引き取られた家で
みんなのことが大好きだが、中でもこの二人は特別だ。たとえ捨て子であろうとも、親がいなかろうとも、二人と一緒ならば何だってやれる。
……そう、思っていた。だが別れの時は、突然訪れる。
「……ひきとる?」
ある日のこと、施設の先生から告げられた。とある夫婦が、自分のことを養子として引き取りたいのだと。
よーし、とは何だろうか。そもそもひきとるって、どういうことだろう。その家の子になるって聞いた。だったら、ここにいるみんなとは? ユウキやカリィとは? もう会えないのか?
いろんな疑問が浮かんだ。だが目の前の、先生の嬉しそうな顔を見て吹き飛んでしまった。これは、うれしいことなの?
オルテリアを最初に見つけたのは、この人だ。この人が喜んでいるということは、きっとこれは喜ばしいことなのだろう。そう、思った。
話は、あっという間に広がる。
「オルテリアちゃん、ここからいなくなっちゃうの?」
「でもひきとりてが見つかったんだろ? よかったじゃん」
「さしゃたーん家って結構なおかねもちだろ? いーなー、おじょーさまかー」
「おめでとー!」
みんな、寂しそうにしている。でもそれと同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に喜んでもいる。ここから自分がいなくなっても、いいのだろうか。
何が、おめでとうなんだろう。
「う、うぇっ……」
「泣くなっての泣き虫」
そんな中でも、ユウキはいつも通り……いやいつも以上だった。オルテリアがいなくなると聞いて泣いてくれる子はいたが、ここまで泣いてくれる子はいなかった。
あまりに泣きすぎて、足元に水溜まりが出来つつある。
「もー、泣き止みなさいよ。えいえんのお別れってわけじゃないんだから」
どうしてオルテリアが慰める側にいるのだろう。それにおかしく思いながらも、ユウキの頭をよしよしと撫でてやる。
そうだ、一生会えない訳じゃないのだ。来ようと思えばいつでも来れる。それに育ての親が見つかって、みんな祝福してくれていたのだ。それなのに何を卑屈になっていたのだろう。
「ほんと……?」
「ほんとっ。だからほら、いつまでも泣き虫のままじゃ来なくなっちゃうぞ」
「……わがっだ」
目元をぐしぐし拭って、無理やり泣き止んだユウキに微笑みかける。まったくこの子は、手がかかるんだから。
「カリィ! あんたユウキのことちゃんと守ったげなさいよ!」
「なっ、何でおれがっ。……まあ、あぶなっかしいから見といてやるよ」
相変わらず素直でない。カリィがユウキのことをどう想ってるかなんて、とっくにお見通しなのに。
「じゃ、やくそく! また会いに来るから!」
「うん!」
「……ん」
小指を出し、二人に向ける。一人は嬉しそうに、一人は無愛想に。三人の小指が絡まり、大きな声で再会の約束をした。
……初めて出会ったその人は、とてもきれいだった。腰まで伸びた青い髪、ほどよく出ている胸、きゅっと締まったウエスト、スラッと伸びた手足……
非の打ち所がないようなその人が、自分の母親になるのだと聞いた。
正直、不相応だと思った。なんで私なんかをと。でもそれを聞く勇気はなかった。
同姓で、こんな小さな歳で、それでも引き付けられるその人の美貌の前に何も言うことが出来なかった。美貌と……鋭いナイフのような、氷のような瞳の前に。
「またねー!」
彼女に養子に引き取りたいと言われ、何か大人たちの間で話がまとまって……施設を出ていくまでに、十日ほども経たなかった。
祝福してくれてもやはり最後はみんな、我慢できなかったのか泣いていた。あのカリィでさえ、ちょっと涙ぐんでいたのだ。
せめて泣かないようにと決めていたのに……みんなに泣かれては、抑えることが出来ないではないか。笑顔で別れようと思っていたのに、結局泣き顔で別れることになってしまった。
みんなの姿が見えなくなっても、しばらく後ろを眺めていた。車の後頭部座席から見つめるその景色は、しばらくもしないうちに見知らぬ景色へと変わっていく。
みんなとのお別れは確かに悲しい……が、何だかんだいって新しい環境へのワクワクを感じていないわけではない。この歳ならば普通のことだろう。
「着いたわ。ここが、今日から貴女が暮らす家です。今日から貴女は、オルテリア・サシャターンです」
オルテリアはこの日から、サシャターン家の養子となった。オルテリアが七つの時である。
その日からオルテリアへの、英才教育が始まった。
サシャターン家はお金持ちの家、という認識しか当時のオルテリアにはなかった。だが実際には、少々のお金持ち程度ではない。国どころか世界でも有数と言われるほどの名家というやつらしい。
そんなところになぜ自分が引き取られたのか。理由はわからなかったが、聞くことはなかった。いや、聞く暇すらなかった。
決まった時間に起きて、勉強して、ご飯を食べて、勉強して、勉強して、勉強して、眠って……その繰り返しだった。好きなことはおろか、外に出ることすら自由には出来なかった。
食事や風呂だって、マナーを身につける一環、休む暇はない。唯一眠るときだけは気が安らいだが、明日も同じことが起きるのかと思うと憂鬱だった。
確かにここはお金持ちで、屋敷は大きくて、自室も大きい。望めば何だって手に入る環境だ。この家に来て初めての誕生日プレゼントで、札束を貰ったときにはさすがに焦ったが。
施設では、お店のケーキをみんなで囲んで、折り紙やらお花をプレゼントとして貰った。今とは全然違う、温かい生活。
だがここにそんな温かさはない。母であるエリザス・サシャターンはまさに氷を体現したような人物だった。
「貴女はサシャターン家にふさわしい人間になるのよ」
これがエリザスの口癖だ。どうやらエリザスは子供を生むことが出来ない体らしい。昔流産した影響……とは使用人が話していたのを盗み聞いた。
だからか、彼女はあらゆる施設を巡っていたらしい。そして、オルテリアを見つけた。自身と同じ綺麗な青髪、抜きん出た身体能力、何より……
「子供ながらあのリーダー性、是非とも欲しいわ」
そう語っていたのを、オルテリアは知らないが。
母は厳しかった。手を上げる……なんてことはなかったが、先にも述べたように氷のような人なのだ。
以前、施設の子達に会いに行きたいと頼んだことがあった。すると……
「そんなことに費やす時間などありません。勉学に励みなさい。それに、レディに恥じぬ話し方も身に付けなければ」
オルテリアにとって何よりも大切なことを、そんなこと、と切り捨てられたのだ。我慢ならず、言い返そうとした。
だが相手は、自分を引き取り不自由ない生活を送らせてくれているいわば恩人なのだ。
「わか……り、ました」
逆らえなかった。もしもここに父親がいたならば、オルテリアの味方になるかエリザスの味方になるかのどちらかだっただろう。
しかし父親……いやエリザスの夫は、いない。どうやら名家同士の結婚だったらしいが、エリザスが子を産めぬ体になったと知るや、彼女を切り捨てたのだ。
その頃からだ、エリザスが氷のようになってしまったのは。以前はもう少し、なんというか人間味があったらしい。だがそんな事情、オルテリアは知るよしもない。




