施設での出来事
突然だが、一人の少女の話をしよう。彼女は捨て子であった
曰くその子は、孤児を集め世話をしている、とある施設の入り口に捨てられていたのだという。ダンボールの中に、まだ一歳にも満たない赤子が入っていたのだ。
『引き取ってください』……ただそれだけの手紙と共に。
雨の日、立てかけられた傘の下で……寒さからか別の理由か元気に泣いている女の子。だが女の子に目を合わせると、まるでこちらを気遣うように笑うのだ。
見ている者が元気を分け与えられるかのような、そんな笑顔。
これを放置しておくなどできるはずもない。施設の人間は、赤子ををひとまず施設で育てることにした。
……「オルテリア」という名前は、赤子とともにダンボールに入っていた手紙に書いてあった、名前だ。
彼女は特に体の調子が悪いわけでもなく、すくすくと健康体に育っていった。
少女が物心ついた頃には、少女に親がいないことを伝えられたが……そもそも周りの子供たちはみんなそんな境遇だったため、悲しい気持ちも、何で親がいないのという疑問すら出てこなかった。
彼女の性格は、賑やかな子供の多い環境で育ったせいだろうか、いつも笑っているような明るく賑やかなものであった。だからか、オルテリアは子供たちの中でも中心的な存在で、男女問わず人気があった。
五歳の時点で、施設の半数の男の子から告白されるくらい異性にモテていたし、女の子にだってなぜだか告白されることもあった。
本当の両親の顔も知らない少女は、幸せな時を過ごしていた。
「待ってよオルテリアちゃーん!」
「もうっ、遅いわよユウキ!」
今日も今日とて、元気な声が響き渡る。それはこの施設内で一番元気な子供と言ってもいいだろうオルテリアのものだ。
施設内の遊具、ジャングルジムのてっぺんから地上を見下ろす姿は満足そうだ。腰に手を当て、えっへんと胸を張っている。
「あ、危ないよぉ……」
と、地上からオルテリアに呼び掛ける少女がいる。ジャングルジムのてっぺんに立つなんてそんなこと危ないと、目に涙を溜めてぷるぷる震えている。小動物のようだ。
「だいじょーぶよ! わたし、うんどーしんけーいいもの!」
「ふぇえ……」
少女……ユウキと呼ばれた、オルテリアと同い年の少女はそれでもぷるぷる震え続けている。大丈夫と言われても、そんなもの根拠がない。
いつ落ちてしまうともわからないと、下で右往左往するだけだ。
「ほら、よっ……どうよ!」
そんなユウキを見てか、オルテリアはあろうことか片足で立ち始める。しかもポーズを決めながら。うまい具合にバランスを取りながら、次々と色んなポーズに切り替わる。
それを見ているユウキは、あまりの光景に気絶してしまいそうなほどに目を回している。
「あ、あ、落ちちゃ……」
「とうっ」
オルテリアのバランスが、揺らぐ……と思いきや、ジャングルジムのてっぺんから飛び立ち、見事に回転まで加えながら地上に着地する。
その様子にユウキは、恐ろしいものを見るような、すごいものを見るような、安心したものを見るような、そんな複雑な表情を浮かべていた。
「すごーい……」
「ふん、当然よ! ユウキもこれくらいできるようにならなきゃ!」
自信満々と腕を組むオルテリアは、むふんと鼻息を荒くしている。元より人気者のオルテリア、運動神経までいいので余計に注目を浴びているのだ。
そしてそれを、気持ちよくも感じていた。
「わたしには無理だよぅ」
とはユウキ。ユウキはオルテリアの後ろばかりを着いてくる女の子だ。いつだったかは忘れたが、気がついたときにはオルテリアの後ろにいた。
自然と人気者……というより、自分を引っ張ってくれそうな人を察知したのだろうか。
どうやらオルテリアを憧れの人物として見ているようだが、同時に自分では到底追い付けないことも理解している。彼女より年上なのに情けなくは思うが。
「オルテリアちゃーん、あそぼー!」
「おままごとしよ!」
「いや、やきゅーしようぜやきゅー!」
憧れの人物、その周りにはいつも人が集まる。自分はその取り巻きの一人……にすらなれない名前もない登場人物だ。
自分を無視しないでいてくれるのも、彼女が優しいから、自分がくっついて離れないから仕方なく……ユウキは、そう考えていた。
ユウキには本当の名前がない。彼女の場合、施設に来たのは二、三歳の頃なのだが、どうやら彼女は、当時記憶を失っていたのだ。
