神に迫る悪手
「はあぁ……退屈だわ」
エルシャが学園に編入してきてから数日が過ぎた。学園の授業には支障なくついていけている……というより、内容がつまらなくて飽き飽きしているらしい。どうやら神様には内容が簡単すぎたようである。
実技科目では、見学という形になっている。本来の力は大部分が失われているとはいえ、神力も練習すれば使えるようになる気がするのだが……
曰く、「神より与えられたらしい力を神である私が使うなんて滑稽じゃない?」とのこと。
自信満々でいいことですな。俺は練習しても使えるようにならないというのに。とにかく、退屈らしい。
「でも、毎日告白されてるんでしょ?」
「鬱陶しいだけよ」
そう、編入して数日というのに、毎日一回か二回は告白されているのだという。初めのうちは当然だとばかりに高笑いしていたが、さすがに毎日となるとその気持ちも変わってきたようで……
「ふん、この私が低俗な人間なんかと……」
「そうですか……確かにあなたのような高貴な存在とは違いますからね、人間は。あなたよりよっぽど面白い」
「ぅ……」
そして……この二人、エルシャとリーシャはというと……時間が解決してくれるかと思っていたが、そんなことはなく。むしろ日に日にエルシャに対する辛辣さが増している気がする。
アカリがいる手前、露骨に態度には表さないものの。……表してないのか?
「ねえ、ホントに何も知らないの? あんなに刺々しいリーシャは初めてで……それに、いつも偉そうなエルシャがリーシャに対しては借りてきた猫みたいにおとなしくなるし……」
アカリは、まだ二人の事情を知らないままだ。エルシャが自分の正体を隠すような発言をリーシャの前でしないことも不思議に思っているようで、それが関係していることは薄々気づいているようだ。
やっぱり、リーシャのルームメートで友達のアカリには、話しておいた方が……けど、俺からも言いにくいんだよな。
リーシャ、キミの過去をエルシャから聞いたんだ。アカリに話してもいいかい? ……ダメだ、絶対失敗するしリーシャがいっそうエルシャを嫌いかねない。
……とはいえ、自分から話すのを待つって言っても……何か、きっかけでも起きないとなあ……難しいな。
そんなことを考えていた時だった……一歩先に歩いていたリーシャ、そして一歩後ろを歩いていたエルシャが足を止めたのは。
「あれ、どうしたのリーシャ?」
「……逃げてアカリちゃん!!」
振り向き険しい顔で叫ぶリーシャ……その瞬間、辺りは闇に包まれた。 今の今まで昼だったというのに辺りは暗くなり、青い空は暗く……まるで、闇に包まれたようだ。
ついさっきまで、多少ギスギスしながらも休日のお出かけを楽しんでいたというのにいったい何が……?
「何、これ……」
ぽつりとアカリが呟く。不気味な空間……心なしか、体が冷える。それに何だか、胸がざわつく。
だが、二人は物怖じしている様子は見られなかった。アカリに正体を隠しているリーシャは、不審に思われないようにアカリの視界の外にいたけど。
「……これは、何だ?」
半分は独り言、半分は問いかけ……それに、エルシャが答える。
「……"奴ら"が、来た」
「奴ら?」
答えが返ってきた次の瞬間、何もないはずの空間がまるで歪み……歪んだトンネル、とでも言えばいいのだろうか。そんなものが発生した。そこから……
「きぃー!」
「ひっ!?」
出てきたのは、大量のコウモリだった。
「コウモリ!?」
「気を付けて!こいつらに噛みつかれると、人間なら死ぬわよ!」
「死っ……!?」
いきなりの出来事に、状況が整理できない。しかしその中でも、先ほどまで震えていたアカリが一歩前に出る。
「よ、よくわかんないけど、どうしたらいいの!?」
「どうしても! 燃やそうが千切ろうが、殺して構わないわ!」
「了解!」
躊躇がなくなったらしく、アカリは炎を出して辺りのコウモリを一掃する。キィキィと高い声を上げて燃え朽ちていくコウモリに、何だが気味悪さを覚える。
それにしても怯えていたのに一瞬でスイッチ切り替えるアカリさんパネェ……
「な、何なの一体」
「こいつらは、魔界に生息する魔コウモリ……私や天使みたいな存在にとっては取るに足らない相手だけど、耐性のない人間には致命傷にすらなるわ。噛まれた箇所から毒……魔素まそを体内に入れられたら数分とせずに死ぬわ」
魔コウモリ……安直な名前だなって突っ込みはひとまず置いといて、魔界に生息するコウモリ? 何だってそんなのが……?
「今暗くなってるのは、悪魔が張った結界……そして、それを張れるのは悪魔の中でも上位悪魔だけ」
「おい、それって……」
「しっ……来るわ」
魔界のコウモリの次は、悪魔だって? 急展開に混乱しそうだが、そんな暇すらない。先ほど魔コウモリが出てきた空間から……何者かが現れてくるのがわかる。まるで、扉の向こうから誰かがこちらに来るような……
「……いきなり、大物が来たものね」
「これはこれは……お久しぶりですねえ、神エルシャ」
現れたのは、シルクハットを被った、口調が丁寧な紳士的な人だった。いや……肌の色が紫なのと、尖った耳が人でないことを明確に表していた。瞳は不気味にも緑一色。
「いやあ、探しましたよ……やはり人間は使えませんねえ。神とはいえ力を失った手負いの女一人殺せないとは」
現れた男が語るものが意味するのはまさか……エルシャと初めて会った時にエルシャの命を狙っていたチンピラ、その背後にいたのってこいつだってことか?
