引きちぎった鎖
「……"魔力超過"」
バランダは幼い頃、自分で自分の鎖を断ち切った。人を、母を殺したその時に。そのまま生きていればあるいは、バランダの憎しみはこうも育つことはなかっただろう。
だがその後、信じかけていた人間達の本性を見た。
そのことが、バランダの心を完全に砕いた。だがそれでも、彼女の中にはまだ『鎖』が残っている。それを自分の意志で外すことで、自身の中に眠る魔力を限界以上に引き出す。
最もそれには相応のリスクがあり、力を解放すればするほど体は壊れていく。傷を、それもこれほども負っているのならなおさらだ。
だがバランダは、自分の体のことよりも目の前のケモノを狩ることを選ぶ。魔力が増幅し、それに反応したかのようにリーシャの視線が動く。
力の大きなものに惹かれる……まさにケモノだ。
力はオーラとなって表れ、牙や爪が鋭く。耳が鋭くなっていき、額からは今までなかったはずの、角が覗く。代わりにバランダの体からは出血があり、呼吸も荒い。
だがこれくらいのリスクを払わねば、このケモノは狩れない。
「っるるぁああ!」
地を踏み砕き、その場で拳を振り抜く。それは衝撃となって、数メートル離れた所にいるリーシャの顔へとヒットする。衝撃に殴り飛ばされ、リーシャは口から血を飛ばす。
ブシュッ……
「ちっ……」
衝撃が自身の体に跳ね返り、振り切った腕から血が吹き出す。ただでさえリスクが高いのに、こんな状態ではなおさらだ。
リスクの高い戦法であるため好んで使うものではないし、そもそも使うほど追い詰められる経験はバランダには数える程しかない。
だが今が、その時だ。
この攻撃力ならば、今の狂ったケモノにも効くはずだ。体に限界が来てしまう前に、即座に八つ裂きにして……
「……!」
その時だった。本能が鐘を鳴らしたのだ。これは警戒の鐘だ。ゾクッ……と背筋に悪寒が走り、全身の毛が逆立つ。
目を細めると、目の前に映るのは……倒れるどころか、静かな笑みを浮かべるリーシャだった。
「この……イカれ野郎!」
その場で踏み込み、バネのようにしてロケットスタート。相手が反撃の手立てを立てる前に、一気に潰す。
限界を超える魔力を両拳に纏わせ、ケモノの顔を、腹を、体を叩く。数分前の自分とは全く違う、一撃一撃が即KOに繋がる拳だ。
拳の嵐を受けるリーシャは、反撃の様子すら見せない。まるでかかしのように、ただ振り下ろされる拳を受け続けている。血が、舞い散る。
「知性のないケモノが、知性のあるケモノに勝てると思うなよ!」
重々しい音が鳴り響き、見るも無惨な光景がそこにはある。思わず目を背けたくなるほどだ。
だが、そんな状況にあって……リーシャは、倒れない。棒立ちのまま拳をくらい続け、それでも倒れはしないのだ。
「何で、たおれ……」
すでに、リーシャの今の状況はバランダの理解を超えている。理解を超えたケモノ……それが今のリーシャだ。そんなケモノでも、体力に限界はあるはずだ。
なのになぜ……
「……あ?」
……隙があったわけではない。油断したわけでもない。それでもこのような状態になったのは、バランダが鎖を千切ってもなお、力の差が圧倒的だったからなのか。
拳の嵐が、止まる。なぜか。狙ってか無意識からか……リーシャは、バランダの額にある角を掴んでいた。
角とは言っても実際に生えているわけではなく、バランダが『強い』と思うものを模して、魔力を角の形にしてまるで額から生えたように見せているのだ。
それはつまり、その角は今のバランダの魔力の塊そのものと言える。もちろんそう簡単には砕けないし、触るどころか近づくだけでも人間や天使であれば気分を害すものだろう。
それをリーシャは掴み……そのまま、砕いたのだ。
その瞬間、バランダの増幅する魔力は散り……変化していた体は元に戻っていく。角が弱点というわけではないが、急所の一つには違いない。
急所ゆえに相応の壁もあったのだが……そんな壁、今のリーシャには通用しなかった。
「あ……」
バランダの頭に、再び警報が鳴り響く。これは、危険を知らせるものではない。
……それは、恐怖。恐怖がバランダの頭を、心を支配する。




