嫌いだったはずのあなたと
私とエルシャとの関係性について聞くユメちゃんは、ただ純粋な質問だ。そこに悪意は感じられないし、話したくないと言えば追求はしてこないだろう。
……それで、いいのか? まるで隠し事をするように、話したくないことだけ話さずにいていいのか。
そこまで話す必要はないんじゃないか。そう思う気持ちがある。でもわかってる、それは単に逃げているだけなのだと。それじゃ、ダメだ。……ちゃんと、話そう。
「私と……エルシャはね……」
口を開く。喉が渇く。おかしいな、何でだろう……緊張、してるのかもしれない。逆恨みでエルシャにひどい態度をとってたなんて、こんなこと知ったらどんな反応をされるだろう。
「リーさん、話すのが辛いなら……」
私の心配をしてくれてそう声をかけてくれるのは、この中で唯一事情を知っているオルちゃんだ。その気遣いは嬉しい。だけど私は首を振り、大丈夫であると伝える。
こればかりは、自分の口で言わないといけない。
情報整理……それは現状を確認するとともに、天使や悪魔のことにも触れる必要がある。そしてそれは、天界で起きた出来事、そして人魔戦争についても触れるということだ。まあ、天界でのことは、あくまで聞いた話になるんだけど。
それも踏まえて……私とエルシャの関係について話そう。スカイくんやエドさん、旅をしてしばらくになる人達にも話していない。この際だ、隠し事はもうなし。
「エルシャは……お姉ちゃんの、親友だったんだ」
そして私自身……思い出すように目を閉じて、言葉を紡いでいく。
あの頃は憎くて仕方がなかった神様が、今では自慢の……私のお姉ちゃんが命を賭けても守りたいと思えるほどの親友なのだと、自慢に思えるほどの存在になっているのを感じながら。
それから、私は私の知っている出来事を話した。私にはお姉ちゃんがいたこと、天界でお姉ちゃんとエルシャが親友関係だったこと、天界に悪魔が侵攻してきたこと……エルシャを庇い、お姉ちゃんが犠牲になったこと。
そして、私はそれを逆恨みし、エルシャを恨んでいたこと。
まずは、エルシャが人間界に来る前の話。これは、私もカーリャさんから聞いた話ではあるため実際に見てきたわけではない。それでも、聞いた範囲をなるべく詳細に語る。
「……そんなわけで、私とエルシャの仲がよろしくなく見えたのは、私が一方的にエルシャを恨んでたからなんだ」
その話は最終的に、私とエルシャの関係にも繋がる。ユメちゃんがアカリちゃんから聞いた、いわゆる不仲な私達の間柄の真相だ。私の一方的な、エルシャに対する感情。
これをユメちゃんに話すのは、少し……いや、だいぶ緊張する。だって、その頃の私と、今のユメちゃん……状況が、似てるから。
姉を亡くした、だけではない。二人とも悪魔によって奪われた、だけでもない。もしかしたら救えたかもしれない命を、その場にいながら救えなかったということ。
お姉ちゃんはエルシャを庇ったせいで死んだと、逆恨みの感情に呑まれた私。
実際には違ってもその頃の私はそう思い込んでいたし、エルシャも自分のせいだと後悔していたと、彼女自身の口から最期語られた。私を庇わなければ、死ぬことはなかったと。自分の力が足りなかったばかりに、死なせてしまったと。
そのエルシャの気持ちが、今ならわかる。アカリちゃんが刺されたあの時……もっと私に力があれば、彼女を救えたかもしれない。その場にいながら、何もできなかった。
だから、私の力不足で救えなかった、と責められても文句は言えない。実際に、その通りでもあるから。
「……そっか、これで謎が解けたよ。だからエルシャって人と、不仲だったんだ」
「うん……幻滅、したよね。そんな身勝手な理由でエルシャを……」
「しないよ」
私の話を、みんなが黙って聞いていた。そんな中で、声を漏らすユメちゃん。スカイくんやエドさんも、私にどんな感情を抱いたのか。幻滅したかもしれない。
