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神殺しの弾丸  作者: 白い彗星
黒い少女
184/314

大嫌いと大好き



 最初に声を上げたのは、バランダを性的な目で見ていた太めの男だった。男自身にも何が起ったのか、わからない。



 ただ、目の前を飛んでいるものに目を奪われただけだ。それを見て意図せず声が漏れた。一体何故なのか。目の前を飛んでいるのはただの腕だ。何もおかしなことはない。そこにあっても、何ら不思議はない。



 男は、何気なく視線を落とす。その視線の先は、自分の腕だ。何か理由があったわけではない。本当に何気なくだ。



 ……男の右腕が、肘から先がなくなっていた。



「……は?」



 ボトッ……何かが床に落ちる。男は、いや男達は、突然の音に首を動かす。それはカリーも同じだ。そこに落ちたものを確認する。……落ちた、右腕を。



 同時に、太めの男は気付く。先程飛んでいたのは、自分の右腕であると。まるで切断されたようなそれが、宙を舞っていたのだと。落ちている右腕にタトゥーが掘ってあるのがその証拠だ。あれは自分の腕だ。



「……あ、ぁあアァあああアぁあああァ!?」



 気付いた瞬間、途方もない痛みが襲ってくる。人は怪我をしても、そこに意識を向けるまでほとんど気付かない。そこに意識を向けることで初めて気付くのだ、自分が怪我をしたことに。



「ひ! お、おい何が……」



「う、腕!? それにお前その腕……」



「ど、どうなってんだよ!」



 それに気付いた男達に動揺が走る。それはカリーも同様で、しかし何が起きたのか、いや何か起こした原因にすぐに気付き、視線を向ける。



 運ぶことも忘れ男達の手から離れた、商品となるはずだった少女に。



 ……そこにいたのは、『悪魔』だった。



「ば、バランダ……」



 背中から黒い翼を広げ、真っ赤な……まるで血のような瞳を開き、素人にもわかる禍々しい空気を放つ少女が、そこにはいた。



 口からは牙が覗き、迸る黒い気はオーラのように体に纏っている。鋭く伸びた爪は、岩程度ならやすやす切り裂いてしまうだろう。



「な、なんだよこれ……なんなんだよこれ!」



「化け物……化け物だ!」



「ふざけんな、聞いてねえぞこんなの!」



 変わり果てた少女の姿に、先程まで笑っていた男達の表情は青くなる。足が震え、腰が抜け、声が震える。目の前にある絶対的な死。



 そして、目の前の少女に右腕を奪われた太めの男は……



「冗談じゃねえ! おれは逃げ……」



 ……細切れになって、命を落とした。



「ひぃいいいい!?」



 先程まで話していた男の末路を見て、残る男達の悲鳴が上がる。頭の中で警報が、鳴る。目の前にいるのは、少女の皮を被った化け物だと。



「ま、待ってくれ! あいつはお前を変な目で見てただろうが、おれ達は別に……」



 男の頭が飛ぶ。首から上が無くなった体は何が起こったのかわからないのか、違和感を感じる首に手を伸ばし……そこにあるべきものがないのを確認して、倒れる。



「ち、違う! そうだ、おれ達は頼まれて仕方なく……だから……」



 まるで瞬間移動したかのように目の前に現れた少女に、頭を掴まれる。少女ではありえない力に浮かされ、アイアンクロ―の要領で、卵のように頭が潰される。



 飛び散った血が、脳が、壁を床を汚していく。



「ひぃあぁ……」



 残された男は一人。逃げることも、言い逃れも、説得も意味を為さない。こちらを見る"化け物"に男は涙し、失禁する。残された手段は……



「た、頼む……殺さないでくれ……たすけ……」



 ……命乞い。それは最も醜く、先程まで少女が感じていた絶望に対する侮辱だ。男は首を掴まれ、身動きを封じられたうえで腕を千切られる。まるでパンを千切るように、簡単に。



