倒したその先に
「う……あぁあああ!」
拳に確かな感触を捉え、全力で振り抜く。ぶち抜いた衝撃から振り下ろすと、捉えた『憤怒』の顔面は地面へと叩きつけられる。小柄なユメの、全力の一撃。
次第に強くなっていったユメの力、オルテリアとの神力が合わさり相性が不利になったこと……これらに『憤怒』は追い詰められ、そしてついに下された。
最後のぶつかり合いになるまで、少女らの力を侮り……強力な自らの力に慢心した、哀れな末路であった。
「はぁ、はぁ……」
とはいえ、ユメももう限界だ。『憤怒』を下すとともに神力の鎧も解除され、膝をつく。最後まで謎だった燃える水……しかしそれが、ユメとオルテリアの命運を救ったのは確かだ。
これはオルテリアの……二人の成果だ。二人で掴んだ勝利だ。
「やった……やった、倒した、倒したんだわ!」
状況を理解し、跳び跳ねるオルテリアがユメの所へ駆け寄ってくる。近くに倒れている『憤怒』に警戒はしながらも、ユメの体を支える。
「オル姉……」
「その名前で呼ばないで。……ま、今はいいわ。お疲れ様」
この戦いの中で、ユメに対する心境の変化があったのだろうか。戦いが始まる前までのそっけない態度とは違い、その言葉には確かに温かいものがある。
二人の距離は、間違いなく縮まった……だが、そう物思いに耽ってもいられない。
「倒せた……けど、まだ意識のあるうちに……聞き出さ、ないと」
『憤怒』を倒したが、果たしたのは目的の半分。倒し、それで終わりではない……真の目的は、その先にあるのだ。大罪魔獣ならば知っているであろう情報を聞き出すために、このまま止まるわけにはいかない。
オルテリアの記憶を奪った『暴食』……その手がかりを、同じ大罪魔獣ならば知っている可能性がある。
「だったら、あんな派手に殴り倒さなくても……」
「し、仕方ないでしょ……倒すのに、必死だったんだもん」
オルテリアに支えられ、ユメは『憤怒』の所へ。情報を聞き出す……それを目的第一としていたのだが、倒されないことに夢中になりすぎてしまった。
『憤怒』の炎をかき消すほどの水炎で、顔面を思い切りぶん殴ったのだ。最悪、その場で消滅させてしまってもおかしくはない。
今まだ原型は保っているが、それでも『憤怒』を包み込む黒炎は弱まりつつある。倒されきる前に、情報を聞き出さなければ。
「はぁっ……聞きたいことが、あるの」
だからユメは、今にもぶっ倒れてしまいたい体に鞭打って『憤怒』へと問いかける。ようやく得た手がかりを、確実なものにするために。
「……敗者に何を尋ねる、小娘……」
「あなたの、お仲間……ふぅ、『暴食』について知っていることを、教えて」
これでもしかしたら……オルテリアの記憶を取り戻す手がかりを得ることができる。なければないで、また探すだけだ。
「……『暴食』?」
「そう。そいつに奪われた記憶……それを取り戻す方法。知ってたら……」
「……ふふ」
もう以前とは違う。二人の距離は、もう以前のように離れてはいない。今ならば、きっとまた旅を続けることになっても乗り越えられる……
……その希望を、薄ら笑いが塗りつぶす。
「な、何を笑って……」
「く、ふふ……『暴食』か。奴のことは……いや他の魔獣のことなど知らん。が……この『憤怒』を下した褒美だ、知ってることは教えてやる」
なぜだか嫌な予感が、胸の中に生まれて……体を、蝕んでいく錯覚に襲われる。
「なあ……お前達人間は、食した物は一体どうなる?」
「……は?」
問いかけには答えず、逆に問いを投げられる。意図がわからず固まっていると、その問いかけにはとなりのオルテリアが答えた。
「どうって……胃で消化されるんじゃない?」
記憶は失っても、こういう知識といったものは失ってはいない。あくまで自分に関するものだけだ。
それを聞いた『憤怒』はその笑みをさらに深める。
「そうだ、消化される。それは悪魔も魔獣も同じことだ」
「それが何? あんたらの体の構造は知らないけど、そんな当たり前のこと……」
「だから……『暴食』にとって記憶云々は奪うものではなく、食すものだということだ」
「食……それ、が……」
それが何なのだ……苛立ちながらそう問いかけようとしたところで、動きが止まる。ここにきてようやく、『憤怒』の言わんとしていることが理解できたのだ。
簡単なことだ……『暴食』という名前の時点で気づいてもよかったのだ。もしくは気づいていたが目をそらしていたのかもしれない。
もし記憶が食われ……それが、食べ物のように消化されてしまったとしたら。
「記憶は……もどら、ない?」




