運命の日
「……ここは……」
目を開けたそこにあったのは、さっきまでいた場所と同じ景色。……けど、アカリちゃん達がいない景色が広がっていた。おそらく、さっき私を包んだ黒いもののせいだろう。
なるほど、つまりは結界ってことか。さっきのと場所とは別の結界を張って私とアカリちゃん達を分断、確実に一人消しておこうって算段らしい。私が天使と人間のハーフだから警戒して、って可能性も考えられるけど。
こうして冷静に分析できていることに、自分でも驚きだ。悪魔の張った結界にたった一人。状況は最悪なのに。
……最悪、か。こんなもの、最悪に入らないな。本当の絶望は、あの時もう……
「どうしたもんかな」
私達の前に現れた悪魔、メルガディス。聞いた話だけど、悪魔四神きっての策略家だとか。奴らの中では、参謀のような役割を果たしているらしい。
けど、それも最近の話で……昔は、魔界一の大参謀がいたらしい。噂じゃ、その大参謀が死んだから、それを受け継いだとか。でもまあ、そんなのは些細なことだ。
天界が魔族に滅ぼされてから……辛くも生き残った天使達は、各地に散り身を隠しているみたいで。その中でも、お姉ちゃんと仲の良かった天使は、私と連絡を取り合い情報をくれている。そこで得た情報だ。
だから、神様が地上に降りてきたらしいことは知っていた。何とかして探し出してやろうと思ってたけど……まさか、こんな簡単に見つかるなんて。
神様だか何だか知らないけど……あいつがいなければ、天界は。……あいつがいたから、お姉ちゃんは……
「っ……」
胸が、痛い。あの時、私が、貴女のせいで死んだ天使……ファルニーゼの妹だって教えたら、あいつは相当驚いてた。私はすぐに貴女の正体に気づいたのに、貴女は気づかなかったんだね。
まあ、それも仕方ないか…お姉ちゃんに妹がいるという事実は、天界でも限られた者しかしらないことだから。それに私は純粋な天使ではなく混血、しかもあいつは神の力を失っている。気付けるかもわからないだろうし。
……私達のお母さんは、二人の男性を愛した。一人は同じ天界の男の人、そしてもう一人は下界の……人間界の男だった。
天の者が下界の者と関わりを持つなど、本来許されないこと。けどお母さんは……神様の目を盗み関わりを持つどころか、その男性と愛し合い、子を設けた。
人間との間に出来た子……そんなものがバレれば、私はもちろんお母さんもどうなるかわからない。だからお母さんは、生まれたばかりの私をこの人間界で育てることを決めた。
私がそれを知ったのは、ほんの数年前。お父さん……お母さんが愛した男性と、知らない女の人が連絡を取り合っているところを偶然聞いてしまった。まるで魔法みたいに、壁に映像のようなものが映し出されていて。そこに映っていたのが、お母さんだ。
今まで、お母さんはいないものとして育ってきた。お父さんは男手一つで私を育ててくれて、そのことに不満なんてなかったし、寂しくなかったといえば嘘になるが、それ以上にお父さんは私をすごく愛してくれた。
だから、お母さんがいたことに少なからず衝撃があった。しかも、お姉ちゃんまでいると言うではないか。
でも同時に、ショックだった。お母さんがいる嬉しさがある反面、自分は人間ではないのかという事実。……しかも、みんなから望まれないような存在だったのかと。動揺から、つい物音を立ててしまった。
結果見つかってしまったけど、そこからどう流れたのか……結果として、お母さんと話すことができた。不安だったけど、その時に話したお母さんやお姉ちゃんはとても優しくて……お父さんも、人間でも天使でも、自分の子には違いないって言ってくれた。
嬉しくて、泣きじゃくったっけ。
それからも二人は、神様の目を盗んでは連絡をくれた。あまり多くお話はできなかったけど……それでも、時間を見つけては連絡をくれた。それが、私にはとても嬉しかったのだ。
私の存在を知っているのは、お母さんやお姉ちゃんが本当に信頼している者だけ。お姉ちゃんは神様と仲を良くしてもらってるって言ってるけど……神様にバレたら本末転倒だし、話していないらしい。
その頃の神様は、まだ子供だったらしいし、力も不安定で隠し事も気付かれなかったのだろう。
自分が人間と天使のハーフだと聞いても、特に生活に変化はなくて……平和な時を過ごしていた。けれど、ある時から、不定期に連絡のあった天界から、連絡が途絶えていた。
……ちょうどその時期だった。世間で"神力"と呼ばれている力が私に表れ始めたのは。この力が発現した者は、とある学園に通うことになるらしい。
名を、神力学園。そこには神力を扱える者が集まり、使い方とか色々と教わっていくらしい。名前の通りといえば通りだ。そこは一般で言う高校みたいなもので、そこに入れることに友達も、先生も喜んでくれた。
私は嬉しかった。まるで、自分の存在が認められたような気がして。でもそれ以上に、私の気持ちを高ぶらせるものがあった。
―そう、あの頃の私は……
「はぁ、はぁ……やった、やった!」
どうやら、その学園では学費が免除されるようだ。それはつまり、今まで、男手一つで私を育ててくれたお父さんに、少しは楽をさせられるということ。恩返しが、できるのだ。それに、お母さんやお姉ちゃんに自慢もできる!
話を聞いたその日、逸る気持ちを抑え切れず、家に向かって走っていた。その時感じていたのは、嬉しさであり、ちょっとした誇らしさであり……温かい感情が、胸に広がっていた。この気持ちを、何と呼んだらいいんだろう。
家が近づくにつれ、気持ちはもっと大きくなっていく。ただ必死に、走って、ただこう思っていた。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、喜んでくれるかな……褒めてくれるかな!と。
……だから、家の方角から……家から黒い煙が上がっているのに、気付かなかった。いや、もしかしたら意識しないように、無意識に目をそらしていたのかもしれない。
「っつ……?ん、ただいま! お父さん、あのね……!」
ドアノブを触った瞬間、感じるはずのない熱を感じた。とっさに手を離すと、反動で扉が開く。熱いドアノブを疑問に思ったが、すぐに頭を切り替えた。
いつも閉まっている鍵が空いていた……意気揚々と走って真っ先に帰宅した私には、そんなこと些細な疑問に思えたのだ。……それは間違いだった。
家の中に、元気に響く声。それに対して、「お帰り」と……そんないつもの返事が、帰ってくるはずだった。お父さんの温かな、胸がぽかぽかあったくなっていくような魔法の言葉が。
……けれど、私を待っていたのはそんな温かいものではなくて。……荒らされた室内が、目に入る。鼻をつく鉄の匂いが、鼻をくすぐる。いつもの家、いつもの匂い……私を出迎えたのはそんな光景ではなかった。
「何……これ……」
目の前に広がるのは、絶望だった。さっきまで、あんなに嬉しく舞い上がっていた心が……体が、何かに締め付けられたように動かない。何が起きているのか、本能的に知ろうとしているのか目だけは、泳ぐように動いている。そこに……
「うっ……」
……お父さん!
呻き声を聞いて、我に帰る。そこに、いたのは……
散乱している物を退けながら向かうと、食器棚の下敷きになっているお父さんの姿があった。辺りには、棚から落ちたショックか食器が割れて散らかっており、それらがお父さんの皮膚を切り、刺さっていた。




