貧民街
そこは、荒れた地に廃れた建物、そして人々が行き交う場所だった。しかし中にはぼろい服を着ている人、食べ物を恵んでもらおうとしている人、様々な人がいた。
いわゆる、貧民街というやつだ。
「な、なんだ? 何が起きた?」
まるで、突然別の場所に移動したような……いや実際に起こった現象。各々が驚きを隠せないのは、誰もこの現象の理由を知る者はいないということだ。
この現象が、ベルの『神力』ってやつによるワープのようなものだと知るのは、この時から随分後の話になる。
起こった不明な現象に戸惑いながらも、俺達はここで暮らすことを決めた。ここならばあの殺人鬼にも見つからないだろうし、おあつらえ向きな場所だろう。
だが、子供だけで生きていけるはずもない。だから……
「こら、待ちやがれクソガキ!」
生きるために食べ物を、盗み盗み盗んだ。ユウキやピルカ、シズにこんなマネはさせられないため、俺とベルとでだ。
当然、一人じゃ限界がある。何度も捕まったし、失敗だって。だがベルや、同じく貧しさに苦しむ子供らの助けを借りて日々を生きてきた。
貧民街という空間。住むための場所は機能性はともかくいくらでも転がってるから寝る場所には困らない。
こんな貧しい中でも裕福と貧乏の境は確かに存在し、自然と貧乏な者達の間でコミュニティが生まれていた。互いに協力し、生きるために奪う。たまに外から来る連中は格好の得物だ。
「カリィとベルばっかり……私だって、何か……」
自分達だけ何もしないことに不満を持ったユウキやシズに詰め寄られることもあった。だがこんな汚いことをするのは、俺とベルだけで充分だと、言い聞かせていた。
あの殺人鬼に俺達の家を奪われ、数年の時が経っても……やることは変わらない。いろいろと、盗みの腕とかが上達したくらいだろうか。
女性陣はというと、俺達をフォローするためにいろいろなことを覚えていった。限られた食材で美味しい料理を作る方法とか、夜暖かくして眠る場所作りとか。
本人達はこれくらいしかできないと言っていたが、それがどれほど心の支えになったことか。
「もー! にぃもカリィも、なんでいつもこんな傷だらけになるの!」
貧しくもそれなりに幸せだったと思う。日課を終えて帰った俺とベルは、腰に手を当てお怒りモードのピルカに怒られるのがお決まりになっていた。
「や、これはこいつがしくじったから……」
「なにおう! もとはと言えばお前が……」
「いいから! 二人ともそこになおる!」
「「はい……」」
しゅんとうなだれ、二人並んで正座。俺達の中で一番年下なのに、いつの間にかすっかり姉御肌だ。
傷の手当てはもちろんのこと、場合によっては……
「はいカリィ、あーん」
「いや、自分でやるし!」
「その腕で? いいからほら、食べる!」
有無を言わさず、食事の世話まで。しかもそういうときのピルカはなぜだか嬉しそうなのだ。参る。
「はは、またあーんかよカリィ、うらやましいな!」
「ったくむさい男衆の中の数少ない花を独り占めしやがって!」
「うるせえ!」
ここにいるのはもはやユウキ達だけではない。元々貧民街に住んでいる連中も、ちょくちょく顔を出すのだ。
「よかったじゃねえか尽くしてくれる彼女で!」
「だからそういうんじゃねぇ!」
「か、彼女だなんて……」
こうしてからかわれることも、もはや定番といっていい。その時にユウキが不機嫌に見えるのも、ピルカがまんざらでもなさそうなのも気のせいだろう。
「あらまー、ピルカちゃん、すっかりカリィくんに……ふふ」
「カリィなら……いやでも、うーん……」
それと、楽しそうなシズと複雑そうなベルも気のせいだろう。
奪い、助け合い、笑い合う。そうした日々を過ごし、いつしか殺人鬼に怯えることもなくなっていた。
あの日を境に、また会おうというオルテリアとの約束は守れなくなってしまったけど……せめて、こいつらは守りたい。俺には何の力もないけれど、守れるくらい強くなりたい。
「お、浮いた! すげー!」
そう思っても、時折『不思議な力』で物を浮かしたりするベルには叶わないんだろうと痛感する。その力のおかげで、盗みがずいぶん楽になったことも一度や二度じゃない。
まあ、力のこと……よりも、人間的な意味で俺はベルには叶わないだろうと思う。それに俺自身、ベルが目標なのだ。
それでも俺なりに、強くなってみんなを守りたいと、日々思いを募らせていた。
……そしてその時は、またも突然やってくる。
「な、何だ?」
空が闇に染まり、黒い翼を生やした存在……まるで本の中で見た悪魔のような奴らが、貧民街を、いやあちこちを襲った。
「走れ!」
皮肉にもあの日殺人鬼に襲われた出来事が教訓となり、プラスこの数年で磨かれた盗みの技術が役立ち逃げるのに苦労はなかった。
なるべく見つからない道を選び、立ち塞がる悪魔の死角をついて急所をつく。俺とベル、そして貧民街で育った奴らとのコンビネーションなら容易いことだった。
「ま、またこんな……」
またも、俺達の日常が奪われた。その事実は、これまで気丈に振る舞っていたユウキ達を落ち込ませるには充分だった。俺としても、どうしてこんなことになったのかわからない。
だが今回は、あの頃とは違う。どこへ逃げようと、世界規模の異変からは決して逃れられない。俺達が逃げる場所は今度こそ、なくなったのだ。




