ここは任せて、先に行け
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「本当は、私自らリベンジを果たしたかったのですがねぇ。しかし今の私では力不足、腹立たしいことにね。
なので交代……私と姉上で始末してもよかったんですが、私と姉上とでは互いに能力同士邪魔をしてしまうので。
なのでまあ、以前のお遊びの続きをしようと、貴女を探していたんですよ」
どうやらメルガディスは先生を倒したわけではないらしい。交代したというのは、メルガディス自身が自分より強いと自負している悪魔。
先生のことだから、心配はいらないかもしれないが……いや。今気にするのは目の前のこの状況だ。
「で、見つけたはイイですが……今の貴女は消耗している。なのでそこの天使さんもどうぞ? この間はその姿、私には見せてくれませんでしたし」
余裕があるのか、それとも単に楽しみたいだけなのか……アカリに加えて、天使の力を解放したリーシャにも参戦を望む。……が、今のアカリは以前よりずっと強い。
そこにリーシャも加われば、こちらの勝率が上がるだけだ。だというのにあの不敵な態度……自信が、あるというのか?
なら、お言葉に甘えて二人で……
「いや、私だけでいい。消耗してるのはお互い様でしょ?“姉上”に代わってもらったとはいえ、先生との戦いのダメージがあるはずだよ」
だが、それを断ったのはまさかのアカリ本人だ。二人で戦えばずいぶん楽になることくらい、アカリだってわかっているはずなのになぜ……
確かに、アカリの言う通りメルガディスだって、消耗しているはずだ。いかに交代したとはいえ、あの先生と戦ってたんだ。
余裕を見せてても、実はいっぱいいっぱいなんじゃないか? だからアカリは……
「でも、アカリちゃん……!」
「大丈夫だよリーシャ。この前はやられそうになっちゃったし、状況が状況。私だけじゃ不安かもしれないし、力を合わせた方が何倍もいいってことはわかってる。
でも……お願い。私に任せて?」
心配するリーシャに微笑みながら、ここは任せてくれとアカリは言う。勝てるのか……そんな問いかけは、不要だった。そんな顔をされたら、信じないわけにはいかないだろう……!
リーシャもそれは、感じたのだろう。だから続けそうになった言葉を呑み込み……わかったと力強くうなずく。
「わかった……なら、せめて傷の手当だけでも」
「そうだよアカリ、リーシャの天使の力ならそんな傷くらい」
何せ、ネコ先輩の切断された脚すらもくっつけたのだ。その回復力は、尋常じゃない。だから傷を治せば、状況もかなり有利になるはずだ。
「そんな余裕ないし、私なら大丈夫。それよりも……きっとその力は、この先必要になるものなんだよね?だから私なんかに使うんじゃなくて、それまで温存しておいて」
申し出を断るアカリ。まだ、リーシャが人間と天使のハーフであることを納得できたわけではない。本当なら、今この場であれこれ聞き出したいこともあるだろう。
……それを堪えて、言葉を続ける。
「……後で、いっぱい聞きたいことあるから。でもその前に、隠し事してたこと一発殴らせてもらうからね!」
「お、お手柔らかにお願いします……」
アカリのことだから、きっと本気で殴ることはないだろう。もし本気で殴れば、リーシャの命が危ないかもしれないし。
だがすんなりと許すつもりもないらしい。それがわかっているからリーシャも苦笑を浮かべるわけで……アカリも、いたずらっ子のような笑みを浮かべている。
多分二人にしかわからない絆が、そこにはある。
「さってと、お待たせ。でもわざわざ待ってくれるなんて、悪魔のわりに紳士なんだね?」
「なあに。今生の別れになるのでせめてそれくらいは存分に語ってもらおうかと。そんな程度でいいのですか? 彼女と……彼とは、話さなくても?」
「うん、だって負けないし。アンタら追い返して、リーシャと共犯のヒロトにはたーっぷり償ってもらうから」
「き、共犯……」
思わぬ飛び火に、俺も苦笑い。共犯って……まあ、リーシャの正体を知りつつ内緒にしてたのは共犯と言えなくもないけどさあ。
ちょっとは大目に見てもらいたいななんて思ってたり。なぜだろう、俺への償いはリーシャよりも重いものになりそうな気がする。
「ま、ってなわけで……ここは私に任せて、先に行け! ……なんちゃってね」
一度言ってみたかった、と喜びを噛みしめるアカリに、どこか頼もしささえ感じる。仕方ない……全部終わったら、二人でアカリに怒られるとしますか。
不思議と俺もリーシャも、アカリの勝利を疑わず……彼女に預け、その場を後にする。
ネコ先輩、先生、アカリ……みんなが強力な敵を相手にしてくれている。そしてみんなが託してくれた……まあ俺はおまけみたいなものだが。それでも、応えなければいけない!
