本当の家族
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「ん……ふわぁ、よく寝たなぁ」
時は、オルテリアが絶望を味わった日。本家サシャターン家、そしてそこに集まっていた人々が消え去った日に遡る。
つぼが割れ、そこから飛び出した"何か"は屋敷を、人間を呑み込み……今ここに"何か"は落ちてきた。
今この場所には、何もない。本来は木々がたくさんある森林だったのだが、まるで隕石でも落ちたかのように辺り一帯にクレーターができている。
だがもちろん隕石など落ちてはいない。木々も地面も、"何か"に呑み込まれただけのことだ。
非常識な光景に、非常識なのんきな声が響き渡る。つぼから出た直後のそれは、まるで空気のように目に見えない塊であった。つぼに封じられていたはずの、強大な災厄……それが落ちてきたはずだ。
だがそこにいるのは……何も身にまとっていない人間の、子供だ。だがこの異様な場にただ一人の子供……それがただの人間の子供でないことは、一目瞭然だ。
「ん、どこだろここ……今まで、なにしてたっけ?」
その子供は眠たそうに目を擦っている。誰ともわからぬ子供だが、その声、短く切り揃えられた髪……子供なので判断はつきにくいが、性別は男であろうことを思わせる。
さらに、彼には今まで何をしていたかの記憶がないようだ。つまりは"記憶のない少年"だ。
少年は、歩き出す。どこへ行けばいいのか、どこへ行こうとしているのかもわからないまま。歩く度地面が、草花が、木々が……自身に接触、接近したものが跡形もなく消えゆくのを気にすることもなく。
その恐ろしい力は……少年自体が、異形の存在であることを示していた。そしてそれは、ありえないだろう見解……その少年自体が、つぼに封じられていた災厄であることを導くもの。
少年の歩みは止まらない。が、次第に恐ろしい力の効力は消えていく。そのうち、少年が何に接近してもそれは消えなくなっていた。故に、それはもう普通の少年の歩みだ。
……一つ結論を出そう。災厄が封じ込められていたつぼが割れたのは、誰による策略でもないし、むしろ誰も故意に割ってなどいない。全ては偶然……偶然誰かがぶつかり、つぼが落ちて割れた。それだけのこと。
だからこれは、誰が仕掛けたものでもない。偶然がこの事態を引き起こした、それ以上でも以下でもない。
少年は進む。"空色"を宿らせた瞳を彼方に向けて。
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これが、オルテリア・サシャターンという一人の少女の過去。そして、彼女が犯した罪だ。
本当の母親ではない人物に育てられた。この点においては、リーシャ・テルマニンと酷似しているが、決定的に違うところがある。
リーシャは、血の繋がりがなくとも育ての親であるカーリャと本当の親子のように接していた。対して、オルテリアはどうだろうか。本当の母親ではない……ひどい言葉を投げつけ、それを謝ることもできなかった。
こんなこと、いくらパートナーであってもリーシャに話せるはずもない。もしもそれを口にしてしまったら、リーシャとの関係が壊れてしまう……そう、いつも感じていた。
だからオルテリアは、自身の過ちをリーシャに話すつもりはない。リーシャの過去を聞いておきながらそんなの卑怯だ……そう言われたって構わない。
リーシャに、パートナーに、友に嫌われたくはないから。
いつか見た、リーシャとカーリャの関係が羨ましかった。自分もああなれたら良かったのにと、どうしてああなってしまったのかと日々悩み続けた。あの頃に戻れたらと、どれほど思ったことか。
でも、悔やんでも過去には戻れない。だからオルテリアは……今を、未来を精一杯生きると決めたのだ。うるさい奴だと言われても、バカな奴だと言われても構わない。
言いたいことを正直に言って、したいことを力いっぱいして……そうやって、自分のやりたいように生きてやる。
そう、決めたから。
「アカリさん、今日も勝負ですわ! 今日こそは負けませんわよー!」
在りし日の神力学園には毎日、一人の少女の元気な声が響き渡っていた。




