殺人衝動
一見何の不思議もない服装。オシャレな服装。……こんな世の中で、あんな小綺麗な格好をしているのが、違和感だ。私達と同じ旅をしているにしろ、悪魔に捕まって逃げ出したにしろ……服装に気を使う余裕なんて、ないはずだ。
何より、新品同然に見える。あんな服どうやって? まるで、どこかで服を盗んできたかのような……
「はっ……」
男の観察に気を取られていたが、低い唸り声が響く。倒れていた魔物が、男に狙いを定めたのだ。
突如現れた邪魔者の存在。魔物が敵意を男に向けたのがわかり、辺りに緊張感が走る。だが敵意を一身に受けても男は、怯むどころか不敵な笑みすら浮かべていた。
「何だあ?オレを殺したいのか? ……いいねえその殺意。ぞくぞくするよ」
向けられる殺意に男は、笑って見せたのだ。その異様な光景に、離れた所にいる私ですら戦慄してしまう。声は楽しげに明るいもので、サングラスの奥の瞳が輝いているんじゃないかと思えるほどに。
本来ならば、助けに入らなければならない場面……だというのに、体は動かない。その間にも魔物は、男へと足を進める。一本無くなったことにより、三本になったその足で。
「ガルルァアア!」
三つの内一つの首が、雄叫びを上げて男に襲い掛かる。だが男は相変わらず焦ることはなく、その場に立ち尽くしている。そして、魔物の口が男を捉えようとした……その直前。
「おらぁあああ!」
魔物に負けず劣らずの雄叫びを上げ、男は右手に握り締めたそれを、魔物の頬に思い切りぶつけた。それにより、人間など丸飲み出来るであろう魔物の顔が弾かれた。
さらに男は追い打ちとかけるように、弾いた魔物の首と、それをつなぐ部分……詰まるところ首……を、斬り裂いた。
斬られた魔物の首は、声にならない声を上げてその場に落ちる。三つの内一つの首を無くし……ようやく魔物は、男に恐怖を覚えたらしい。唸りつつも、後ずさりしていく。
「おい……何逃げようとしてんだ」
だがそれを、男が逃すはずもない。静かな言葉で……確かな威圧感で、魔物の動きを止める。さっきまで、この場を支配していたはずの魔物が、完全に呑まれてしまっている。
それほどに、目の前の男が脅威だと、魔物の本能が理解したのだろう。
それに、どのみち片足を失った状態では満足に逃げられない。それを理解したのか、魔物は再び男に吠える。咆哮だけで風圧が起こるほどのそれを、男はまるで子守歌でも聞くように涼しい顔で受け流している。
「ガルルゥウウ……!」
近づくのは危険と判断したのか、魔物はその場で動きを止め……魔力を集中させ始める。それは強大な力であるというのが伝わり、それが顔……正確には口の中に集まっている。
「あ、あれは……」
あれは、まずい。直感がそう判断した。あんな魔力を放たれれば、男が無事で済まないどころか……辺り一帯が、吹き飛ぶ。このまま撃たせるわけには、いかない!
そのため、魔物の攻撃を止めるため動き出そうとした時だった。私は、あまりの恐怖に……またも固まってしまった。魔物に臆したわけではない。そうでは、ない。
「くくく……!」
……この状況下で、笑みを絶やさない男に、言いようのない恐怖を覚えたから。
「あっ……」
だがその間にも魔力は溜まり……後は、放たれるのみ。もう、間に合わない……そう思い、咄嗟にみんなを守るために、防壁の側に移動しようとしたのだが……
「わざわざ長い溜めご苦労さん。けど、足りねえなあ」
男は、駆け出し……自ら、魔力の塊に向かっていく。狂ってしまったのだろうかと思ったが、それも一瞬だ。男は、魔物の顎を剣で殴り上げ……開いたままの口を無理やり閉じさせた。
すると必然的に……溜めていた魔力は、口の中で暴発する形になる。自分の魔力で、自分にダメージを負ったのだ。しかも、いかに外が硬かろうが口の中では関係ない。
「んな隙見せたら、対処されんのは当然だろうが」
自らの魔力が口の中で暴発し、魔物は思わずふらつく。足取りがしっかりせず、加えて片足を失っているために体勢を立て直すのは困難だろう。
その隙を、男は見逃さない。
「はぁあ、せっかく楽しめると思ったが……残念だ、よ!」
退屈そうにため息を漏らし、倒れる魔物の顔面を殴り飛ばす。その時ようやく、気づいた。彼が握っているのは……剣というより、木刀であることに。
続けて男は、往復ビンタの要領で魔物の顔を殴り続けていく。足や首を切断した殺傷力や、今魔物を殴り続けている殴打力……それが、あの木刀の力なのだろうか。それとも、あの男自身の?
斬る力と殴る力。これを使い分けているのがあの男の技量によるものだとしたら、やはりあの男、ただ者ではない……!
「……けっ、もうしまいか?」
目の前の光景に半ば逃避ぎみに男を観察していた私の耳に……つまらなそうに、吐き捨てる男の声が聞こえた。それに思わず反応してしまい、改めて目の前の光景に意識を戻す。
……トラック程の大きさのある魔物は無様にも倒れ込み、ピクリとも動かなくなっていた。切断された足や首だけでなく、赤黒い血が地に散っており、男にも付着したそれがいっそうに生々しさを際立たせる。
「……はっ、どうしたよ。ママが殺られてぶちギレってか?」
しかしボス魔物の無惨な姿を目にしても、油断はできない。周りには、エドさん一人では対処しきれなかった魔物達が集まってきていたのだから。それを見て男は、楽しげだ。
ボス魔物がママなのか、それ以前に魔物に性別があるのかわからない。だからそれは、単なる挑発なのだろう。言葉が通じるかはわからない。
……だが魔物は、男に襲いかかる準備万端とばかりに唸っている。魔物が、一斉に襲いかかる……その前に、男が動き出した。
「ヒャハハハ! せいぜい楽しませてくれよ!」
魔物の群れに自ら突入し、木刀で殴り飛ばす。殴り飛ばす。殴り飛ばす。……返り血を浴び、尚も笑い特攻する男に……私は狂気を感じていた。