何をすればいいかなんて、考えてもわからないけど……でも、なぜだろう。あそこまで行けば、何かわかりそうな気がする。
あの、悪魔が現れた大穴に……
「もー! 何なんですのー!」
「おわっ!?」
走っていたが不意に、悪魔が物凄い勢いで吹っ飛んでくる。ぎりぎりでそれを避け、悪魔が吹っ飛んできた理由……吹っ飛ばした人物を見やる。
そこにいたのは、先ほどまでアカリと共に戦っていた心強い人物。
「お、オルテリア! ここにいたのか!」
「! あら、落第さんじゃありませんか。どうしたんですか、そんな地面に接吻しそうなほどにしゃがんで」
「誰かさんが悪魔吹っ飛ばしてくるからだよ!」
青髪を揺らし、悪魔相手に善戦しているのはオルテリア。それに、周りには生徒も多数いた。どうやらみんなで固まって悪魔に対処していたようだ。
アカリやオルテリアならともかく、一般の生徒に悪魔の相手は厳しいもんな。いい判断と言える。
「それより、オルテリアこれは……」
「悪魔っぽいこの輩の群れに流され、アカリさんと離れてしまったので……事態が把握できるまで、皆で固まって対応することにしたんですのよ」
ふむ、それは何ともわかりやすい状況説明ありがとう。
「でも何なんですの状況! アレも本で見たような悪魔ってやつに似ていますし……ちょっと何か知っているなら説明…………あら、そちらまさかは……えっ?」
そうか、オルテリアはこの状況を理解してないんだよな。そりゃ、俺だって混乱してるんだ、理解できてない人達の混乱は計り知れない。それに……
隣に立つリーシャの姿に、誰もが驚きを隠せない。リーシャ自身、ここにきてもう隠すつもりはないらしい……一呼吸おいて、周りの生徒達に頭を下げる。
「詳しく説明してる時間はない。でも、このままじゃ学園は……ううん、地上は悪魔に乗っ取られるんです」
「……あく……や、やっぱりアレは悪魔なんですの? ……ということは、貴女のその姿は……」
「うん、天使。と言っても、人間と天使のハーフなんですけどね」
「てん……はー……?」
案の定、誰も理解などできない。かろうじて混乱が少ないのはオルテリアくらいで、他の生徒はみんなざわざわしている。
いきなりこんなこと言われても信じろと言う方が無理だよな。……でも、信じてもらうしかないんだ。
「うん。現れた悪魔を追い返すために、何とかしなきゃいけない。だからみんな、もう少しだけ踏ん張ってほしい!」
リーシャの必死の言葉を、一体何人が信じてくれるだろう。誰も信じてくれないかもしれない……それでも、リーシャは頭を下げる。
時間がないのはわかっていても、ここで勝手に任せて行くわけにはいかないから。このリーシャの想いが、届くか……
「……成程、わかりましたわ」
「……信じてくれるの?」
「いろいろ頭が追い付かない案件ではありますが……他にこの状況を説明しようがないのは事実。それに、お友達がそんなに必死なのに協力しないわけにはいきませんわ」
そう言ってリーシャの頭をぽんと叩くのは、オルテリアだ。信じる信じない……それよりも、友達の力になることを選んだのだ。
他の生徒達も、ざわつきながらもオルテリアと同じく、この状況を他に説明できないからと頷く者が多数現れる。
それでも、全員とはいかないが……このままじゃ、危険が及ぶ。それだけでもわかってくれたなら、きっと協力してくれるはずだ。
人間と言うのは自分の身に危険が迫らないとわからない、哀れないき……
「っ……今俺、何を思った……?」
今一瞬、変なことを……あり得ないことを思わなかったか? 『哀れな生き物』と考えそうになるなんて、どうかしてる……
「じゃあ私達は、貴女達のサポートをすればいいんですのね?」
「身の安全を第一に、って言いたいけど……助かります」
……いけない、集中しないと。オルテリア達も協力してくれるというのなら、とても心強い。それにみんなが集まれば、大抵の障害は乗り切れるはずだ……
「よし、なら早速……」
「悪いが……ここでストップしてもらおうか?」
一致団結し、乗り切る。決意を新たにしたところへ、聞こえてくるのはどんよりとした……聞く者を闇の中に引きずり込むような、声。
それはこの場の人間全員の腹の中に響くような声だ。
「誰……エルシャ!?」
「うっ……」
声のした方向では、何者かが立っており……驚くことに、エルシャが首を掴まれ持ち上げられていたのだ。それも、体も服もボロボロになって。
さっきから姿が見えないと思ったら、あんなところに!それに……エルシャがあんな姿に、なるなんて。
少しとはいえ力が戻ったエルシャがただの悪魔にあそこまでやられるなんて……そうとは、思えない。
「落ちぶれたなあ、神・エルシャ……以前のお前なら、オレ相手に……いやオレ達相手に、こんな醜態をさらすことはなかった」
「誰だお前!」
ここには……悪魔四神であるメルガディス、そして奴の姉で同じく悪魔四神のメルギィスといつ悪魔も来ている。……ということは……考えられるのは、あいつの正体は……!
「まさか悪魔、四神なのか……?」
「んー? あーらら、オレが誰かって?」
「!」
ぞわっ……
「っ……り、リーシャ……?」
奴の正体は、おそらく悪魔四神で間違いない……そう確信にも近い気持ちで問いかけ、それに奴が答えようとしたとき……隣から、今まで感じなかった感覚が襲ってきた。
それは間違いじゃなければリーシャから放たれる威圧のようなもので……先ほどまでの温かなものではない、冷たい何かが背筋を駆け抜ける。
「リーシャ、どうし……」
「その声……その口調……見つけた! ぉっ……お前ぇええ!」
まるで周りが見えなくなってしまったように吠えるリーシャは、その顔を怒りに塗り潰し、翼を広げて飛び立つ。止める間もなく、悪魔へと突撃していった。




