心の闇
頭に血が上っただなんて、普段温厚そうな女の子だというに、何かあったんだろうか? 俺達と離れている間に、リーシャがキレてしまうようなことが?
口を押さえていたが、もう遅いと判断したのか手を離す。すると、リーシャは軽くため息を漏らすが、膝の上に置いた手を握りしめる。
「あいつら、お姉ちゃんをバカにしたから。……それに挙げ句、堕天だなんて侮辱を……」
「堕天?」
その時のことを思い出しているのか、辛そうに……それでもその理由を述べてくれる。その中に何か、聞き慣れない言葉が出てきた。
堕天、とは何だろうか。ものすごくいい意味でないのはわかるけど。
それを聞くとリーシャは、一瞬言葉に詰まる。多分言うつもりはなかったのだろう、とっさに出た言葉。
その意味を無理に聞き出すつもりはなかったが、言いづらそうにしながらもゆっくりと口を開く。
「……天使が悪魔に、身も心も堕とされたとき……文字通り、堕ちた天使になるそうです。私は聞いただけですけど……堕天した天使、堕天使は、純白の翼が漆黒の翼になるとか。
だから、堕天は、天使にとって恥ずべき行為とされているんです」
「そっか……」
端的に、悪魔の手に染められたのが堕天というわけか。
本当に、お姉さんのことが好きなんだろう。聞いていただけでも、それを感じることができる。だからこそお姉さんを殺した悪魔が許せず、そしてエルシャのことも……
けど、リーシャは誤解している。悪いのは悪魔で、エルシャは何も悪くない。そのことをちゃんとわかってもらえれば。
「あのさ……エルシャともう一度、話し合ってみなよ。そうすればお互いの誤解も解けるかも……」
「……誤解?」
……あ、あれ? 空気がピリついたような?
「リーシャ……?」
「誤解も何も、あいつがいたからお姉ちゃんが死んだ……あいつがヒロトさんに何て言って話したか知りませんけど、それに間違いはありませんよ。誤解なんてない」
「それは……」
エルシャのせい……というのはともかく、悪魔達が天界に攻めてきた理由を辿れば、それはエルシャにある。だがそれも、神様を殺そうとした悪魔達の勝手な理由だ。
「それに、あいつ……私がお姉ちゃんの話したとき、表情も見せずに笑ってたんですよ。神である私のために死ぬのは当然、とでも思ってるんじゃないですか?」
続いて告げるのは……お姉さんの話ということは、あのファミレスでのことだろう。エルシャと二人きりになった、あの。
だがその言葉に引っ掛かりを覚える。表情も見せずに笑ってた……と。エルシャの聞いてた話と食い違う。
表情も見せずに……それってまさか、エルシャが俯いて、震えてたからじゃないのか? その震えが、笑ってると勘違いしたんじゃ?
「リーシャ、それは……」
「もしかして、今日のこともあの女に頼まれたんですか? 私のことをうまく説得してくれって……」
「いや今回のことは、確かにエルシャには話をするとは言ったが、それは俺が勝手に……」
「自分で何もしないで、ヒロトさんにやらせるなんて……やっぱり、さいってー……」
ダメだ、話を聞いてない……あまりに、エルシャへの憎しみが強すぎるのか。エルシャのことを泣いてるのではなく笑ってると誤解したのも、それが原因なのだろう。
そりゃ……肉親を失ったんだもんな。怒りや憎しみで周りが見えなくなっている。経験のない俺なんかには、その気持ちをわかることはできないけど。
「とにかく、何を言われても私があの女を許すつもりはありませんから。あの女にもそう伝えてください」
そう言って、席を立ち上がろうとするリーシャ。それを見て、慌てて食い止める。このままじゃ事態が進んでないどころか悪化している。
「ちょ、ちょっと待った!」
「……何ですか?」
振り返るリーシャの表情はすっかり笑顔だが、その笑顔が逆に怖い。下手をすればもう俺にも飛び火してきそうだ。
「えっとさ……も、もうすぐだな神技冠祭! 頑張ろうな!」
いい話題が出てこないので、ポンと浮かんだ単語について口に出してしまう。脈略がないにも程があるが、そこは仕方ないと思ってもらいたい。
「……そうですね。私はどっかの神様とは違い、神力だけで勝ち進みますから」
そんな俺の言葉は、逆効果だった。どうしてもエルシャの、悪い面に繋げてしまう。
エルシャが神の力を少しとはいえ取り戻したのを、その場にいたリーシャも当然知っている。
エルシャも神技冠祭に参加するということは当然その力で戦うわけで……神の力を使って参加することになる。
うーん……神力も、元を辿れば神の力なんだから問題ない、とは先生も言ってた通りだから、問題ないとは思うが……問題あるないは別にして、リーシャはそれが嫌らしい。
というか、エルシャが出場するのが……いやエルシャが嫌なのか。
そもそも、エルシャがここに残るのすら反対だったわけだし……
「リーシャ……」
「大丈夫ですよ……別に、復讐してやろうとかそんなこと考えてませんから。けど悪魔は……お父さんを殺した悪魔だけは、私が……」
急に、俯いて話すリーシャ。声も小さくなったせいで、聞き取れない。
「リーシャ?」
「悪魔達は、ゴディルズ様って言ってた……様ってことは、ただのモブ悪魔じゃない。もしかしたら……」
「リーシャ!」
「! あ、何でもないです」
再度話しかけると、我に帰ったように微笑むリーシャ。何でもないとは言っているが、だが何か……うまく言えないが、危うい感じがした。
けど、それを知る術は今はない。
「……まあ、いいか。じゃあ、そろそろ行こ……」
きゅるるる……
立ち上がると……同時に流れるかわいらしい音。この、シリアス終わりに似合わない音の正体は聞き覚えがある。それは……
「「……」」
流れる静寂。音を鳴らした張本人は、先程までのシリアス顔はどこへやら顔を赤らめて俯いている。
「……まだ食べてく?」
「……はい 」




