ぽっかりと穴が開く
「はあ……」
「リー姉ちゃん、元気出しなよ」
オルちゃんの記憶がなくなり、私の傍から去ったあの日から……数日が過ぎた。これまでいつも一緒だった相手がいないというのは、予想していたよりもきついものがある。当たり前が、当たり前でなくなったのだから。
今もこうして、無意識にため息を漏らしてしまうほどにだ。
「リーシャ、ずいぶん堪えているようだな。当然といえば当然だが」
「オル姉ちゃんとずっと一緒だったんだもんね」
「くぅん」
エドさんとスカイくん、さらには魔犬……小犬っぽい魔物だから勝手に命名……であるゴンちゃんにも心配をさせてしまっている。何とか、普段通りに振る舞えないかと思っているんだけど……
胸の中にぽっかり穴が開いてしまったようだ。まるで、アカリちゃんがいなくなったあの時のように。
もう会えないわけじゃないというのに……私のことを、これまでのことを忘れてしまったからだろうか。
彼女の中からは、私のことはおろか自らの生い立ち、それに自分の名前でさえ消え去ってしまっている。旅をした思い出も、学園で過ごした思い出も、なくなってしまったのだ。自分の中から記憶が消え、性格も変わってしまった。
それは辛い……が、一番辛いのはオルちゃん本人のはずだ。何せ、自分が何者で、ここがどこかもわからないのだ。何も思い出せない感覚は、どれだけ想像してもわかるはずもない。
それを、こうして私がくよくよしてもしょうがないとはわかっているんだけど……
「あはは、うん。大丈夫大丈夫」
「大丈夫って顔してないぞ。魂抜けたみたいな顔してるぞ」
大丈夫だと自分に言い聞かせても、たいした効果は得られない。むしろ強がってると余計に心配されるだけだ。
自分でも、ここまでダメージが大きいとは思わなかった。やっぱり……私のことを忘れられてしまったのが思った以上にキタらしい。
誰だと言われ、敵に向けるような目をされ……去っていくのを止めることが出来なかった。
ユメちゃんとレイがついてくれてるとはいえ……心配なのに変わりはない。オルちゃんは彼女らのことも忘れているのだ、今まで通りに接するとは思えない。
……ま、記憶をなくした直後の様子を見るに、あのまま私と一緒にいるよりはマシだったみたいだけどね。
「ふ、ふふふ……」
「リー姉ちゃんが壊れた……」
とにかく、オルちゃんの記憶を取り戻すためにも、原因となる“黒い霧”を探し出さなければならない。
レイに見せてもらった、オルちゃんの身に何が起きたかの映像……あれが確かなら、オルちゃんはあの黒い霧のせいで記憶を失ってしまったのだ。
あれが何かはわからない……が、スカイくんはあの場に『大罪魔獣のにおい』が残っていると言った。。この二つが結び付くなら、あの黒い霧が大罪魔獣の一体ということ。
そして、そいつがオルちゃんの記憶を奪った……いや、『喰った』張本人。あの、自分の中を食い散らかされていくような感覚。
それはつまり……大罪魔獣は『暴食』である可能性が極めて高いのだ。
それらの理由から、当面の目的は『暴食』を見つけることだ。そいつを倒せば、きっとオルちゃんの記憶も戻ってくる……その思いだけを、胸に秘めて。
だけど、これまで会ったことのある大罪魔獣といえば『怠惰』のみ。それも、その出会いは偶発的なものだ。狙いすましてあったわけじゃない。
まあ、狙って会うなんてマネ、できたことはないんだけど。
だからって何もしないなんてことはできない。できるだけ強い魔力をたどり、そこへ向かう……これくらいしかできないとはいえ、やらないよりは全然いい。
なのに……今までに得た手掛かりはない。寄ってくるのは単なる魔物や悪魔ばかりで、大した相手ではない。私が求めているのは、こんな奴らじゃないのに。
「うらぁ!」
「八つ当たり気味に魔物を一掃している……恐ろしいな」
魔物は喋ることも出来ないし、何の手掛かりも持っていない。そんな連中に邪魔されることに、イライラさえ感じてしまう。
……私達は、こんな程度の魔物が現れたところで何ともない。けれど……それが彼女たちにも適用されるかはわからない。
記憶を失ったオルちゃんと、神力の使えないユメちゃん。ユメちゃんの体術は大したものだけど、どこまでの相手に通じるかわからない。一応、精霊であるレイもついていってくれてるけど。
……以前は私と『双翼の星』なんて呼ばれていたオルちゃんは、今や自分のこともわからない女の子だ。仕方なかったとはいえ……やっぱり、心配の種は尽きないよ。




