真実は絶望の味
メルガディスも、ユメちゃんの立場を理解したようだ。以前戦ったことのある人間の妹だと。そして予期せぬ姉妹の一言に頬を引き攣らせている。さっきバランダにもモブ顔と言われていたし、その扱いに容赦がない。
「……あなたも、お姉を知ってるんだ」
……メルガディスの扱い云々は置いといて、今私は、言いようのない不安に胸が締め付けられていた。なぜだかわからないが……ユメちゃんとメルガディスを、会わせてはいけないと本能が知らせている。
なぜか。……その不安の正体は、すぐにわかることになる。
「えぇ、まあ……それはそれは深い、簡単には言い表せない関係、とでも言いましょうか」
ユメちゃんの問い掛けに対して、メルガディスはあくまで丁寧に答える。言い方は意味深ではあるが、お互いに殺しあいをした相手なのだから間違ってはいない。最も、アカリちゃんに殺すなんて意志はなかっただろうけど。
二人の会話……それはお互いに何を思っているのかわからない。ただこのまま会話を続けさせてはならない、そう思った。だけど、声が出ない。さっきまで出たはずの声が。体も、動かない。それは体の負担によるものなのか、それとも極度の緊張によるものなのか……
「いやはや、彼女は人間にしては実に興味深かった。なので実のところ残念なのですよ、彼女が死んだことで楽しみが一つ減りましたからね」
「……死んだって、白々しい。お前達悪魔がお姉を殺したんでしょ。絶対許さない! それに、ヒロ兄だって……ヒロ兄はどこ! それとも、ヒロ兄まで殺したの……!」
姉を殺された怒りが溢れ出る。加えて、彼女に敢えて伏せていたヒロトのことも話題に上がる。
いや待って、その話は……
「……ヒロ兄? はて……どちら様で?」
「とぼけないで! お姉と会ったことがあるなら、傍にいる男の人のことも知ってるはずよ! ヒロト・カルバジナ……銀髪で、頼りない雰囲気だけどいつも一生懸命で……」
ユメちゃんからヒロトの特徴を聞いたメルガディスは、パンと手を叩いた。それは、その人物像に心当たりがあると教えているようなものだった。
いけない、このままだと……
「やっぱり知ってるのね! 知っるなら早く……」
「あぁ、なるほど。ヒロ兄……またずいぶんかわいらしいあだ名なことだ。……はて、聞いてないのですか。貴女の姉は確かに殺されましたが……我々悪魔にではありませんよ? あぁ、当時は、と言った方が正確ですね」
「! どういう、こと……」
止めないといけないのに、体が動かない。声も……いや、出る。まるで息苦しい水の中から解放されたように、この瞬間言葉を発することが許された。だから私は……
「メルガディス! まっ……」
「貴女の姉……アカリ・ヴィールズを殺したのは、貴女がヒロ兄と慕うヒロト・カルバジナ本人ですよ。そして、今は全ての魔族を統べる魔王だ」
……メルガディスを止める。それは敵わなかった。私の言葉よりも早く、決定的な一言が告げられる。ユメちゃんにとって、絶望的な真実が。
「……え?」
その衝撃の宣言にユメちゃんの動きが止まる。姉を失ったと聞かされ、その傷はまだ言えていないだろうに、傷を抉るような言葉。それをまさかこんな所で、こんな形で、こんな奴に伝えられるなんて。到底受け入れらるものではない。
「……ウソ、だよ……だって……お姉は、ヒロ兄のこと…………ヒロ兄、だってきっと。それなのに……ねえ、違う、よね? ウソでしょ? あいつが言ったのって……」
いやいやと頭を抱え、すがるように私を見る。その目は、嘘だと言ってくれと訴えているようだった。けれど、咄嗟に言葉が出ない。
その問いから、視線から……逃げるように、目をそらしてしまう。そしてそれが答えだと悟ったのか、ユメちゃんは膝を地面についていた。目からはとめどなく涙が流れている。姉が死に、しかもそれを行ったのが自分の知る人間……姉が想いを寄せていた人間なのだ。
ユメちゃんとヒロトの関係を、私は知らない。でも、『ヒロ兄』なんて呼んでいるということは、相当信頼し、懐いていたのではないだろうか。そんな人物が、自分にとって大切な人を殺したのだ。
それを突き付けられたユメちゃんの気持ちは……私にもわからない。私の場合は、お父さんを殺した相手は何の縁もゆかりもない相手。それも、悪魔だったから。ヒロトのことは、いい人だとは感じていたが、アカリちゃんやユメちゃんほどの信頼感はなかったから。
だからこそ、今のユメちゃんは……見ていられない。
「……そん、な……お姉、ヒロ兄……」
「くくく……いやぁ実に愉快だ。もっと楽しみたいとこですが……それだと、彼女が死んでしまうのでね。私はこれで」
絶望を突き付けるだけ突き付けておいて、メルガディスはこの場を去ろうとしている。アカリちゃんの死の真相を暴露しただけではなく、ヒロトの正体まで明かしておいてだ。
メルガディスの脇に抱えられたバランダは、意識があるときはとてもそうは見えなかったが、気を失っている今ではかなりの衰弱が見て取れる。やはり、相当のダメージがあるようだ。
悪魔四神を逃すという点でも、絶望を突き付けてくれた落とし前をつけさせるという点でも、ここで奴を逃がすのは許せない。
でも、今の私には動く力はない……!
「あー……めんどくさい」
そこに、緊迫した空気には場違いすぎる声。小中学生にある、声変わり……そんな、高くも低くもない中間の声だ。今までに聞いたことのない声。だけどこの場にいる中で聞いたことのないということは、その声の主は一人しかいない。
それは……
「ふわぁ~。わざわざこんなとこに駆り出されて……何なのこれ。自分がいる意味ないよねメル」
今まで口を開かず、その存在さえも消していたんじゃないかと思えるほどに沈黙を保っていた存在。メルガディスの背後にいた、白い存在だ。見た目は少年そのものだが、不気味な雰囲気は拭えない。




