私達の世界
バランダとの戦いのときに感じた、あの黒い感情。もしもあれが、私の中のケモノだと言うのなら……私は……
「リーさん!!」
「ぁっ……」
私を呼ぶ声が、私を現実に引き戻す。今私は……ギィルディルヒに呑まれていたのか。何をされたわけでもないのに言葉だけで、動けなくなってしまった。それに、息が苦しい。
「リーさん、これ以上その男の言葉を聞く必要はありませんわ」
目の前に、青髪がなびく。細身ながらもたくましい背中は、いつも私を助けてくれるパートナーのものだ。彼女は、強くまっすぐな瞳をギィルディルヒに向けている。
「おやおや、あんたは強いなボインねーちゃん。動揺一つすらしてねぇじゃねぇの」
「その呼び方やめてくれますか狂気変態男。あなたとリーさんが、私達が同じだなんてあるはずがありません。あまりリーさんをいじめるなら、人でも容赦はしませんよ」
自身のあり方に迷ってしまった私とは違い、オルちゃんは迷うことなく向き合っている。あいつと私達は違うと、はっきりと断言している。
「ただ快楽のために殺しているあなたと、一緒にしないでください」
「正当な理由があれば殺しも正当されるってか? 快楽のためだろうが、世界を云々のためだろうが……オレに言わせりゃ『殺し』は『殺し』だ。悪魔だろうが人間だろうが、そこにどんな理由があろうが命を奪うことに変わりはねぇだろ」
この二人が……いや、私達とギィルディルヒとがわかりあえることは、この先ありえない。そう思えるほどに、空気がぴりつく。両者の意見はどこまでいっても平行線で、交わることはない。
ギィルディルヒの意見も、わからないでもない。どんな理由があっても殺しであることに変わりはない……これは正直、事実だ。どうしようもない理由があったとしても、殺してしまうことはそれだけが真実になる。
とはいえ……私達と、この男が同類だなんて、そんなこと認めたくはない。自分の快楽のためだけに殺しをしているこの男と……同じだなんて。
「確かに、そうかもしれません。殺しは殺し……悪魔や魔物を殺している私達も、そういった意味では同じなのかもしれません。それに、あなたの言う通りもう、以前の生活に戻ることはできない。意味はないのかもしれない。ただ……そうだとしても私達は止まれない。私達は、この世界が好きなんですから」
オルちゃんは、ギィルディルヒの言葉を受け……真っ向から、言葉を返す。まっすぐな瞳で、強い言葉で。
「リーさんが、アカリさんが、ヒロトさんが、エルシャさんが……キルデがいたこの世界が、私は好き。元の生活には戻れなくても、好きな世界を、取り戻したい。命を懸ける理由なんて、それだけで充分ですわ」
……聞いたこともなかった、オルちゃんの真意。わざわざこんなこと、聞く機会なんてなかったのだが……オルちゃんがこうも、世界を好きだと思っているなんて初めて知った。
たとえ、元の生活に戻れなくても……みんながいたこの世界が、好きだから。未来の世界ではなく、過去の世界。『世界』なんて大袈裟に言うけど、結局のところ『世界』なんて人それぞれなのだ。
この星丸ごとを指して世界と言う人もいるだろうし……でも、私達にとってはそうではない。学園でみんなと過ごした、ささやかだけど幸せな私の『世界』。オルちゃんが、アカリちゃんが、ヒロトが、エルシャがいた私の世界。私の、私だけの世界。
あの頃の、幸せな思い出をいっぱいくれた世界。……世界を取り戻すだなんて、そんな難しく考える必要はなかったんだ。幸せな時間をくれたこの世界が、好きだから。それだけでよかったんだ、戦う理由なんて。
「ですから、この世界を好きでもないあなたと、私達のしていることを、一緒にしないでほしいですわね!」
まるで決め台詞を言うかのように、腰に手を当て、オルちゃんは言い放った。




