純粋なる殺人鬼
「あっ」と、その時声を漏らした人物がいた。それはユメちゃんで、その顔は青ざめていた。
「ギィルディルヒ・バトンって……確か、殺人鬼の名前じゃ……」
怯えたように告げるユメちゃんの言葉に、頭の中で引っ掛かっていた何かが解けた。それはオルちゃんやエドさんも同様のようで、唯一スカイくんだけがわからないといった表情を浮かべていた。
「さつじん、き?」
「……とっても悪い奴、ってことだよ」
ただ、その言葉の意味を伝えるためにそれだけを伝える。単純な説明なだけあって、スカイくんは警戒するような、怯えたような、そんな表情になる。
「お、もしかしてあんたらオレのこと知ってる感じ? イヤァ、有名人は辛いねぇ。……ただ……ずいぶんと嫌われた言い方だねぇ」
けらけらと笑う男……ギィルディルヒに、しかし私達は警戒を解かない。
ギィルディルヒ・バトン……その名は、世界が悪魔に支配されてしまう以前から、テレビや新聞、ニュースなどメディアを度々賑わせていた。
何せ……本人も言うように、有名人だったから。悪い意味で。
いつからだったか、はっきりした時期は覚えていない。ただ始まりの事件は、はっきりと覚えている。とあるマンションの一室で、年配の女性の遺体が発見されたのだ。思い出すのも気持ち悪くなるほど無惨な姿で。
当時現場には犯人と思われる人物を確定に至らしめる証拠が複数残されていた。凶器、指紋、毛髪……そこに残されていたあらゆるものが示していたのは、一人の人物だった。
それが、ギィルディルヒ・バトン。ちなみに被害女性の名前はカーラ・バトン。……ギィルディルヒの、母親だ。
犯人は特定され、事件はすぐに解決するかに思われた。だが不思議なことに、どれだけ経ってもギィルディルヒは捕まるどころか見つかることすらなかった。
その間にも、第二第三の殺人は起こり……確か、半年で十の遺体が見つかった。その犯行全てが、ギィルディルヒによるものだ。
正体もわかっているのに、捕らえられない殺人鬼。彼の存在は連日ニュース、新聞を賑わせ、学園にいた頃も周りはその話が話題に上がることも多々あった。
結局、捕まったという情報はないまま、時は経ち、世界は変貌を遂げ、そして……今ここに、殺人鬼と言われた男が立っている。その事実に、ただ戦慄するしかない。
今は不敵な笑みを浮かべているが、いつ私達に襲い掛かってくるともわからない。……何せ、自分の母親を手に掛けた『母殺し』なのだから。そんな私達の警戒を感じ取ったのだろう、彼は……
「アァ、そんな警戒しなくても大丈夫だっての。別に取って食いやしねぇから」
ため息を一つ、漏らした。とはいえ、そんな言葉を簡単に信じるわけには……
「あなた……報道されてたことは、本当ですの? その……殺人鬼、などと」
何を言えばいいのか。機嫌を損ねるわけにはいかないからと言葉を選んでいる間に、オルちゃんがまさかの直球に言葉をぶつける。
実際に、世間で言われていたことは事実なのかと。わざわざ確認したのだ。
真実を、本人の口から聞きたいということだろうか。自分の目で確認せずに、勝手に判断するというのは、オルちゃんの中の正義が許さないのだろう。
果たして本人……ギィルディルヒは、何を言うのか。その言葉に、反省はあるのか。それとも濡れ衣だと弁解するのか。それとも……
「ん? あぁ、マジマジ。世間じゃあれだけオレのこと報道してんのに、一向に捕まえに来ねえマジウケたわ。それよかよぉ、あの人を殺る感覚……あれは最高だったなぁ」
「……黙れ」
「命が儚く消えてくあの瞬間がたまんねぇんだよ。初めては母親だったんだけどよぉ、今でも鮮明に覚えてるぜ。あの悲鳴、表情……体中を裂いて、どこまで生きたまま耐えられるのかを試して試して、最期ついにそいつの生命が尽きてイった時には、柄にもなく高揚しちまって……」
「もう、黙れ!!」
聞く言葉が……奴から語られる言葉全てが、神経を撫でてくるように私に不快感を与える。その内容はおぞましく、それを嬉しそうに語る。この男は……人間じゃ、ない。
オルちゃんの思っていたように、周りの情報に流されて……もしかしたら別のところに真実があるかもしれないなどと、そう思ったのは間違いだったらしい。
本人が認めたどころか、こんなに嬉しそうに……生き生きしながら話されると、認めるしかない。この男は、ギィルディルヒ・バトンは正真正銘の、殺人鬼だ。
誰かに……ここまで不快感を覚えるのは、初めてだ。悪魔にすら、こんな感覚を覚えたことはない。
憎いとも、悲しみとも違う……ただ純粋に、拒絶。こいつとは相容れることはできないと、体が、脳が拒絶している。
「あなた……狂ってますわ」
驚いたように、怒っているようにオルちゃんは言う。この話を受けてなお真正面からぶつかる姿はさすがであるが、ちょっとは抑えてもらっても……
それを、受けたギィルディルヒは……
「だろうな、知ってる」
自身が異常であることを、認めた。




