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神殺しの弾丸  作者: 白い彗星
大罪魔獣
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取り返しのつかないこと



 事件といっても、内容を言ってみれば……大事にしていたつぼが割れた。ただそれだけのことだ。



 だが大事というのは、その家の宝、つまり家宝のようなものにあたる。代々昔から受け継がれてきた云々……オルテリアが本で読んだような、まあ金持ちにありがちな値の張った、または価値のつけられないものには非常に見栄を張りたがる、そんな物語。



 そして大抵、物語はこう続く。



「つぼを割ったのは、お前だ」



 ちょうど親戚のパーティーとやらで、人が多く集まっていた。そこで誰が言い出したか、オルテリアがつぼを割ったと言い始めた。



 そもそも本当に誰かがつぼを割ったのか……そんなことはもはやどうでもよかった。その"誰か"は、養子として迎えられ着々と成長するオルテリアを邪魔に思っていた、ただそれだけ。



 悪いことに、その"誰か"は親戚の中でも周りからの信頼があった。信頼ある身内か、どこのだれとも知れないたかだか十の歳の養子か……誰も、"誰か"を疑うことはなかった。



 それに便乗するように、周りはオルテリアを責め始めた。その頃のオルテリアは日々の英才教育に参っており、動機としては充分であった。



 誰も味方はいない。でも、母だけは。自分を、この家の娘として期待してくれてる母ならば。そんな期待を込めたオルテリアの気持ちは……見事に打ち砕かれる。



「まったく、とんでもないことをしてくれましたね。貴女を迎えたのは失敗でした」



 突き放されるその言葉は、すでに崩れかけていたオルテリアの気持ちを粉々に砕いた。



 それがどれほど大切なものかわからないし、もしかしたら考えもつかない価値があるのかもしれない。だがそれはそれ……



 今オルテリアの中にあるのは、母に……母だと思おうとしていた人に見放された。ただそれだけだ。



 失意のどん底。同時に、今までオルテリアを縛っていたものに対する怒りが、沸き上がっていた。



「うるさい!」



 その一声だけで、周りからの罵倒は止んだ。それほどまでに怒気のこもった声に、オルテリアの倍程の身長がある大人達が怯んでいる。



 これ幸いと、オルテリアはエリザスと向き合う。これまでの不満が次々に溢れてきて……



 したくもない勉強をして、遊びたいのに自由に遊べなくて、時間を制限されて。それでも自分を引き取ってくれた、自分を必要としてくれる母が喜んでくれるならと、必死で頑張った。



 ユウキやカリィら、施設の子供の安否を確認する術もなく、それでもポジティブに考えて。いつかどこかで会えるからと。自分が自由を与えられたら、みんなを探しにいこうと。



 なのに……たかがつぼを割った程度でこの仕打ち。もう、我慢ならなかった。



「落ち着きなさいオルテリア。このつぼは(いにしえ)より、巨大な災厄を封じ込めてきたものなのです。それを貴女は……」



 母が何か言っているが、そんなもの耳に入らない。今までの不満を、ストレスを、全部ぶつけて、そして……



「こんなの、望んでない! 勝手に連れてきて……勝手に押し付けて、そんなの私望んでない! いつも偉そうに口出しして……私のためだなんて、そんなのあなたに決められたくない! 本当の親でもないくせに、私の人生を勝手に決めないで!!」



 ……ぁ。



 怒り……いや、沸き上がってくるいろいろな衝動を勢いに任せて言い放ったオルテリアは、やってしまった、と理解した。



 オルテリアはまだ十の子供。感情に呑まれるなんて当たり前のことで、非難されることではない。それでも、オルテリアにとってはあってはならないことだった。



 顔を、上げられない。母が、みんながどんな顔をしているのか確認する勇気が出ない。だから……



「……くっ」



 この場を切り抜ける方法なんて、一つしか知らない。逃げ出したのだ。オルテリアは、背を向けて一目散に逃げ出した。



 後ろから誰か追いかけてくることも、声をかけてくることすらない。当然だ、あんなことを言ってしまったのだから……



『本当の親でもないくせに!』



 なんてことを言ってしまったのだろう。家から離れた公園で、呆然と佇む。



 だが同時に、どこか解き放たれた気持ちもあった。自分を縛り付けていたものから解放された……そんな気持ちが。そんな気持ちがあることが、嫌だった。



 でも……感謝だって、しているのだ。確かにキツい毎日だけど、毎日たくさんのことを覚えられる。遊ぶ時間だって、学校に行っている間ならば充分ある。



 私のためだって言うのも、いろんなものを身に付けておけば将来困ることはない……そういう意味だっていうのは、わかっている。なのに、あんな……



「……今なら」



 まだ、何とかなるかもしれない。今戻れば、まだ。つぼの件は本当に知らないが、必死に謝ればきっと許してくれる。



 だから……オルテリアは決心をして、屋敷へと踵を返した。



「……え?」



 戻り、足を止める。屋敷があったはずの場所へ……離れて、何分とも経っていないはずの屋敷へ。



 だが……



「……え、いや……なんで……?」



 そこには確かに、屋敷があった。それは間違いない。ないのだが……屋敷は、ぼろぼろになっていた。まるで、何十年も手入れがされていなかったかのように。



 門を、潜る。木々は、草は、湖は、何の変わりもない。ただ屋敷だけが、古びてしまっている。今にも全壊してしまいそうなほどに。



 そして不思議なのは……パーティーにいた人たちの服だけが、そこかしこに脱ぎ散らかされていることだ。そこに人がいた……その痕跡だけが残されているようだ。



「ま、さか……」



 歩いている最中に、ふと思い出す。



 つぼが割れたとき、巨大な災厄が封じられていたと言っていた。もし、その災厄とやらのせいでこうなったのだとしたら?



 つぼを割ったのはオルテリアではないが……それでも、取り返しのつかないことになってしまったと、思った。



 住んでいた屋敷が、たくさんの人たちが……まるでそこに、存在していなかったかのような光景が、そこには広がっていた。



「あ……」



 膝から、崩れ落ちる。目の前にあったのは、母が着ていたドレスだ。身に付けていたもののみがそこに落ちており、それを身にまとっていた人物はそこにはいない。



『本当の親でもないくせに!』



 あんなものが、最後の会話だというのか。謝ることも話すこともできないまま、こんな訳もわからない現実を突きつけられてしまう。



 ドレスを握りしめたオルテリアは、声を圧し殺し涙を流していた。たった一人で。

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