終わる日常
「キャー!」
その日は、唐突に訪れた。いつものようにユウキ達と遊んでいたのだが、突然女の人の悲鳴のようなものが聞こえたのだ。
その声はいつも聞くものではないため誰のものかと思ったが、今にして思えばそれはいつも優しい、温和な先生のものだった。
何が起ったのか、という疑問を抱く間もなく、別の先生に誘導されてどこへともなく走った。そして一室に集められて、ここでじっとしておくように言われたのだ。
言いつけ通り、じっとしていなかったのがいけなかったのか、それはわからない。だがもくもくと立ち込める煙に、子供だった俺達は耐えらえるはずもなく外に出た。
……そこに、奴はいた。
「あぁ? なんだ……やっぱいるじゃねえかたくさん」
紫色の髪と手に物つ木刀を血に染め、燃え盛る施設の中でも狂気に染まった笑みを浮かべている男が。まだ子供とはいえ、それを見て何が起きたのかわからないほど子供でもない。
「悪いな、こいつが血を欲しがっててよ。イキのいい命が群がってる場所なら、こいつも喜ぶと思ってな」
悲鳴を上げることも、足さえも動かない。これが恐怖というものなのだと、初めて知った。その間にも男は木刀を振り上げ、俺達に狙いを定めて……
「ダメ! 逃げて! 逃げなさい!」
「あぁっ? 邪魔だ!」
そこへ、額から血を流した先生が男の横からしがみつくようにタックルをして、動きを止める。
先生のその声に、初めて聞く切羽詰まった声に打たれたように感じた俺は、咄嗟にユウキの手を取って走り出していた。
「あっ、待って、カリィ待って! 先生が……!」
「その先生が逃げろって……だから、逃げ、ないと……!」
ユウキを引っ張るようにして、必死に走った。決して後ろを振り返ることはなく。だって、振り返ってしまえば心が折れてしまいそうな気がしたから。
後ろから叫び声が聞こえても、ユウキが止まりそうになっても。無理やりにでも引っ張り走る。いつも通っているはずの道が違うものに感じ、それでも何とか火の塞いでいない出口を見つけ、外に出た。
「はぁっ……こ、ここまで、来れば……」
施設から十分に距離をとり、ここまで来れば安心だろうとようやく立ち止まる。振り返れば、追ってくるあの男はいないが……燃え盛る施設が、見えた。
「うぅ、ひっく……」
「みん、ながぁ……」
辺りを見渡すと、この場にいたのは五人。俺とユウキを除けば、三人しか逃げのびていないということになる。
……いや、きっと他の連中も、他の場所から逃げているはずだ。
「カリィ、これからどうする?」
「ベル……とりあえず、他に逃げた奴がいないか探さないと……」
「まだあの殺人鬼がうろついているかもしれないのに? 見つかったら今度こそ逃げられないぞ」
ユウキと他二人が泣いている中で、俺に話しかけてきたのはベルという少年だ。彼はどこか大人びており、頼りがいのある奴だ。一見冷たいと思える台詞も、それは正論だ。この状況でうろうろするのは自殺行為だ。
だからこそこの状況でも冷静な判断ができる彼がいてくれるのは心強い。俺じゃ、その考えは浮かんでも判断なんて出来ないだろうから。
「確かにみんなは心配だけど、信じよう。先生達もまだ残ってたし、そんなにやわな連中じゃないだろ」
「……そうだな」
そうだ、施設で育った俺達は、頼れる人や場所が限られた中でも必死に生きてきたじゃないか。それにあの殺人鬼は一人だったし、大人である先生達なら取り押さえられるはずだ。
「ともかく、騒ぎが落ち着くまで身を隠そう。ほらお前らも、もう泣くな。火事のおかげで物音じゃばれないだろうけど、それでも一か所に固まるのは危ない」
「ふぅうええ……おにぃ……」
俺はいまだに手を繋いだままのユウキを、ベルは泣いている二人を落ち着けるために声をかける。ベルにすり寄るのは、ベルの妹であるピルカだ。
この中じゃ最少年であり、いつも兄の背中にくっついている。まるで、オルテリアにくっついてたユウキみたいに。
よしよし……頭を撫でてやると少しは落ち着いたらしい。俺も同じことが出来ればいいのだが……恥ずかし過ぎる。
「ベルくん……私達、どうなるのかな」
そう言って不安そうにしているのは、いつも笑顔の絶えないシズだ。涙を流しながらも、何とか限界まで踏ん張っている感じだろう。今にも号泣してしまいそうだ。
「わからん。が、このままここにいたら危ないままだ。それだけは言える」
くう……ベルのように、大人みたいな精神力が欲しい。俺なんか隣で泣いているユウキを見ただけで、もらい泣きしてしまいそうなのに。
「ほらユウキ、もう泣き止めよ」
「うぅう、でもぉ……」
「俺より年上だろうがお前」
そうは言っても、この状況では仕方ない。俺だって情けないところを見せたくないから、それにベルがいるから何とか踏ん張りが効いているだけだ。
「なあベル、行くとこはあるのか?」
「それは……」
ユウキをなだめながらも、ベルに今後の動きをどうするかを聞く。逃げるにしても、目的がなければ結局は意味がない。
だがベルも、提案したもののどこへ行けばいいかまでは思い浮かんでなかったらしい。俺達はこれまで施設で過ごしてきたし、外の世界に出る機会もそんなになかった。
便りがないのは当然のことではあるが。
「どこか……奴が追ってこないような、どこか遠くへ……俺達五人で、生きていける場所……」
思案するベル。彼の服を掴むピルカ、そして反対の手で近くにいたシズの服の袖をつまんでいる。俺はユウキと手を繋いだまま、空いた手でベルの肩に手を置く。あまり考えすぎるな、気を持ちすぎるなと言わんばかりに。
その時だった。瞬きをした一瞬のうちに、ふっと景色が変わった。夜に近い時間だったため、暗いのは変わらない。しかし今の今まで燃え盛る施設より離れた、周りには森のある場所だったのに……
「え、ここ……どこだ?」




