嫌い
「オルちゃん……」
「その名前で! 呼ぶなぁ!!」
まともに背を打ち付けた状態で感情に任せて叫ぶなど、自らの体をいじめる行為でしかない。それでもオルテリアは、叫ばずにはいられない。
そうしないと、不安定な自分を、不安定なままに保つことすら、できそうにないのだから。
「っ!?」
その勢いに、リーシャはまるで頬をぶたれたような衝撃を受ける。……いや、まるでではない。実際に頬をぶたれた。何かに。何に?
その答えは、自分がよく知っている。
「……まさか、オルちゃん、神力を……」
「呼ぶなって言ってるでしょ!」
今自分がしたように、神力であれば見えない力によって相手を叩くことはできる。だがオルテリアは、神力を食われているのだ。
だが、元々オルテリアの強大な神力の全てを食らい尽くすことはできなかったのだ。途中精霊に妨害されたのならなおのこと。
それを、確かめようにも……再び、顔に衝撃が走る。オルテリアは神力をコントロールしているわけではない。怒りか、昂る感情によって神力が飛び出しているのだ。
「ぐぅ……はな、ぢが……」
鼻辺りにいいのをもらったせいで、リーシャの鼻から血が流れる。すぐに鼻を押さえるが、それでもいやな鉄のにおいは消せやしない。
食い尽くされてはいないとはいえ、神力の大部分を食われたのだ。以前のような力はない……が、痛いものは痛い。
「オル……」
「その名前で呼ぶな! そんな顔をするな! 私の心を乱すな! ……放っておいて。あなたといると、気が変になりそう……」
怒りなのか、悲しみなのか、複雑に絡み合った感情はオルテリアの中をぐちゃぐちゃにしている。失った記憶、それでも残る気持ちの数々。
そして……リーシャといると、不安定な自分が壊れてしまいそうになる。自分でもどうすればいいのか、わからない。
ならばいっそ、彼女と距離をとれば、楽になるのかもしれない。この怒りとも、悲しみとも知れない感情が少しは落ち着くのかもしれない。
「……」
エドワードも、ユメも、スカイも。二人の間に割って入れない。入るべきではないと、考えているのかもしれない。
「でも、やっぱり一人には……」
「しつこい! 私とあなた達にどんな関係があったか……話してもらっても、そんな記憶はないのよ! 私にとっては、あなた達は赤の他人。心配される謂れはない。私がそう言ってるんだから、それでいいでしょ」
こんなに心配される理由も、気にされる理由も、オルテリアにはわからない。わからないというのは、それだけで怖いのだ。
自分の中にないものをいくら真実だと言われても、それを受け止めるのは怖い。彼女達が悪い人ではないというのは、何となくわかる。それでも……
「私は、あなたと一緒にはいられない」
何より、何とか繋ぎ止められているこの心が、彼女と一緒にいることで壊れてしまいそうだから。
一緒にいたくない、いられない、どちらが真実なのかもうわからない。この胸を渦巻く激情も、誰にぶつければいいのかわからない。
先ほど、自身の胸のうちをぶちまけたオルテリアは……多少なり、冷静に考えることができていた。その上で、やはりリーシャとはいられない。
感情任せではない、考えて出した結論……それを受けたリーシャは、今にも泣きそうな表情を浮かべている。ほら、こうして側にいるだけで胸が痛む。
「……きっともう、会うことはないわ」
もう、リーシャの顔を見なくて済むように。背を向けるオルテリアはその足を進めていく。その背中に追いすがるように、リーシャは手を伸ばして……
「オル……」
「嫌い」
拒絶された。
「あなたを見てると、あなたの声を聞くと、それだけで気が狂いそうになる。自分がわからなくなる。ただでさえわからない私を、これ以上のかき乱さないで。自分がどうなるかわからない……そうさせるかもしれないあなたが、嫌い」
一人で考える時間が必要……端的に言ってしまえば、そういうことだ。だがそれは、半年以上を共に旅してきたリーシャとオルテリアの別れを意味していた。
必要なことなのかもしれない。それでも、一緒にいたいと引き止めたいリーシャは果たして傲慢なのだろうか。
「……さよなら」