どこから来たのかも親の名前も、自分の名前すらも思い出せない。
総出で彼女の手掛かりを探したが、何一つとして見つからなかった。警察などに要請しても、親の存在や生まれた場所すらも。故に、施設で引き取ることになった。
不安げな彼女。そんな彼女を見てだ、言葉を覚えたてのオルテリアが彼女を指差し「ユーキ! ユーキ!」と言ったのは。それが彼女の名前となった。
だからオルテリアはユウキにとって、憧れの人であって名付け親でもある。
「じゃあ、お人形でやきゅーしましょう!」
みんなの意見を取り入れた結果、人形を使っての野球大会が決定した。バットは木の枝、ボールは小石。ままごと野球の準備は進んでいく。
「あ、えっと……」
その間、仲間に入りたそうにしているユウキであるが、消極的な性格である彼女の声は届かない。
というか先ほどまでオルテリアの傍にいたはずなのに、いつの間にか人の輪の外に追いやられてしまっている。
そこへ、一人の男の子が声をかける。
「なんだよユウキ、いたのか。暗いからわかんなかったぜ!」
「あ、うぅ……あ、あの……」
「なんだよ、言いたいことあんならはっきり言えよなー。うじうじしてんならあっち行けよ」
それはいつも意地悪してくる男の子だった。勇気を持って話したいのに、うまくいかない。こんな性格、自分でも直したいと思っているのだがその願いは叶わない。
こんなのだから、年上の威厳もあったものではない。
それが悔しくて……瞳から、止めどなく涙が流れてきて。
「う、うっ……」
「な、なに泣いてんだよ、お前……」
その涙を目にするや、先ほどまで強気だった男の子の勢いが死んでいく。泣かせるつもりはなかったと、あわあわしている。泣いてしまった女の子を泣き止ませる方法なんて、彼は知らない。
「な、泣くなよ! そんなんだからお前はだめだめで……」
「ふえぇ……!」
泣き止ますつもりが悪化させてしまう。これだから女はめんどくさいんだと悪態をつきたいが、それではまた泣かせてしまいかねない。
これじゃ完全に自分が悪者だ。いったいどうすればいいんだ。
「こらー!」
ポカッ
「あたっ」
「なにユウキを泣かしてんのよ、カリィ!」
泣きそうな女の子を泣き止ませようとしている男の子……そこへ、何とも軽快な音が聞こえてくる。……が、軽快なのは音だけだ。
音の正体、拳骨を喰らった男の子は涙目になり頭を押さえている。
「~~~!!」
どうやら、言葉にならないほど痛いらしい。
「お、オルテリアちゃん……」
「ユウキを泣かせるやつは許さないわよ!」
腕を組みながらユウキを守るように立つオルテリアは、ユウキを泣かせた悪者を睨みつける。後ろでおろおろしているユウキは大丈夫だと伝えたいのだが、先に……
「いってえなこのぼうりょく女!」
「あんたが私のトモダチいじめるからでしょ!」
ぐぐっ……と二人は額をくっつけるほどに接近する。そのまま言い合いに発展するが、ユウキはそれを止めなかった。
今何気なく言ってくれた、『トモダチ』というのがとても嬉しくそれどころではなかったから。
「い、いじめてねえよ!」
「でも泣いてるじゃない! いじめてないんなら、あやまんなさい!」
理不尽だ、とカリィは思う。しかし元々泣かせるつもりはなかったし、謝ることで泣き止んでくれる……まではいかないにしても落ち着いてくれるならば……
結果、カリィはユウキに向き直り……
「……ごめん」
謝ることに。そして正直、トモダチ発言で先のやり取りがどうでもよくなっていたユウキは、目に溜まった涙を拭いながらも、カリィに対して。
「うん、いいよっ」
笑顔を浮かべながら、謝罪を受け入れた。その笑顔を目に、カリィは頬を赤くしてそっぽを向いてしまう。
「さっ、二人とも遊ぶわよ!」
仲直りできた二人の様子にうんうん頷いたオルテリアは、二人の手を取る。二人とも唖然とした様子だったが、そんなもの気にしない。
「お、オルテリアちゃんっ?」
「おい、おれは別に……!」
二人の声も、気にしていない。オルテリアはただ、二人を引っ張ってみんなの所へと連れていくだけだ。
みんなの中心にいるオルテリア、そんなオルテリアの後ろをついていくユウキ、そしてなぜかいつもユウキにちょっかいをかけるカリィ。
意識していたわけではないが、この三人は大抵一緒だった。