「っあぁあああぁぁぁあああかぁ!!?」



 その様を見せつけられる。自分の腕が、足が千切られていく瞬間を。細切れ、頭を切断、割られ……言ってしまえば、痛みすら感じることのない安らかな死だ。それとは逆。



 バランダの絶望を侮辱した男に、安らかな死など与えてなるものか。



「あ、はがぁ……あァああ!?」



 手足が無くなり、文字通りダルマのようになった男。切断面からは肉が、骨が覗き、おびただしい量の血が流れ、失禁してしまったためにズボンは濡れ、涙と鼻水と涎とで見られたのもではない。



 だが無残な体とは裏腹に、体液による汚れを除けば顔は綺麗であり、それがかえって少女に理性が残っていることを思わせて恐ろしかった。



「も、もうゆるじ……ぎぁああアア!」



 そんな、気絶しても何らおかしくない状況。それでも意識を保っているのは、意識を失いそうになる度に、命乞いをする度にバランダの鋭い爪が、切断面から体内へと突き刺さり、抉られる痛みに強制的に意識を呼び覚まされてしまうからだ。


 そして……



「ひっ!」


 

 女の前に、切断された男の腕が投げ捨てられる。娘を売った、母の前に。



 ……そこは、まさに地獄絵図だった。人として構成されていた肉片があちこちに散らばっている。室内には腐敗したにおいが充満していた。



 常人であれば、そのにおいを嗅いだだけで胃の中のものを全て吐き出すだろう。



 ……だがここにいるのは、娘を売った人でなしの外道と、この惨事を引き起こした悪魔だけだ。



「っ……」



 逃げようとしていたカリーに向かって放たれる、神経を震わせられるような殺気。カリーを睨むバランダは、ゆっくりと足を進める。



「く、来るな! この……化け物が!」



 近づいてくる悪魔に、なおも強気なカリー。だがその声は震え、足は動かない。まるで金縛りにあったかのように。出来るのは、口から言葉を出すことくらいだ。



「や、やっぱりあんたなんか、生むんじゃなかった……あんたがいたから、こんな目に。あんたさえいなけりゃ、こんなことにはならなかった!」



 自分勝手な言葉を並べ、精神的な揺さぶりをかける。それは狙いではなく、本心だ。しかしそれとは裏腹に、バランダの歩みが止まることはない。



「ひっ……あ、あんたは所詮、人でも悪魔でもない、半端者なんだよ! 誰からも、愛されない! 必要とされない! ……く、き、聞いてんのか!」



 命乞いでもない、ただただバランダを罵倒する言葉。ついに、バランダの足が止まる。手を伸ばせば届く、その距離で。そしてゆっくり、バランダは手を伸ばし……



「がっ……!」



 カリーの首を、持ち上げた。それにより喉が圧迫され、酸素の供給がままならなくなる。このままでは確実に死ぬ。



 男達のように、バラバラにされるのか、顔を吹き飛ばされるのか、潰されるのか、まだ生きているあの男のように手足を千切られるのか。



 それとも、その爪で引き裂かれるのか。牙で噛み千切られるのか。翼で裂かれるのか。はたまた別の……どんな悲惨な結末が待っているのか、わからない。



 それでも、カリーは目の前の悪魔を睨みつける。



「私は……げほっ、あん、たが……大嫌いだ!」



 最期にあっても命乞いどころか、バランダへの罵倒。いっそ清々しいくらいの言葉に、バランダは何を思ったのか。顔を上げ、わずかに頬を緩めて……



「私は……大好きだったよ」



 一筋の涙を、流した。



「さよなら……お母さん」



 母への愛と、別れを告げ……バランダはカリーを突き刺した。



 カリーを……母を突き刺したのは、以前はいつも彼女が料理を作る時に使っていた包丁だった。一般家庭ならどこにでもある、"ありふれたもの"。



 一般とは言い難いバランダの家でもそれはあり……それで、バランダはカリーを刺していた。男達のように、悪魔の力で変貌した体ではなく。

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