共同戦線
「ヒロト……」
ヒロト・カルバジナ……それは、かつて私の、私たちの友達だった男の名前。同じ学園で過ごし、笑い合ったり同じ時を過ごした人の名前だ。
けど、それはかつての話。今や、世界がこんなになってしまった魔族の親玉、魔王として君臨している。あの日、彼が魔王となってしまった日。私たちはどうしようもない状態で、なんとか逃げ出すことができた。そうして、今旅を続けているのだ。もう一度、あの男に会うために。
だってあいつは……私の親友であり、自分に想いを寄せていた女の子、アカリりゃんを殺したのだから。許せない、その真意を聞くために。その横っ面をぶん殴ってやるために。
そのヒロトの名前を出したのが、目の前にいるバランダだ。
「彼を、どうするつもり?」
「まあ、端的に言えば……殺してやりたい」
かわいらしい顔に似合わない、凶悪な笑みを浮かべて、バランダは言った。
その内容に、私はひそかに背筋が凍るのを感じる。
「ころ、すって……なんで……」
「あぁ? あんたらも同じだろ、そんな驚くことか?」
「……」
ヒロトを、殺す……そんなこと、考えたこともなかった、わけではない。時間はたっぷりあったんだ、それこそ夜の数だけ。その中で、憎しみを感じたのも一度や二度じゃない。
だけど、私は昔のヒロトも知っている。アカリちゃんやエルシャを殺したことはもちろん許せないし償わせないといけないけど、果たして安易に殺すなんて言葉を使ってもいいのか、なんて思う。
それに……単純に、私にヒロトを殺せるだけの実力があるのか、だ。以前、意図せず再会してしまったが、その時感じたプレッシャーは半端なものではなかった。あの時よりは自分は多少強くなっているだろうが、それでも差が縮まったとは思えない。
「あぁー、それとも私も悪魔なのに、なんで殺そうと思ってるのかわからないってことか?」
「まあ……そうだね」
「一度だけ会ったことがあってな。けどまあなんていうの? なんか気にくわねー目をしていたんだよな。他人を見下す目をしている奴も嫌いだが、あれは無気力っつーか、私も視界に映してないってのが気に入らねえ」
「そんな理由で……?」
バランダの、ヒロトを殺したい理由……それは、行ってしまえば目が気にくわないから、そんなものだった。それと同時に、思い出した。
バランダは過去、たくさんの人を殺している。バランダと戦った時、記憶が途切れ途切れに流れ込んできた。今よりもずっと幼い頃、村を襲ってきた賊を、村のみんなを守るために殺した。それは正当防衛と呼べるものだったかもしれないが、それにしたってやり過ぎだ。
それからバランダは、経緯は不明だが今悪魔として罪もない人を殺している。ユメちゃんと出会った村でだって、ユメちゃん以外の人を皆殺しにしていた。そこにどんな感情があるのかわからないが……少なくともバランダは魔王に忠誠は誓っていないし、気に入らない相手なら誰にでも牙を剥く性格だ。
「でも、それをなんで私に?」
「お前らも目的は同じだろ? だったらよぉ、手ぇ組まねえか? あいつを殺すための、共同戦線」
「なっ……」
バランダから持ち掛けられた、驚くべき提案。それは、共同戦線……私たちとバランダが、手を組む?
確かに、強大な力を倒すために、少しでも力が欲しい。しかも、バランダの力は強大だ。力を合わせられるのなら、心強いが……
「リーシャ、どうする」
「エドさん……」
「正直、信用は出来ない」
こう話しかけてくるのは、エドさんだ。その懸念は、わかる。バランダは悪魔……倒すべき相手。それも、たくさんの人を殺している。そんな相手と、手を取り合えるのか。
それに、バランダがヒロトを殺したいという理由はひどく曖昧で、気に入らないから殺すのなら私たちのことも気に入らなくなったら即座に裏切る可能性だってある。そんな危険な人物と、行動を共に出来るのか……
「信用できない、って顔だな」
「当然だろう」
「くく、ならここで殺し合っとくか? アタシとしちゃ、持ち掛けただけでどっちでも……」
「いいよ、手を組もう」
一触即発……そこへ、私が口を挟みこむ。その回答は、エドさんにとって予想外だったようで、きょとんとしている。
いや、きょとんとしているのはバランダもか。
「そっちから持ち掛けてきた話にオーケーしたのに、なんで驚いてるの」
「いや、やけにあっさりっつーか……剣のにーちゃんみたいな反応を覚悟してたからよ」
バランダとしても、断られるの前提で話を持ち掛けてきたってことかな。
「リーシャ、正気か? こいつは……」
「わかってる。ユメちゃんにも、ちゃんと説明する」
一緒に過ごした人たちを殺した相手、それと行動を共にするなど、ユメちゃんにとっては許せない話だろう。
それでも、私たちには力が……必要なんだ。
「オルちゃんは、記憶を全部失った……死んじゃうよりはいいかもしれないけど、もうあんな思いは、したくない」
「リーシャ……」
「もっと力がいる。そのためなら、悪魔の手だって借りるよ」
「へー、誘っといてなんだが、随分肝が据わってんな」
もちろん、バランダを無条件に信頼するわけじゃない。警戒だってする。
ただ……バランダは、根っからの悪い人じゃない。環境が、悪かっただけで、こうなってしまった。私とバランダは似ているからだろうか……なぜだか、大丈夫だと、思ってしまったのだ。それに、もし違った形で出会えていたならば……
「じゃ、よろしく」
「あぁ、こちらこそな」
半天使と半悪魔の、歪な共同戦線が、ここに完成した。




