精霊の力は通ずるか
精霊の力を借りた私と、悪魔と人間のハーフの少女の拳が、お互いの頬に突き刺さる。
「ぐ、ぅ……!」
「ぬ、ぐ……!」
拳の衝撃に、吹き飛びそうになる。が、ここは踏んだり所だ。それは相手も同じらしく、お互いにその場に踏み止まったままだ。チラと睨むと目が合い、一瞬の硬直。その瞳には、ただ憎悪しかない。
硬直から抜け出すために、振り払う。振り払われた少女は、多少なり体勢が崩れている。この隙に、レイのおかげで底上げされた一撃を撃ち込んでやる!
「"光砲"!」
懐に両手をかざし、そこに天力を集中。且つ、抵抗される前の、一瞬を争うスピードで構え……撃つ! 強大な光の塊が、少女の腹にぶつかっていく。
「ぐ……おぉっ!」
これにはさすがの少女も堪えられなかったのか、呻き声を上げて吹き飛んでいく。
ようやく一撃を、それも威力のある一撃を与えられたことに内心笑みを浮かべつつ、図らずも岩場の壁に激突した少女を見やる。
「はぁ、はぁ……」
さっきの打ち合い。仮とはいえ精霊の力を借りた状態でも、互角に拳を打ち合ってきた。恐ろしい力だ。とはいえ、これで少しは……
「キシシシ……いいねぇ、いいじゃねぇか。そうでなくちゃ」
そう言って立ち上がるのは、崩れた岩場をものともせずこちらを睨みつける黒い少女だ。倒しきれないまでもかなりのダメージは負ったはずと、そう思っていた。
思っていたのに……それどころか、先程と変わらない余裕な笑みは何だ?
彼女の実力は既に、悪魔四神に迫るものがあるとは思っていた。だけどその闘争心は、むしろ奴らよりも……
「どうしたこんなもんか!? あぁ!?」
その怒声にも思える叫びに、思わず一瞬体が固まってしまう。一体何が、彼女をここまで……?
「もっとだ! もっと来て見せろ! その上で、ぶち殺してやるよ!」
その叫びは、魔力は、大気を、外部とを遮断するはずの結界をも奮わせているような錯覚を与える。いや、本当に震えているのかもしれない。
吐血し、決して無傷とは言えない姿。それなのに、こうも危機感に体が震えるのは何でだ? こうしている間にも、少女は一歩一歩とこちらに足を向けてくる。
……近づけては、いけない。
「はぁあああ!」
指を拳銃の形にして、少女に向ける。その指の先端に天力を集中し、それを光の弾、弾丸として次々と撃ち放っていく。それらは狙いが狂うことなく、少女へと向かっていく。
これでも、学園にいた頃はコントロールだけはアカリちゃんにも劣らないと言われていたんだ。
「ちっ……うざってえ!」
正確に少女へと放たれるそれを、鬱陶しそうに少女は弾いていく。威力のある攻撃ではないにしても、レイのおかげで力は上がっている。それを、まるで虫を払うようにして。
それを避けることもなく全て弾くのは、この程度の攻撃では怯まないという証明だろうか。それならば、こちらにも考えがある。複数弾放たれる光の弾……その中に、いわゆる閃光弾のようなものを仕掛ける。
それは、少女へと到達する前に……
「……っ」
激しい輝きを放つ。突然目の前で激しく輝くそれを直視してしまった少女は、あまりの眩しさに目を閉じてしまう。その隙が、アダとなる。同時私は飛び出し、右拳に天力を集中!
「"天拳"!」
竜を伏し倒したものと同等の力が、相手の腹へと直撃する。めりめり……と減り込んでいくのが伝わる。
「っ、がっふ……!」
直撃し、吐血する。先程光の塊をぶつけた時のように吹き飛ばないのは、先程よりも踏ん張って気合いを入れているからか。
その気合いに恐ろしさを感じながらも、このまま一気に畳みかけることを決意して……
「……!? ぐっ……ぁ!」
今まさに、追撃を試みた時だ。急に、体の内側に痛みが……まるで、心臓をわしづかみにされた感覚が襲う。それは、覚えがある。
だが、この戦いによるダメージではない。……くそっ、まさかこんな、時に……
……私の天力が体に影響を及ぼし、以前より力の使い勝手が良くなったリスク……とでも言うべきか。
人魔戦争を機に付き合うことになってしまった、いつ来るとも知れない、言いようもないこの痛み。
その『発作』がまさか、ここで……!
胸を押さえ、思わず膝をつく。それはつまり、敵を前に無防備を晒すことだ。それも、油断の隙もあってはならない相手の前で。その上、時間もないのに……この胸を、苦しみが、痛みが、支配していく。
この数秒さえも、隙を与えてはいけないのに……
「……あ?」
……全身を震えが走る。レイの力を借りて放った渾身の一撃。それが……彼女を戦闘不能どころか全く怯ませていない事実に、私は驚愕と恐れを痛く。
痛みに顔を歪め、それでも顔を上げると……そこには、血で口元を染めながらも不敵に笑う悪魔がいた。
「っ、がっ……!」
『発作』を抑えるために、レイが回復に力を分けてくれる。数秒後にはいつものように治まるはずだ。でもその数秒は、この場においては致命的な隙にしかならない。
唖然とする私は、突然の衝撃に脳が揺れた。
顎が、蹴り上げられたのだ。突然の衝撃に備えのなかった私は、強制的に仰向けに倒れさせられる。すぐに起き上がろうとするが、私の腹を彼女は踏み付ける。
「かはっ……!」
「何か知らねえが……辛そうだな。えぇ?」
踏みつけられる力は凄まじく、足を退けようと両手で掴んでもビクともしない。少しでも力を入れれば、内臓から破裂させられてしまうんじゃないか……そんな不安が、頭をかすめる。
ただでさえ、『発作』治まらないのに……おさ、まらない?
いつもなら、レイの力で数秒後には治まるはずの『発作』が……治まらない。腹を踏み付けられているから……というわけではない。痛みが引かないのだ。
いつもなら……いつもと違うことがあるとしたら? いつもと違うのは、レイの力を借りている最中に『発作』が起こったくらい……まさか、それがげんい……
「……!? がぁあああ!?」
「おいおい、こんな状況で考え事か? ずいぶん余裕じゃねえか」
踏み付けられる足に力が入れられ、思考が中断される。これ、やばい……何とか反撃を……
「悪いな。抵抗はさせねー」
「っ!? ぁ、がっ……ぁああぁあ!?」
動けないまでもせめて力をぶつけるくらいなら。そう思って天力を集中させていた手に、何かの衝撃。瞬間、痛みが頭を支配する。
恐る恐る確認すると……私の手に、突き刺さっていたのだ。それは、その辺に転がっていたただの小枝。それは先端が、まるで槍のように尖っていた。
雑に折れ、先端が鋭く尖った枝。それが、私の手を貫通していた。細くも固いそれは、肉を突き破り……地面に先端が触れる。流れる血が、先端を、地面を……赤黒く染め上げていた。