けど……少なくともユメちゃんは、即答した。幻滅しない、と。
「確かに結果的には、逆恨みだったのかもしれないけど……でも、リー姉はずっと、本気でエルシャさんを嫌ってはなかったんでしょ?それに……」
「……え、いや。確かに今は嫌ってなんかないけど。でもあの時は……」
……何を、言っているのだろう。そりゃ今は、嫌ってなんかいない。むしろ好いている。お姉ちゃんの親友として。資格なんかないかもしれないけど……私の、友達として。
だけど、あの時は……本気で、憎んでた。嫌ってた。なのにユメちゃんは、本気で嫌ってなんかいなかったと言う。今の私の話を聞いて……見てきたわけでもないのに、なぜそんなことを言うのか。その疑問に、彼女の言葉を遮ってしまった。
言葉を遮られたのに、ユメちゃんは不機嫌な顔一つすることなく……私と見つめ合いながら、口を開いた。
「だって……本気で嫌いなら、ずっと一緒にはいないでしょ?」
「……え……一緒、って、あれは……」
「お姉がいたから、自分の意思じゃないって?」
ユメちゃんから語られたのは、予想もしてなかったものだった。その言葉自体は、それは正しいだろう。わざわざ嫌いな相手と一緒にいようとする人なんて、そうはいない。
私がエルシャと一緒にいることが多かったのは……あくまで、アカリちゃんがいたからだ。私は一番仲のいいアカリちゃんと一緒にいて。アカリちゃんはよくヒロトと一緒にいて。ヒロトの近くにはエルシャがいて。
……だから、私達が一緒にいたのは偶発的なもので、故意にじゃない。
そうだ、だから……あれは、仕方のないことで……
「でも、ほんっとーに嫌いなら、近づくのも嫌なはずだよ? それにお姉とはルームメート、寮にいる間は一緒にいれるじゃん」
「……それ、は」
ユメちゃんの言葉が、頭に、胸に、浸透していく。本当に嫌いな相手……そのはずのエルシャと、一緒にいれた理由。それは、私が心の底ではエルシャを嫌いと思っていなかったから?
彼女の言う通りアカリちゃんとはルームメートで、いつも一緒だった。だから彼女についていってまで、無理して本当に嫌いな相手といる必要はない。言われてみれば、そうかもしれない。
あの頃の私は何を望んでいたのか。謝罪? それとも他の? ……いずれにしても、自分から会いに行くような行為をする必要はない。
「……わからなかったん、だよ」
混乱する私に、続けて声がかけられる。その声の主であるユメちゃんはまっすぐに私を見つめ、しかしどこか困ったように眉を下げていて。少しだけ言葉を詰まらせて。
「……お姉ちゃんを亡くして……ううん、奪われてさ。どうしたらいいのか、わからない。何を、誰を憎めばいいのか。お姉ちゃんが奪われるきっかけを作った悪魔を憎めばいいのか、お姉ちゃんの命を奪った張本人を憎めばいいのか……その場にいながら救えなかった"誰か"を憎めばいいのか。そもそも、憎めばいいのかどうかも」
その言葉は……語る言葉は、私に、そして自分にも言っているように思えた。私のお姉ちゃん、ユメちゃんのお姉ちゃん。二人は悪魔によって、殺された。
でも殺したのはそれぞれ別で、片方はユメちゃんにとって大きな存在だ。そしてその場にいながら救えなかった、エルシャと私。
「大切な人が殺されてさ、平静な人なんていないよ。だから……憎むしかなかった。自分の手に届く存在を。でも、本心じゃわかってた、その人が悪くないって。ホントは……憎んだふりをして、憎んでる様を見せ付けるって理由を口実に一緒にいたかったんじゃないかな。お姉ちゃんの、親友と」
「……わ、たし……は……」
これはユメちゃんの推測で、実際のところどうなのかは誰にも、自分にもわからない。一緒にいたかったから嫌ったふりをしたなんて、何て歪な思いだろう。それが、私の本心なのか?
……でも、そう言われた私の目からは、涙が流れていた。




