施設の子
…………ぽつ…………ぽつ……
ぴちゃ……
「ん……」
頬に、何かが落ちてくる。その感覚によって、俺は目を覚ました。頬には、濡れた感覚がある。それは涙……ではなく、頭上の尖った岩から落ちてきたしずくが、俺の頬に落ちてきたのだろう。
一定のリズムを刻んで地面に落ちていくそれは、ぽつ、ぽつと雨音のような軽快な音を鳴らしている。今俺達がいるのはいわゆる洞窟で、先日まで雨だったためかまるで雨漏りのように、しずくが重力に従って地面に落ちる。
あちこちで同じ現象が起こっていて、俺と同じように顔面でしずくを受けている奴もちらほら。ま、他のみんなはぐっすり寝ているみたいだけどな。
それは少し離れたところに寝ている、あいつも同じだ。
「……ったく、こんな時だってのに間抜けな顔して寝てやがる」
そいつの寝顔を覗き込むと、すやすやと安らかに眠っている。こんな状況で能天気に……いや、今まで神経を張り続けていたからこそ、こうして安心できる寝床を見つけることが出来たのがでかいということだろう。
こうしていると、どうしてもいたずら心が湧いてくる。柔らかそうなそいつの頬を指で突いてやる。おぉ、何て感触だろう。まるでプリンみたいだ。プリンなんてもうずいぶん食べてないけど。
しばらく頬の感触を堪能した後……そっと髪を撫でつけてやりながら、俺はそいつの名前を呟く。
「ユウキ……」
眠るそいつ……ユウキという少女は、何の夢を見ているのかだらしなく涎を垂らしている。仲間を信用しているからこその態度なのかもしれないが、こうも無防備だと心配になってくる。
もしも今ここにいるのが俺じゃなく他の男だったら、もっと過激ないたずらをされていたかもしれない。
「……いやいや、何を考えてるんだ俺は」
そう考えること自体、俺に邪念があるってことじゃないか。いかんいかん、心を無にしないと。
「んん……うへへ」
しかし寝ているこいつは、やはり間抜けに笑っている。こいつ……もう少し警戒心を持った方がいいんじゃないだろうか。そう思いながらも、無様に垂れ流している涎を拭ってやろうと手を伸ばす。
こんなことしてるから、周りから過保護だなんだ言われるんだろうが、小さい頃からの癖なんだから仕方ないだろう。そう、あの頃からの……
「ん……おる、てりあ……ちゃん」
不意に、ユウキから漏れた言葉に動きが止まる。こいつは、またあの夢を……いや、人のことは言えない。それは俺も同じことなのだから。
「……」
ユウキの漏らした言葉……いや名前。『オルテリア』という名前の少女は、ユウキだけでなく俺とも共通の友人だ。何せ、三人共同じ施設で育ったのだ。
友人……家族と言っても、差し支えない存在だったと思う。
彼女の……正確にはあの頃の夢を、ユウキも俺もたまに見る。もっともそれをお互いに話すことはない。それでも、こうして俺がユウキの寝言を聞いて知っているように、その逆でユウキも俺がその夢を見ていることを知っているかもしれないが。
オルテリア、ユウキ、そして俺は……身寄りのない者同士、同じ境遇の奴らが集まる施設で出会った。
オルテリアは捨て子、ユウキは記憶喪失、そして俺は……親が人殺しだとかで、身内にたらいまわしにされた挙句に施設に入れられた。
当時の俺はそんなことどうでもよかったし、今はもう割り切っている。覚えているのは、ろくでもない親だったってことだけ。
施設に入れられるのなんて、大抵が似た理由だからか事情を根掘り葉掘り聞かれることもなかったから気が楽だったし。
ただ、ちょっとグレていたとは自分でも思う。そんな中で出会ったのが、あの二人だ。同世代にしてはみんなを引っ張る資質のあるオルテリアと、彼女の後ろに金魚の糞みたいに引っ付いていたユウキ。
最初はオルテリアに引っ張られる感じで、彼女たちの輪に混ざった。徐々に、自分の意思で彼女たちに近づいていった。
引っ張ってくれるオルテリア、頼りないユウキ……この二人に魅せられるものがあったんだと思う。モノクロだった毎日が、色鮮やかになったのだ。
本当に、今思い出してもあれほど楽しかった経験はない。
だが、その日々も長くは続かなかった。ある時オルテリアが、なんとか家ってとこに引き取られることになった。それはめでたいことと同時に、とても悲しいことだったが……また、会おうという約束をして別れた。
その約束を胸に秘め、いつか来るであろうその日に胸躍らせていた。しかし、その日が来ることはなかった。




