変態の称号一歩手前
静寂な部屋に、四つの影がある。うち三人は並んで立っており、一人はその正面の席に腰掛けている。
「……はぁあ……」
静寂な空間をうち壊すように、ため息が溢れる。それは三人の正面の席に座っている人物で、ヒロトやアカリらの神力テストを行った教員、ティファルダ・アラナシカだ。
深い深いため息……それは主に、正面に立つ三人の真ん中に立つ男……ヒロトに向けられていた。
ティファルダは怒りを混じらせた、それでいて若干悲しみを込めた視線をヒロトに向ける。哀れみ、とでも言えるだろうか。
「キノコ狩りを依頼しただけのハズだよな私は。なのに何故、下着一枚で黒焦げ、全身打撲の痕ができるんだ? おまけに見知らぬ美少女をお持ち帰りとは……いいご身分だな? ヒロト・カルバジナ」
視線を向けられたヒロト……いや俺は、あまりの恐怖に震えた。先生の眉がこれ以上ないくらいピクピク震えていたからだ。視線もきつい。
第三者の視点で語って恐怖を誤魔化してみようと思ったが、やっぱりダメだった。怖いもんは怖い。
「あの……アラナシカ先生……」
「言い訳があるなら一応聞くぞ、バカ者」
どうやら大変にご立腹らしい。何てこった。落ち着く暇もない。下手なことを言おうものなら即効で拳が飛んできてしまいそうだ。
その眼光から逃れようにも、金縛りにあったよに体が動かない。
「弁明くらい聞いてやるぞ? 聞くところによると裏山の一部を消し飛ばし、一面焼け野原にしたらしいじゃないか」
それ俺じゃねぇ! いや前半はまあ、俺なのか? エルシャの力、ではあるが俺が引き起こした(?)現象なのだし、あってるっちゃあってるのだが。
一方、後半……電撃を放ち辺りを焼け野原にしたアカリはというと、必死に先生と目を合わせないようにしている。ひゅーひゅー、と口笛を吹いているとは言いがたく、口から息を吹いている。
その様子を見てか、今にも爆発しそうな感情を必死に抑えているのらしき先生はその顔をえらくひきつらせている。ヤバいな、本当爆発してしまいそうなんだけど。
生徒と近く親身に接してくれて、生徒からの人気が高い。だ怒るときには容赦がなく、良くも悪くも生徒のことを思い合ってくれている先生だと言えよう。
「ちっ、始末書を書くのは私なんだぞ。面倒な」
今、ちらっと本音が聞こえたような気がするが、聞こえなかったふりをしよう、うん。
……まあ俺に裏山に行くよう命じたのは先生だし、責任はというと先生にも飛んでくるよな。その点に関しちゃ本当に申し訳ない。
「だから、事細かに説明してもらおうか……誤魔化すなよ? 面倒だからな」
これは、先生の言う通り真実を話すしかないんじゃなかろうか。しかし原因の一端であるエルシャは、微動だにしない。こいつ今の状況わかってんのか?
アカリには、神様だってこと言えなかったが、ここまできてしまえば言うしかないのではないだろうか。そう思っていたとき、今まで沈黙を守り続けていた彼女が口を開いた。
「実は……欲情したヒロト君が私を襲ってきて、それを見たアカリちゃんが電撃を……」
果たして、どんな説明をして納得されるのかと思っていたが……っておい!?
私は神様ですだとか、俺は悪くないんですとか何か自分の口から語るのかと思いきや、とんでもないことを口から言い出しやがった!
「ちょっ、それはちが……」
「必死に抵抗したんですけど……アカリちゃんが来てくれなかったらどうなってたことか……」
焦る俺をよそに、とんでもないことを口走り始める。こいつよくもこうもペラペラと! あることないことどころかないことしか喋ってねえじゃねえか!
その上しくしく、と泣き真似までし始める始末。こいつホントに神様か!? だとしたら最悪の神様なんだけど!
「ほぉ……ホントかカルバジナ」
それを聞いてから、先生の機嫌がいっそう悪くなったようだ。そりゃそうだ、もしも本当ならえらいことだ。本当なら、な。
ピリピリした圧力を感じる部屋の中で、俺は必死になって、弁明を試みる。
「真っ赤なでたらめです! むしろ襲われたのは俺のほうっていうか……」
「パンツ一枚でよくもそういうことが言えるな、感心するよ」
「服どころか布切れすら貸してもらえないんですかねえ!?」
まるでゴミを見るような目をしている。背筋が凍るようだ。興奮的な意味ではなくて、命の危険を感じる的な意味で。
こんな状況じゃこの神様もどきに追い剥ぎにあったことも、チンピラに襲われたことも信じてはくれないだろう。
そもそもこいつが神様だと言えてもないし、ましてや信じてもらえるだろうか。俺自信信じてなかったのだから無理だろうな。
この場には俺の味方はいない。アカリに助けを求めようにも、俯いて先ほどからぶつぶつ何かを言っている。
そもそも、あそこに至るまでの過程を見ておらず、パン一の俺とエルシャが一緒にいるあの現場しか見てないアカリには、助けを求めてもどうしようもないのだが……
「信じてください! 俺は無実です!」
「こいつは露出魔の変態、女の敵です! 責任は全てこの男にあります! 裏山がああなったのも全て!」
それでも俺はやってないと訴えても、どうやらあまり効果がないらしい。おのれこいつ、始めからそれが目的か!