「まさか、悪魔四神である私自ら探す羽目になるとは……しかしおかげで、この手で直々に殺すことが出来ます」
何かおかしいのか、まるで笑いを耐えているかのように話している。ぶ、不気味だ……それ以上に、体が重くなったような息苦しさを感じる。
「え、エルシャて……あ、悪魔って……」
まだ状況が呑み込めていないらしいアカリ。当然だ、俺も何が何だかさっぱりだから。
「えぇ……この結界を張って、さっきの魔コウモリを放ってきた張本人よ」
「ほんの挨拶代わりでしたが……下界には、何とも面白いものがあるようですね」
向こうの悪魔は、にっこりとアカリに微笑む。しかしアカリには生理的に無理だったのか、背筋を震わせている。
「悪魔四神の一人、メルガディス……まさか、四神の一体が直接来るなんてね」
「新しくなった魔界にて、神の座はただ一つ……いかに貴女が力を失い、か弱い人間風情に身を堕としたとしても、その存在は邪魔なのですよ」
「堕ちてないわよ。ちょーっと以前までの力が使えなくなっただけ」
「それは失礼」
睨み合う両者……静かな沈黙が続くかと思いきや、その沈黙を破ったのはアカリだった。
「ねえ……悪魔四神って?」
「我々の世界には、頂点に絶対的な存在が君臨しています。それを支えるのが、数多いる中でも選ばれた四名の悪魔……それが、悪魔四神です」
何故お前が答える……アカリも、お前には聞いてないという顔になっている。とはいえ、疑問に答えが得られたのは確かだ。
「四『神』などと、おこがましい……しかし、名誉ある勲章も同じ。その名に恥じぬ地位と力は、我々は持っているのですよ」
「さっきから、ずいぶん余裕そうに喋るじゃない」
「おや、せっかく時間を与えてあげたのですから、その間に逃げる算段でもつければよかったのに」
ペラペラと喋る、メルガディスという悪魔。こいつ……『勝てる』算段じゃなくて『逃げる』算段だって? こちらをバカにした態度にムカッときていたところ、アカリがとんでもない言葉を放つ。
「でも……言うほど、強そうに見えないよね? モブかかませ……せいぜい中ボス?」
「……」
場が凍る、とはこのことだろう。先ほどまでニヤニヤ笑っていたあの悪魔の笑い声も、何も聞こえなくなった。この状況でなんてこと言っちゃってんの?
「……ぷっ」
最初に沈黙を破ったのは、エルシャの吹き出したような笑い声だった。
「あっはははは! そ、それ言っちゃう!?しかも今、この状況で!? ぷはははは!」
腹を抱えて大爆笑している。見るとリーシャも、顔を背けてはいるが口元を押さえ肩を震わせている。あ、笑いを耐えてるんだな。
でも確かに……地味、だよな。四神だか知らないけど、そんなに強いならもっと印象深い姿をしてると思ったのだが……
特徴的なのといえばシルクハットくらい。しかしそれも、シルエットで見れば普通のおっさんだ。モブとは、言い得て妙かもしれない。
「こ、こんな時に笑わせないでよ……!」
「ご、ごめん……でも強そうに見えないし」
「……かませ」
「ぶははははは!!」
さっきまでの緊張感が嘘のように、辺りには笑い声が響いていた。敵とはいえ言い過ぎだろ……そんなんじゃ、敵を怒らせるだけ……
「き、貴様ら……よりにもよってこの私を、そのように侮辱するとは……」
「あっ」
あっ、じゃねえよ! 当然ながら敵はお怒りのご様子。気のせいか、黒いオーラのようなものが見える。あと口調も変わっている気がする。
「なら、私の力を見せてあげますよ……まとめてくたばれ!」
「!ヤバ…」
次の瞬間、悪魔……メルガディスの手のひらから、高密度のエネルギー弾のようなものが放たれる。で、でかい……! あんなん当たったら一たまりもないぞ!?
「みんな、逃げ……え?」
逃げてもどうしようもない気がするが、対抗する手段が……そう思っていた時、エネルギー弾が何かにぶつかったように押し止まり……そのまま弾けるように消失した。
「私の攻撃が……?」
戸惑う俺達と、メルガディス。さっきの攻撃を防いだのは……俺達を守るように立ち、手を前に突き出したアカリだった。
「うそ、あのエネルギー弾を……」
「アカリちゃんなら……防ぐことも不可能じゃない。だって強いもの」
今のは、透明な壁のようなものでエネルギー弾を防ぎ、そのまま消し飛ばしたのだろう。相変わらず桁違いの神力だ。
当のアカリは、どっしりと凛々しくその場に立っていた。
「半分は冗談のつもりだったんだけど……まさか本当に、かませ犬にならないよね?」
「……やるじゃないですか、クソ人間」
……か、かっけぇえええ!
悪魔と真っ向向かい合っているアカリは、いつもより凛々しく見えた。何てたのもしいんだろう。それにいきなりの展開についていけているなんて!
「さすがアカリ!カッコいい!」
野次馬のようにギャーギャー騒いでいると、黙って!とアカリに怒られた。けど少し照れているようにも見えた。




