挑発男
「っはぁ、斬った斬った。けどやっぱ、なぁんか物足りねえなあ」
けらけらと笑うのは、体中に魔物の返り血が付着した、例の男だ。紫色の髪が赤く塗れているが、本人は気にしていない様子だ。
あの後、紫男の乱入により戦況は大きく動いた。ボス魔物を倒されたからか、エドさんだけでなく紫男にも標的を加えた魔物達。これによって、エドさんにかかっていた戦力は二分された。数が減り、エドさん一人でも対処できるレベルに。
問題は、紫男だ。ボス魔物を倒した時点で、かなり高い実力を有していることはわかっていたが……襲い来る魔物を、次々に斬っていくほどの戦闘力を持っていた。力も、速さも、荒々しくも確かな結果となって魔物を屠っていった。
その姿は、まるで……本で読んだことのある"夜叉"を思わせるものだった。
「……何者なの、あなた」
高い戦闘力を持った謎の男。魔物を倒していたのだから、敵ではない……と思いたい。でも、楽しげに魔物を斬る姿が、忘れられない。
だから私は、警戒を持って男に問いかける。そんな私に対して……
「んな警戒すんなっての、ちっちゃい嬢ちゃんよ。後ろのあんたらもな」
こう、答えた。後ろのみんなも、それぞれが警戒心を露にしているのだが男は、そんな私達の様子を気にした風もない。それは、味方だから警戒するなということ? それとも、自分の実力なら簡単に私達を倒せると?
何を考えているのかわからない。……が、今とても気になる言葉があった。
「ち、ちっちゃい……?」
それは完全に、私を指したものだ。目の前に立っている、それも初対面の私に対して、躊躇することも悪びれることもなくこう言ってきたのだ。
「ち、ち……」
「り、リーさん! 落ち着いて!」
初対面の、わけのわからない男に言われた言葉が胸に突き刺さる。うわぁ、自覚してたけど、初対面の年上の、しかも異性にそんなことを言われるというのは何とも……ダメージがでかい。
しかも、しかもだ。身長のことならまだ理解して呑み込んでやるが……今この男、私の胸を見て言った。間違いない、言いやがった。この男、デリカシーの欠片もない。くそぅ……!
「へぇ、そっちのねーちゃんはおっぱいでけえじゃねえの」
そんでもって私に駆け寄ってくれたオルちゃんには、こう言うのだ。完全に胸の話だし、しかも比べられた。それに私のことは「嬢ちゃん」、対してオルちゃんには「ねーちゃん」と言った。お、同い年なのにぃ……
そんな、初対面でそんな評価を受けたオルちゃんはというと……
「……失礼な方ですわね」
衝撃を受けたのか、一瞬の間があった後にこう返した。だが、口調こそいつも通りだが……目が、とても冷めていた。オルちゃんがこんな(まるでゴミを見るような)目で人を見たのを、私は初めて見た。
「けははは! いい目してんじゃねえか。オレにそういう趣味ぁねぇが、思わずゾクゾク来るぜ? ボインねーちゃんよ」
「この方、今すぐ黙らせた方がいいかしら」
からかうような男の言葉は、見事にオルちゃんの不評を買ったらしい。言葉は大人しいが、その身にピリピリ感じる、彼女の体に宿る神力だけは隠しようがない。詰まるところ、いつ神力をぶっ放しちゃってもおかしくないということだ。
「ちょ、ちょっと待って! ほら落ち着こ、ね!?」
だから私は、二人の間に入って仲裁を試みる。な、何で私がこんなことしなくちゃいけないんだ。
でも、せっかく出会った、魔物を倒すという志を同じくするであろう人間だ。彼の実力も然り、ここで敵対することは避けたい。だからここは、穏便に済ませて出来るなら協力関係を……
「……リーさんが、そう言うなら……」
「てめーはお呼びじゃねえよ。すっこんでろちっぱいロリ」
「よしオルちゃん、こいつ埋めよう」
前言撤回。こいつは女の敵だ。たとえば仲間になってくれないかとも考えたが、それは無理な話らしい。それどころか、協力関係を結べるかどうか。そう、この男は信用ならない、からだ。断じて、個人的にこの男が気に入らないからではない。
……断じて、個人的にこの男が気に入らないからではない。
「……へえ」
もちろん、ちょっと痛い目にあってもらおうという程度だ。うん、それくらいのことだ。
だけど、そんな私達に対して……
「このオレとヤろうってのか? ……おもしれぇ」
まるで、胸の奥底にずしんと響くような、そんな重々しい殺気を放ってきた。
「ま、まあまあ! 二人とも落ち着こう、な?」
一触即発の空気。それに待ったをかけたのがエドさんであり、対峙する紫男と私達との間に割って入る。ここで争う空気になってしまっているのだが、それを阻止しようと苦笑いを浮かべている。
彼の言う通り、ここで争うことには何の意味もないんだけど……
「てめーは下がってろや、三流剣士」
「……さん、りゅう?」
先ほどからこの男が、めちゃくちゃ挑発してくるのだ。これを受け流せればいいのだけど、なぜだかこちらが聞き逃せないような挑発をしてくる。
今もほら、エドさんに向かって、聞き捨てならないことを。多分、外見のことを言われてもエドさんは何とも思わないだろう。でも、剣のことは……
「だってそうだろ? あんな魔物にあんな体たらく……三流がいやなら、なんちゃって剣士とでも言い直そうか?」
挑発にさらなる挑発を加えて。これにはエドさんも、顔が引きつっている。あぁ、必死に耐えているというのがすごいわかる。ここで挑発に乗ってしまうわけにはいかないと、必死に葛藤しているのがわかる。
対して男は、ニヤニヤと楽しげに笑っている。この男もしかして、ただ楽しんでいるだけではないのだろうか……?
「ちょ、ちょっとみんな……落ち着こ。ね」
後ろから恐る恐る話し掛けてくるユメちゃんは、震えながらもそう告げた。
「そ、そっちのお兄さんも……あんまり、みんなを挑発しないで、くれると……」
いつも明るく活発なユメちゃんが、小さく縮こまっている。さすがに、不良みたいな相手を目の前にして怯えているのだろうか。そんなユメちゃんを見るのは新鮮だが、震え続けさせるわけにもいかない。
「あの……さっきは、助けてくれた形になったので、お礼は言いますけど……その態度を続けるなら、もうこれで……」
「にしても、女ばっか侍らせて、そこのなんちゃって剣士はずいぶんなご身分だねぇ。毎日退屈はしないんじゃねぇの? 羨ましいこって。オレも混ぜてくんない?」
「っ……」
ダメだ、この人……まともに取り合うつもりがないらしい。
オルちゃんの中で男への評価はただ下がりなのか、小さく「下品ですわ」って言ってるのが聞こえた。このままだと本当にオルちゃんが男に突っ掛かっていってしまいそうだ。
仕方ない……せっかく会えた、魔物と戦う実力者の人間。だけど、彼と協力することはどうやら無理のようだ。ならばこんなところで、時間を浪費するわけには……
「おいおい待てっての。怒っちゃった? おこ? 悪かったよ、一人での生活は退屈でねぇ、ついついはしゃいじまったんだよ」
私が背を向けたのを見てからか、男から謝罪が贈られる。謝罪とはいっても、先ほどと何も変わらない軽い口調でではあるが。




