許せない者、湧き立つ黒い感情
……ようやく落ち着いたのは、どれくらい経った後だろう。いや、まだ全然落ち着いてない。けど、少しだけ……ほんの少しだけ、心に余裕ができた。
泣きはらした目はきっと赤く酷い顔になっていることだろう。でも、そんなことは気にならなかった。
何を言うでもなく、カーリャさんは私が落ち着くのを待ってくれていた。この人に私、八つ当たりしちゃったんだよな。
少し気持ちに余裕ができたおかげで、今度は罪悪感と……自己嫌悪が襲ってくる。
私がちゃんと力を使えたら……お父さんを助けられたかもしれないのに。そしたらこんなことにならなかったかもしれないのに……と。だけど、それを口にすると……
「それは、違う。キミが自分を責める必要はない」
「うっ……」
そう言って、慰めてくれる。その気遣いは嬉しかった。けど……このやりきれない気持ちは……いったいどこにぶつければいいのだろう。
「とにかく、ここは危険だ……移動しよう。私の手を掴んで」
落ち着いても、気持ちの整理はつかない。だけど、時間は待ってはくれない。
この場に留まるのは危険だからと、差し出されるカーリャさんの手。これを掴めと、言っている。掴もうとして伸ばした手を、一旦引っ込める。
傍らにいるお父さんの手を、ぎゅっと握って。
「あの……お父さんは?」
「安心して……彼も、連れていく。手を、離さないで?」
不安な質問であったが、返ってきたのが私の望んだものだったので安心した。もし、この場に置いていかないとと言われれば、私はここを離れるつもりはなかった。
カーリャさんの言ったように、握った手を……ぎゅっと、もっと強く握る。
……あぁ……冷たいな。
「少しまぶしいが、我慢して」
もう片方の手で、カーリャさんの手を握る。次の瞬間、突然視界が真っ白になり……眩しくて思わず目を閉じた。
それも一瞬のうち……眩しさを感じなくなり目を開けると……そこは、見知らぬ場所だった。今の今まで、崩れた家の近くにいたのに、ここはまったく違う場所だ。
「ここは……」
辺りを見渡すと、そこは一面の緑。生い茂る木々、澄んだ空気……近くには、滝でもあるのか水の流れる音が聞こえる。ここはどこかの……森?
「身を隠すために、ここを拠点にしている。地上にしては、聖なる気があふれているみたいでね」
せい、なる……? 何を言ってるかわからないけど、私は、手を握っていたお父さんの姿を確認した。良かった、ちゃんといる。
「そこに小屋がある。そこまで行こう」
少し離れたところを指して言うカーリャさんに、頷く。でも、少し離れたところでもお父さんを置いてはいけない。だから、背負ってでも連れていって……
そう思っていたところだ。ふいに、お父さんの体が浮き始めたのは。まるで風船のように浮きそのまま移動していく。どうやらカーリャさんの力によるものらしい。
天使の力って、こんなこともできるんだ……
小屋に入って、簡易的なベッドにお父さんを寝かせる。天使の力で体を綺麗にしてもらっているため、端から見れば死んでいるとはわからない。
それから、また少し落ち着いてから……カーリャさんは、こうなった原因を話し始めた。
カーリャさん達の住んでいた天界。そこに突然、魔界から悪魔が押し寄せてきたというのだ。当然抵抗したけど、天界は悪魔の手に落ちたとのこと。
そして、天界の者は皆殺しにされたこと。命からがら逃げのびた者達も、悪魔に見つからないようこうして身を潜めていること。
魔界とか、悪魔とか……いきなりそんなこと言われても、さっぱり意味が分からなかった。けど、はっきりとわかるものがあった。
……お姉ちゃんが、死んだ、ということ。
頭が真っ白になった。信じられるわけない。けど、カーリャさんの表情は嘘を言っているようには見えない。直接会ったことはない姉。
しかし、胸の奥の喪失感は確かなものだった。いやでも体が、心が反応してしまう。その経緯を、神様を庇い身を自ら犠牲になった、と言っていた。
何それ。訳がわからないよ……神様? 庇った? 犠牲?
その神様ってやつを庇ったから、お姉ちゃんは……死んだ。庇いさえしなければ、きっとお姉ちゃんは……
自分の中に黒い感情が沸き上がってきているのが、自分でもわかっていた。
「すまない、私だけのうのうと生き残ってしまった」
「いえ……教えてくれて、ありがとうございます」
カーリャさん、いい天使だな。……いくら友達の妹だからって、ここまでしてくれて。謝罪なんてしてるけど、助けてくれてこっちが感謝しなきゃいけないのに。
「奴らの追跡は、未だ続いている。奴らの目的は、一番はおそらく神様だ。狙われていたしね。
くわえて天界を手中に収め、生き残りや天使の血を引く者……さらには、天使と関わりを持つ者に至るまで、天に関する全ての者を、根絶やしにすることだろう」
憶測だが、と付け足して、カーリャさんの意見を聞く。それが本当でも推測でも、正直どちらでも構わない。
わかっているのは、奴らのせいで、お父さんが死んでしまったということ。お姉ちゃんが死んだこと。それに……
「母君は……クラディス様は、行方不明だ」
お母さんは、行方不明……生死も不明だという。生きてるかも死んでるかも、わからない。生存がわからないというのは、ある意味死んだと聞かされるよりもつらいかもしれない。
生きてるとも死んでるともわからないため、希望は持てても……その分、結果がダメだった場合のダメージが大きい。
それに、生死がはっきりするまで……この嫌な感じが、ずっと胸に渦巻いているということだ。
「……そう、ですか」
お姉ちゃんの話では、お母さん……クラディスは、天界の中でも上位の存在らしい。それこそ、大天使と呼ばれる立場で、神を支える二大天使のうちの一人だと。
それがお母さんだって、聞いたことがある。自分の話をされてるお母さんは、照れくさそうにしてたっけ。
直接会ったことはない私の家族は……話している時のお母さんやお姉ちゃんはとっても優しくて、話していると胸がポカポカした。なのに……もう、話すことはできない。
いつか直接会いたいと願っていた想いは、もう叶わないんだ。
……今日で私は、三人の家族全員を失ったんだ。
「リーシャちゃん、キミは遠くへ逃げるんだ。幸い奴らは、あの爆発でキミが死んだと思っている。
それにキミは今まで人間社会で暮らしてきた。目立つ行動をしなければ、奴らに生存がバレることはない」
カーリャさんが何か言っているが、耳に入ってこない。お父さんも……お姉ちゃんも、お母さんも……みんな、奪われた。その事実だけが、心を塗りつぶしていく。
悪魔が天界を襲ったのは何で? ……それは、神様が、いたからだ。
お姉ちゃんが死んだのは何で? ……それは、神様が、いたからだ。
私から家族を奪ったのは……悪魔と……神様ってやつだ。
「リーシャちゃん? 聞いてるのか?」
「……カーリャさん」
ゆっくりと、顔を上げる。心配そうに私の顔を覗き込んでいたカーリャさんは、私の顔を見て軽く目を見開いていた。この時の私は、どんな顔をしてたんだろう。
「私に……天使の力の使い方を教えてください」




