最後にいったい何が残る
この男には、おそらく目的なんてない。多分、殺したいから殺した、なんてシンプルで嫌悪すべき理由だ。
……以前戦った、バランダという悪魔と人間のハーフがいる。彼女の記憶を垣間見て知ったことではあるが、彼女も母を手にかけている。だが、あの時とは事情が違う。
こんな言い方は嫌だけど、彼女には相応の理由があった。母を手にかけ、邪の道に堕ちるだけの理由が。だがこの男は……ただ自分の欲望のためだけに人を手にかけている。
「けどあんたらも、同じだろう?」
嫌悪……そんな感情、今まで人に向けたことはなかった。悪魔はともかくとしても、キルデや、ヒロトすら完全に嫌悪はできない。それをこの男には、感じている。
だからだろうか……奴が言った言葉が、すぐには理解できなかった。あんたらも、同じだろうと……そんな、全く予想外の言葉が理解できなかった。
「は…………何……おな、じ?」
「だってそうだろうよ。こんな殺伐とした世界で旅をするなんざ、あんたらもオレの同類ってことだろ? そんなに嫌悪しなくても……」
「一緒にしないで!」
怒りを通り越して、呆れる言葉だ。奴と同類……それはつまり、私達が好き好んで魔物を倒して回っていると、そういうことだ。冗談じゃない。
「私達は、この世界を奴らから……悪魔から取り戻すために……!
「……取り戻す?」
勢いから出た、しかし本心の言葉。だが……瞬間、空気が変わった。
「世界を取り戻す……本気で言ってんのか?」
男は……ギィルディルヒは、瞳を向けてくる。それは、背筋が伸びてしまうほどに冷たい瞳で、こちらの心に入り込んでくるような視線で。思わず、その空気に気圧されそうになる。でも……ここで、呑まれるわけには。
「え、えぇ。当然で……」
「ムリだな」
だけど、私の言葉はバッサリと、冷たい言葉によって切り捨てられる。
「今この状況で、戦える人間と悪魔、魔物……その対比率がどれだけあると思ってんだ? 一匹一匹は雑魚でも、何百何千に囲まれたらどうする? お前に勝てんのか?」
「……それは」
「それに……万が一、お前の望み通り、悪魔を全滅させて、世界を取り戻したとしよう。……そこに、何が残る」
サングラスによって、奴の目は見えない。だが、その目に私の心が見透かされているかのような、そんな感覚に陥る。心を、体を縛り付け、ねっとりと見透かされるような、そんな感覚。
気持ち悪いのに……無視できない。抗えない。まるで、私の意識に、無視させないように巧みに言葉を使って語りかけてくる。私の心を、揺さぶってくる。
「青臭いガキが、わざわざ悪魔退治に狩り出てんだ。理由としちゃ、復讐が近いか。家族かお友達……何か大切な人か物を奴らに壊されて、それがきっかけで奴らを狩り始めた」
当然この男には、私達が旅を始めた理由は教えていない。神力学園での出来事も然り。だというのに、まるで見てきたかのようにその理由を話し始めた。しかも、大まかには当たっている。
ただ……狩りだのそういう言い方は、ニュアンス的に違う。この男のことだから、敢えてそう言っているだけなのかもしれないが。
「だがまぁ……わかってるはずだ。奴らを殺し尽くしても、壊れたものは戻ってこない。無くしたものはない。大切なものを失って世界を取り戻す決意をしたのに、取り戻した世界に大切なものはない。それなのに、世界を取り戻すなんてたいそうな野望抱えて旅を続ける意味……あるか?」
奴の言葉を聞く度に、心が直接殴られるように衝撃を受ける。それは、無意識に考えていたこと……アカリちゃん達のいない世界を取り戻して果たして意味があるのかという、なるべく考えないようにしていたことだからだ。
「いやぁ、別のところに意味はある。それはお前が、『殺しの快楽』に溺れてるからだ」
「ころ……」
ギィルディルヒの言葉が、頭に染み込んでいく。心に直接、語りかけるかのような。
「世界を取り戻す、そのために悪魔を倒す……なるほど素晴らしい考えだ。つまり……世界を取り戻すという大義名分さえありゃ、悪魔をどれだけ殺しても構わないってわけだ」
「なっ! そんなことは……」
ない……とは言えなかった。認めたくはない。けど、客観的に見れば、私達がやっているのはそういうことになって……
「悪いとは言わねえさ、むしろ尊敬するぜ。今度からオレも、世界を取り戻すをモットーに悪魔を殺ることにするわ。そうすりゃただの殺戮者から世界のために戦うヒーローだ」
ケラケラと、耳障りな笑い声が聞こえる。だが耳を塞ごうにも、手が動かなかった。
「『倒す』だの『やっつける』だの、収まりのいい言葉でごまかしても、結局は殺すってことだ。世界を取り戻そうが失ったものは戻らない……利があるわけじゃない、意味のないことだ。つまりあんたらは世界を取り戻すという名目で、ただ悪魔を殺して殺して殺しまくってるだけなのさ」
違うと否定したい。いや、とにかく何か言い返したい。何でもいい。……でも、渇いてしまったように唇がかさつき、うまく動いてくれない。
「捕らえられてる人間を自由にするため? この世界を救えるのは私しかいないんだから? ……ただ自分に酔ってるだけだ。そんなクソみたいな理由、どうでもいいんだろ? 別に理由があったんだろ?」
そんな……そんな、ことは、ない……!
「人間じゃない、悪魔だから殺してもいい……なんてこと考えられるほど図太い神経はしてねぇわな。そうなら天使ってやつも人外だ。悪魔だからとか、そうじゃないとか関係ねぇんだ。ただ……正当な理由が欲しかっただけだ。生き物を殺す、正当な理由が」
「ち、ちが……う。私は……」
そんなことは、ない。ないはずだ。でも奴の言う通り、世界を取り戻すという名目で悪魔や魔物を倒す……殺しているのは事実だ。結論だけ見ると、そうなってしまう。
「あるだろう? 自分の中に……どうしようもない、何もかもぶっ壊したいって衝動が。ケモノがいるのが、わかるだろ?」
「ち、ちが……う……違う……! 私……」
そんな気持ち、あるわけがない。私はただ、悪魔の支配からみんなを解放したいだけ。その中に、確かにアカリちゃんは、エルシャは……以前の生活は、帰ってこないけれど。それでも。
……でももしかしたら、という疑念が胸の奥にある。私の中の、ケモノ。だって、心当たりがあるから。バランダとの戦いで、途中意識を失ったあの時……我に返った時には、彼女を半殺しにしていたのだ。
彼女の耐久力が並外れていたからそれで済んだけど、そうでなければ殺していた。




