記憶の在処
記憶が……戻らない。それが真実だという確証はないし、悪魔の言うことだ。私を混乱させようとしているのかもしれない。
けれど……もしそれが本当だとしたら?いやに説得力のあるそれが、本当で……記憶が、消化されてしまったとしたら?
すでにオル姉の記憶を奪われて、かなりの時間が経っている。そしてようやく見つけた手がかり……それは『暴食』本人ではない。
今からまた『暴食』を探したとして、その時にはオル姉の記憶はどうなっているの?本当に消化されてしまっていたら……私は、私達は、何のために……?
「記憶が戻らない……ね。……はっ、ちょうどいいじゃない」
希望が、絶望に塗りつぶされていく。そして、それを肯定するように笑みを浮かべるのは……何を隠そう記憶を失った、オル姉本人だった。
「オル、姉……ちょうどいいって、どういう……?」
「だってそうでしょう?記憶が戻らないとわかれば……あんたに、お節介を焼かれることもなくなるでしょ」
冷たく、言い放つ。さっき、二人の心が通じあった……それが、まるで嘘であったと言わんばかりに。
私は、オル姉の記憶を戻すために、それを目的に手がかりを探していた。それは間違いない。そしてオル姉は、私がオル姉に構うのはただのお節介だと言う。
でも、違うよ……全部忘れてしまったオル姉をほっとけないから、着いてきたんだよ。なのに、記憶が戻らないと言われたからって、私がオル姉を放っておくわけないじゃない……!
「私は、諦めないよ。絶対、何か方法が……」
「あなたたちの理想を、押し付けないでよ」
希望の代わりに絶望を……そんなささやかな嫌がらせかもしれない。それに、単なる憶測の一つ……だから、『憤怒』の言葉を鵜呑みにする必要はない。
私は、諦めない……それを伝えるが、オル姉からの返事は冷たい。理想を、押し付けるなと。私は別に、理想なんて押し付けては……
「私はそもそも、記憶を取り戻してなんて頼んでない。あなたたちは、前の私がよかったから……今の私がいらないから、そんなに躍起になってるだけなんでしょ」
「そ、そんなことは……」
「あなたたちの知らない私だからって、全部否定しないで」
……知らなかった。オル姉が、そんな風に考えていたなんて。
言われてみれば……そうかもしれない。記憶を失ったからって、『過去』のオル姉を取り戻すことばかりで『今』のオル姉の気持ちを、ちゃんと考えていたであろうか。
記憶は、取り戻したほうがいい……私達が勝手にそう思っていただけで、オル姉自身はどうしたいのか、ちゃんと話し合った……?
「あ……私……」
「あんたが必死なのはわかる。けど…………不安なの。何もわからない、今で精一杯なのに、記憶を取り戻すだの何だの……自分がどんな人間かもわからないのに、どうなっちゃうかわからないのに……」
弱々しく、見せたことのない姿彼女は話す。その姿を見て……私はオル姉の『本音』をようやく、聞くことが出来た気がした。
「ごめん……そんなつもりじゃ、なかったの。私……」
「……いい。私も言い過ぎたし」
オル姉が何を考えて、どうしたいのか……それを、ちゃんと確認するべきだった。記憶は戻った方がいいと……そういう固定概念が、オル姉を不安にさせた。
それを、謝罪する。すると、驚くことにオル姉も、言い過ぎたと謝ってきたのだ。
今までのオル姉なら、このまま突っぱねていたのに……少しは、私のことを認めてくれたってことなのかな。
「じゃあさ……オル姉は、どうしたい?」
「オル姉って……もういいや。……私は…………ごめん、あんなこと言っといて、わからない。このまま気楽な自分でいたい気持ちもあるし……何か、大切なものを取り戻さなきゃって胸がざわつくこともある」
「……そっか」
記憶を失ったことのない私には、その選択が正しいかどうかはわからない。けれど、私の意見を押し通すことはできない……
だけど、今のオル姉は不安なんだ。それが、確実にわかった。不安な人を、一人にはさせられない。私がここにいる意味は、これで充分だろう。
「じゃあ、みんなの所に戻らない? みんな心配してるし……」
「それは……」
二人だけで過ごすうちに、オル姉の態度も軟化してきたように思う。これならば、別れてしまったみんなとも穏やかに過ごせるのではないかと思ったけど……
「……ひどいこと言ったし、会わせる顔がない」
まさか、こんなことまで言うなんて……!
「……大丈夫だよー! リー姉はそれくらいでオル姉を嫌いになったりしないよー!」
「わっ、ちょ、抱きつくな!」
記憶を戻す手がかりは得られなかったけど……オル姉とは、ちょっぴり……いやだいぶ仲良くなりました!




