さんと遊ぶ時間は終わりだ」
ゾクッ……!
「!? 何、この感じ……」
気合いは充分。だけどそれを削ぎ落とすかのような、強烈な悪寒が全身を包み込む。何だ、この嫌な感じ……?
こいつとは……悪魔四神とは、また別格のものだ。
まずい……何かはわからないけど、とてつもなくまずいものがここに、どこかにいる。それは明らかに敵意を持つ何かで、この場においてもっとも危険なものだ。
それは……近くに、あの女がいる。ということは、ヒロトさんやオルテリアさんもいるということか。またあの女のせいで、誰かが傷つくの……!?
「させない! てゃあ!」
一刻も早く、こいつを倒さないといけない。お父さんの仇……だけどそれだけじゃない。今は、私の大切なものを壊そうとしている奴らの一人に過ぎない。
恨みは消えない。けれど、今は……怒りに呑み込まれるな!私は私の大切なものを守るために、力を振るう!
天力を込めた波動弾、それを放つ。バスケットボールほどの大きさのそれは、直撃すれば奴とてただではすまないだろう。……そう、思っていた。
だけど無情にも、それはゴディルズの腕に弾かれるだけで消滅した。残る力を込めた、私の力が……
「! そ、そんな……」
「今のお前さんの力じゃ、俺の相手にゃならねえよ。おとなしく寝てろ」
遊びは終わり……その言葉が真実だと言わんばかりに、ゴディルズの攻撃は先ほどよりも威力がけた違いだ。指先から放たれる闇の光線は、極太だ。
「くっ……ぅあ!」
避けるのは難しくはない。どれだけ速く太くても、軌道は直線上だからだ。なので危なげなく避け、今度は至近距離から叩き込んでやるために駆ける。が……
その拍子に、足がもつれたのか転んでしまう。何もないところなのに、だ。
「っつ……あ、あれ……?」
戦いの最中に転ぶなんて、隙だらけもいいとこだ。急いで立ち上がろうとするけど……体に力が、入らない。腕が、足が、言うことを聞かないのだ。
「う、嘘……何で、体が……」
「あーらら……限界みてぇだな」
そんな……限界、なの? こんなところで? 憎い仇を目の前にして、友達の危機にも駆けつけられず、こんなところで?
「父親と同じく、俺があの世に送ってやるよ」
ゴディルズの大きな手が、私の体を掴み……宙に持ち上げる。抵抗する力は残ってないし、奴の手が私を離さない。
そのまま、力を込められる。握力がとんでもなく……私の、人間の体など簡単に砕けてしまうほどの。ミシミシと、体から嫌な音が聞こえる。骨が、肉が、つぶれる……!
「あ……が、ぁあああ……!」
こんなところで終わってしまうのか。こんな……結局、この力をみんなのために役立てることもできないまま、勝手に暴走して勝手に自滅して、こんな結末で……
……まだ、ちゃんと話してない。私のこと、ちゃんと……あとで、話すって約束したのに。アカリちゃん、に。
……アカリちゃん。これまでの辛く苦しかった記憶は、あなたのおかげで色鮮やかなものに塗り替えられたよ。もっと、一緒にいたかった……それなの、に……
「か……ぁっ……」
ミシッ……