俺を餌に、自分は無関係を装おうというのか、何て奴だ! この人でなし! ……いや、人じゃないかそういえば。
しかしこのままでは露出魔の変態にされかねない。学園最底辺の男は女の敵、露出魔落第生……こんなことを言われかねない!
すでにいろいろ終わってる気がする俺のの学園生活がいよいよもって終わってしまう!
そろそろ危機感を覚えてきた俺が今後の学園生活を危ぶんでいると、今まで黙っていたアカリが口を開く。
「私は……ヒロトは何もしてない、と思う……思います」
いったい何を言われるのだろうか。つい身構えてしまったが、アカリの口から放たれたそれは予想だにしていない言葉だった。
俺に電撃を浴びせた挙げ句ボコボコしたアカリは、絶対俺の主張を認めないと思っていたのだ。なのに、俺をかばっている?
「ほぉ、何故?」
「さっきはカッとなって電撃お見舞いしちゃったけど、冷静に考えたらヒロトはそんなするような度胸ないし……それに、信じたいかなって……」
アカリ……そんなことする度胸がないとか突っ込みたいところはあるけど、そんなことはいいや! 俺は今、お前が幼なじみで良かったと心から思ってるよ!
「これで二対一、多数決ならここで決を取りたいところだが……」
「ちっ」
「舌打ち! こいつ今舌打ちしたよ!」
「だがぶっちゃけ、そこの落第生が変態露出魔になろうとどうでもいいんだよ私は」
ようやく俺の容疑が晴れそうになっていたというのに、このくそったれ神様は舌打ちするし、先生は先生で今スゴいことぶっちゃけたぞ! どうでもいいってどういうことだおい!
「問題は、学園の私物である裏山に破壊行動を及ぼしたことだ。それ以外はどうでもいい。そっちで好きに処理してくれ」
散々いじられて、挙げ句どうでもいいってひどくね!? こいつらひどくね!? 裏山もそりゃ気になるけど、扱いひどくね!?
「一面焼け野原なのはわかるさ。まあ、わかる。ヴィールズが変態に電撃を放ち、その影響で辺りが焦げたんだろう? 理由はどうあれ褒められたものではないがな。そこから火が燃え上がらなかったのは幸いだったな」
とうとう名前どころか変態になったよ! もうこの人おれのことをどうでもいいか変態かにしか見てないよ! ちくしょう! 裏山の被害を挙げつつ、しっかり俺にダメージ与えてくるな!
「私が不可解なのは、まるでその場から始めからなかったように、何も無くなっていたという現象だ。あのクレーターから相当な規模と見える」
まるで、見てきたかのような台詞。だがそれは正しい。さっき先生は、俺達に水が入ったバケツを持たせている間に裏山にひとっ飛びして様子を見てきたのだ。
罰だと言って持たされたバケツ、重かった。
「ヴィールズは電撃しか放っていないという。それに曰く、二人の所に来たときには既にクレーターがあったと言うじゃないか。Eランクの変態は論外……となると、後はキミしかいないんだ」
電撃ビリビリのアカリは除外されるとして、となると残るは俺とエルシャ。っていうか、やっぱり名前を呼んでもらえねえ。
何かさっきから俺の扱いがひどすぎるが……とにかく俺も除外されるとして、先生は残るエルシャに視線を移す。
「アカリちゃんが嘘をついてる可能性は?」
「私は生徒を信じるようにしているんでな。少なくともこの学園の生徒でないキミよりは余程信頼できるだろ?」
アカリの言葉が嘘の可能性。それを指摘するエルシャの言葉を、先生は真っ向から否定する。
その言葉は教師らしくてとても素晴らしいのだが、さっき俺のこと信じてなかったじゃないか!嘘つき!
先生の中では、エルシャの信頼度はアカリより下だ。俺よりエルシャの言葉を信じてたように感じたのは、ひとまず置いておくとしよう。
……するとエルシャはつまらなそうに唇を尖らせ、目を細める。
「仮に私が犯人だとしたら、どうするの?」
「そうだな……とりあえず裏山をあんなにした理由にもよるが、くだらん理由だったら潰す」
犯 人、という言い方は、状況を知っている俺からしたら語弊があるものの、学園の私物がああなった原因を突き止めるのは当然だろう。それにしても……怖え!
涼しい顔で何言ってんだこの人。対して圧力を真正面から受けながらも、エルシャは堂々としている。こいつもすげえな。
「あ……ところで、あなた何で私の名前知ってるの?」
一触即発の空気。だがそこで、ふと気がついたように、アカリが挙手、問いかける。ホントスゴいタイミングで気がつくな、おかげでお堅い空気が砕け散ったけども。
話題がそれたかのように思えるが、この状況だとそれがいいのかもしれない。
質問の内容通り確かにアカリは、自分の名前を告げていない。にも関わらず、エルシャはアカリの名前を告げてみせた。
その理由は、あの時……俺がエルシャから力を渡された時のことだ。あのキスにより、俺は一度だけだがエルシャの力を扱えるようになった。
代わりにエルシャは、俺の記憶をいただいたのだという。こういうのって、お互いの記憶の交換とかされないのか……俺だけとか一方的だな。神様の力使えたし、まあいいけど。
そんなことがあったため、エルシャがアカリの名前を知っていたのは俺から情報を得たのが理由だ。
だがそんなことをバカ正直に言っても信じてもらえないだろうし、それに言ったらとてつもなく大変なことになりそうな気がする。
「キミは、何者なんだ?」
そんな心配をする俺をよそに……先生は、エルシャの正体について、何者かと切り出したのだ。




