その者の名は
あの光景を見せてくれたレイ。おかげで、彼女に何があったのかわかった。
スカイくんが言った「たいざいまじゅーのにおい」。それが正しいなら、あの黒い霧が大罪魔獣の可能性が高い。奴に、オルちゃんは記憶を、喰われた。
「……わたし……レイと、同調、して……」
「おい、まだ無理しなくても……」
レイと同調して繋がった際、見て感じたものを二人に話す。二人はどうやら私の体調を心配してくれてるけど、私の体調なんてどうでもいい。
記憶が鮮明なうちに、全てを話さなければいけない。話していくうちに、胸を抉るような辛さがよみがえり……同時に、二人の顔色も痛々しいものへと変わっていく。
やがて、私が見聞きした全てを語り終える。
「……これが、オルちゃんの身に……起こった、ことだよ……」
息をするのが辛い。オルちゃんが気を失ったのは、彼女の中にあった防衛本能だろう。
不幸中の幸い、というやつなのだろうか。もし意識を保ったままだったら……さすかの彼女でも、壊れていたかもしれない。
「そんな……ひどい」
「記憶を喰われた、か……」
ユメちゃんは口元を押さえ、エドさんは腕を組み眉を寄せている。二人にとっても衝撃的な話だったのは間違いない。
だけど話を共有したことで、新しい道もきっと見えてくるはずだ。何より、謎だった敵の正体。それは……
「大罪……そして食。この関係性から導き出せるのはつまり、オルテリアの前に現れたのは大罪魔獣『暴食』か」
そう、『暴食』。これが、オルちゃんを襲った魔獣だろう。あの黒い霧が、オルちゃんの記憶を……奪った。
「そいつが、オル姉を。……そいつをやっつければ、オル姉は戻るよね?」
希望が、湧いてくる。記憶を奪った相手を倒せば、奪われた記憶が戻ってくるのは道理だ。手詰まりでは、なくなった。
そこへ、「ねぇ」とユメちゃんが声を上げる。希望を抱えた顔、というほど明るいものではない。「さっきの話なんだけど……」と前置きを置いて、話す。
「リー姉は精霊ちゃんと繋がっただけなんでしょ? どうしてオル姉が受けた苦痛をリー姉が?」
「……わからない」
ユメちゃんの疑問は、私も感じていた。レイの計らい……にしては、冗談では済まない。下手をすれば、これだけで精神が壊れる。
この場にいるメンバーでは、天使の血が流れている私にしか精霊と繋がれないんだろうけど、もしもユメちゃんがこの感覚を味わったとしたら……考えただけでゾッとする。
レイは私と距離を置いている。だからといって嫌がらせでこんなことはしないだろうし……レイの意思とは無関係なら、話は別だけど。
それとも……あの、邪悪な気配の仕業? ……いや、あり得ない。いかに精神の力を抑え込むほどとはいえ、私が見たのは『過去』だ。過去に干渉することなんて、できるはずない。
そう、あり得ない。邪悪な気配の視線らしきものがレイを……いや私を見ていた気がしたなんて。気のせいだ。
もしもあの痛みの体感がレイによるものではなく、あの邪悪な存在によるものだとしたら……いや、今はそれを考える時じゃない。
ようやく掴んだ、手がかりだ。オルちゃんの記憶を奪った大罪魔獣『暴食』を倒し、オルちゃんの記憶を取り戻すこと。これが、今すべき最重要事項だ!
「……あ、オルちゃんは?」
「向こうで、スカイくんとゴンちゃんが見てくれてる。子供と子犬の方が、落ち着くかと思って」
少し離れたところに、オルちゃんの両側に位置するようにスカイくんとゴンちゃんが何か話し相手になっているようだ。
確かに見知らぬ大勢で話しかけるより、子供と(魔物だけど)子犬で相手した方が、警戒心はぐっと解けるだろう。
「……でも、覚えてないんだよね」
警戒心は先ほどより弱まっているように見える。でもそれは『見知らぬ相手』に対するもので、実際にスカイくん達を思い出したわけじゃない。
自分のことを忘れている。子供のスカイくんは果たして理解できているのだろうか。そして、理解したとして果たして平常心でいられるだろうか。
「一応、事情が事情だけに彼にも協力はしてもらわないとね。ただ、自分を忘れている……それをどこまで理解しているかわからないが、現状特に問題は見られない」
子供の彼に、果たして現実を完全に理解することなんて、できるのだろうか。
「……あんなちっちゃい子に、任せっぱなしじゃいられないよね」
いつまでも、現状をスカイくんに任せておくわけにはいかないだろう。警戒心もだいぶ解けた今なら話しかけるチャンスかもしれない。




