狂ったケモノ
微かに笑ったバランダであるが、その実ここにきて初めて驚愕の表情を見せていた。何せ、もう指一本だって動かせないはずだ。
だというのに……現に、彼女はバランダの攻撃を受け止めている。それも、足を掴んで。掴んでいるのとは反対の手は、枝によりまだ地面に拘束されたままだ。
「……っ、ぐぅ!」
考えもそこそこに、ブシュッ……と何かをどこかに突き刺した音が耳に届く。思考が中断される。それは……バランダの足首を掴んだリーシャの手……その指が、足首の肉に突き刺さっていたのだ。
肉が裂かれ、そこからは生々しい赤い液体が吹き出ている。指が、刺さっている。
「こ、の!」
足を払い、距離を取る。幼い頃あの女に暴力を受けてきたために、皮肉にも痛みには慣れている。
足首が震えるのは、痛みとは別の感覚だ。だが今はそれどころではない。頭が、体が、全身が危険信号を上げている。
目の前では、地に倒れていた少女が自らの手に刺さった枝を一切の躊躇なく抜き、ゆっくりと立ち上がる。もう、立ち上がれもしないはずなのに。
……その枝の先端は赤黒く染まり、渇ききっていない赤黒い液体がポタポタと地面に落ちている。
枝が刺さっていた手は見ているのも痛々しく赤黒く染められ、おそらくそこには枝が貫通した穴が空いているのだろう。
そんな、今にも倒れそうなほどにボロボロな少女に……何故『恐怖』している。
「どういうこった……」
何かが、起きたのだ。何が起きているかわからないが……ここは先手必勝! わからないなら理由を突き止めるではなく、その根底を消してしまえ!
バランダは戦闘体勢に。自らの右手に魔力を集めていく。先の攻防にて、リーシャの攻撃を複数弾でようやく相殺したエネルギー弾。単発でもこれを防ぐ術は今の奴にはあるまい。
これを、先よりも早く、密度を上げて放つ!
「くたばれぇ!」
先の攻撃よりも強力になったエネルギー弾が、バランダの手から放たれる。それは常人に当たれば即戦闘不能を意味し、今のリーシャであれば粉々に吹き飛ばしてしまう威力だ。
避けても、追尾機能は生きている。相殺させようにも、先の一撃とは格が違う。そのボロボロの体で防げるものなら……
ぐしゃっ……
……だが次の瞬間、バランダは呆気の表情を浮かべる。リーシャに放ったエネルギー弾……それが、消えたからだ。
否、消えたという表現は適切ではない。消された……というべきだろう。それは、ターゲットとなったリーシャ本人の手に受け止められ、弾かれるでも相殺されるでもなく、あろう事か握り潰されたのだから。
「……は?」
自然、声が漏れる。間抜けな声だっただろう。だがそんなことどうでもいい。……あれを防いだ? というか潰した? ……意味がわからない。そんな方法で、私の攻撃が防がれただと?
「なら……これでどうだ!」
遠距離の攻撃が当たらないのであれば、直接ぶち込むまで! 感じた驚愕を呑み込み、足をバネのようにして踏み込み、突進。
このスピードを、攻撃の力に加えればただでは済むまい。助走+攻撃力だ。
右拳に魔力を溜める。その間左手にも魔力を集中させ、槍状の黒い武器の出来上がりだ。それを、思い切りぶん投げる。これにももちろん追尾機能がある。
どこへどれだけ逃げようと、これはお前を追いかけ追い詰めて……
「っ……何?」
まっすぐに、飛んでいく槍。まっすぐに。目の先にいる女は、逃げるどころか防御の姿勢すら取ってない。どころか、ゆっくりと歩き出しているではないか。一歩一歩、前へと。
馬鹿め、そのまま死ぬ気か! ……そして槍は、目先の目標へ狙い外れることなく、少女の体を串刺しにして……
「おいおい……」
唖然とするほど、信じられない光景があった。迫り来る槍。それを避けるでも防御するための力を使うでもなく……それなのに、心臓を狙っていた槍は心臓に届くことはなかった。
何故か? 答えは簡単だ。
……リーシャ自身が、迫り来る槍に向かって右手を突き出し、槍が右手に突き刺さることで、心臓に届く前に槍の速度を無理矢理に殺していたのだから。
自らの右手を犠牲にするという、常人ならば思いもつかない方法でリーシャは、バランダの驚愕を再び引き出したのだ。
「っは! 頭打ちすぎてイカれちまったか!?」
あんな、見るも痛々しい防御方法……手を犠牲にしてしまう、それも自ら意思でなんてそんな馬鹿げた方法、バランダでさえやらない。
痛みを恐れてではない。だってそれをやれば、破壊行為を生み出すための手が使い物にならなくなってしまうから。
最も、今のリーシャに意思があるのかも怪しいものだが。
どっちにしろ、今目の前にいる女はイカれてる。天使を恨み人間に絶望し狂ってしまったバランダにさえ、そう判断された今のリーシャはまさにケモノだ。
ただ目の前の獲物を惨殺ための、狂ったケモノが、そこにいる。




