怒りの炎
これで退路は断たれた……が、一つ気にかかることがある。一連の動き、今の台詞……この男、まるで最初からレイを、精霊を狙っていたみたいだ。
「精霊の反応をたどり、どんな強者<つわもの>がいるかと思えば……ひ弱な人間二人とは。まったく情けない」
「反応? たどる?」
何を言っているのか、よくわからない……が、嫌な予想が浮かび上がる。リーシャは、天使は魔族の気配を感じ取れるという。ならばその逆も可能ではないか?
つまり……この悪魔が、精霊の反応をたどりここまで来たのではないか。しかしそうなると、これまでの旅で悪魔に襲われたのも偶然ではないということになるが……
「それにしても、契約者から離れ闊歩するとは……よほど死にたがりらしい」
「契約、離れ……あっ」
にじり寄ってくる悪魔のつぶやきに、ユメははっと気づく。リーシャは、レイと契約(正確には仮契約)していたという。もしかしたら、契約者と一緒にいる時は感知されないが、離れてしまうと精霊の気配が勘付かれてしまうのかもしれない。
それならむしろ、この状況に陥ったのはレイが原因では……と思えなくもないが、今はそれどころではないだろう。目の前の悪魔をどうにかしなければ。
「まあ、ひ弱な人間とはいえ、我が部下を打ち倒した責任はとってもらうぞ……この『憤怒』の炎で!」
瞬間……悪魔の体から、黒炎が激しく燃え上がる。
「あつっ……逃げて!」
「逃げる場所なんてないわよ!」
周りを見て、改めて気づく。ここは炎の壁で範囲が狭められているだけではなく、遮蔽物が何もないのだ。よって、逃げるどころか隠れる場所も存在しない。
「燃え散れ」
直後、悪魔の口から炎が噴き出される。直線上の動きとはいえ、巨大なそれから逃げる術は……
「っ……精霊ちゃん!」
「ほぅ、足掻くではないか」
炎に飲み込まれる直前、レイによって光の壁が作られる。ドーム状のそれはユメとオルテリアを包み込み、身を守る。まだ残っている力でどうにか凌いでいるのだ。
だがそれも長くは持たない。レイの力が尽きれば、本当に為す術がなくなる。そうなってしまう前に、何とか状況を打破しなければいけない。
「精霊ちゃん……ううん、レイ。私を。あいつの背後に転移できる?」
先程これを『憤怒』の炎と言っていたあの悪魔はおそらく、大罪魔獣『憤怒』であろう。そんな相手にこの状況で考えている時間もない。
ならば一か八かの賭けだ。二人を遠くへ転移できないのなら、ユメ一人を『憤怒』の背後に転移させる。何とか『憤怒』の隙をつけば、逃げることが可能かもしれない。
「あんた、何を……」
「私が隙を作る。もし炎の壁が消えたら、全力で逃げて!」
「ちょっ……」
最悪、オルテリア一人だけでも。それだけを言い残し、オルテリアの反応を確認することもなくユメの体はその場から消える。
目の前の景色が変わり……次の瞬間、ユメは『憤怒』の背後へと転移していた。読みは外れていなかったようだ。ここで、力の限り攻撃すればこの体格差とはいえ一瞬怯ませることくらいはできるはず。
踏み込み跳躍。勢いを乗せた蹴りをお見舞いしてやる。
「てやぁ!」
「ぬ?」
並の悪魔なら、一撃で倒せる鋭い蹴り。それは横腹へと、直撃する。これで倒せるとは思っていない……気をそらせて炎の威力が弱まればよし、体勢が崩れれば上々だ。
……ジュワッ
「っ!? ッあァあああああ!!」
声を上げたのは、『憤怒』ではない。蹴りを放ったユメだ。攻撃した本人がなぜ……その答えは、『憤怒』の体にあった。ユメの蹴りを浴びた箇所から、まるで何かを焼いたような音が上がったのだ。
『憤怒』の溶けているような体……それはそう見えていただけの比喩でも何でもなく、本当に溶けていたのだ。あの高温の炎は、己の体をも溶かしている。
つまりユメは、体を溶かす熱々の地帯に思い切り蹴りをぶつけたということだ。それは熱い……なんて表現で済ませられるものではない。
その体を、その炎を見た時点で気づくべきだったのだ。だが、限られた手の内、猶予のない時間、そして守るべき人物の存在が、ユメに考える時間と判断を与えなかった。




