殺気の行方
ユメちゃんが『お手洗い』に行ってから十分が経ったか経たないかの頃。
「結局、詳しいことは聞けなかった」
「仕方ありませんわ。落ち着いた頃合いを見計らって、ですわね」
この場所で起きた惨劇……それを、まだ聞けていない。アカリちゃんの妹に会えたという衝撃から意図的に目をそらしていたのかもしれない。
しかし、聞くべきことを聞けなかったのは手痛いミスだ。あの惨劇から、おそらく一人だけ生き残ったユメちゃんなら、あの惨劇を引き起こした犯人を見たかもしれない。
同時に、ユメちゃんがゴンゾウと名付けた魔物の仕業だという線はかなり消えた。見たところユメちゃんに懐いているあの魔物があんなことをしでかしたとは考えにくい。
無論、それがユメちゃんの指示、という可能性も、ないわけではないが……
「何考えてんだか」
ありえない、と考えを否定。アカリちゃんの妹が、あんな純粋な子が、そんなことをするはずがない。理由がわからないから、バカげた考えが浮かぶ。悪い癖だ。
惨劇の原因がわからず、私の心は晴れない。ユメちゃんの心情を考えると、ということもあるが、要因はもう一つ。
「……」
ここに来てから、ずっと感じている『殺気』。それは向けられて決していいものとは言えず、胸焼けがするほどにモヤモヤする。
「どうしましたの? ……まさかまた」
そんな私の態度を不審に感じているのか。私の様子を、いつ来るかもわからない『発作』が起こったのかとオルちゃんは勘繰っているようだ。
「ううん、何でもない。……大丈夫」
心配はいらないと、笑みを作って私は返す。あれから『発作』が起きることはあるが、レイのおかげで惨事になる前に痛みをなくすことができている。
「……オルちゃん、私ちょっと見回りに行ってくるね」
「でしたら私も……」
「ううん、大丈夫。戻ってきたユメちゃんが不安にならないようにここにいて」
見回り……というのは建前だ。その実、この殺気の正体を突き止めるつもりでいる。ユメちゃんが戻る前に行くのは罪悪感があるが……
どういうつもりかわからないが、私にだけ向けられるそれは、他の人には気付かれてはいない。ならばこのまま無視すれば……と思ったが、そうもいかないらしい。
殺気にはまるで、意思があるかのよう。頭の中に、直接囁かれるのだ。『来なければ全員を殺す』と……殺気を通して、私に伝えてくる。
ここにいる戦力を考えれば、迎え撃つことはできると思う。ただ、向こうもそれは承知済みで、それでもこう言っているとしたら。それすら想定内だとしたら……ここで、新たな血が流れてしまう。
一人だと危険だし、ホントは、オルちゃんに着いてきてもらったほうが心強いんだけど……もしかしたら、私達が離れた瞬間を狙って殺気主の仲間がここを攻めるつもりかもしれない。
だから、二人ともが抜けるわけにはいかない。一人なら、逃げることに徹すれば大事にはならないはずだ。
「じゃ、行ってくるね」
あくまで軽く、何でもないように……本当にただの見回りだというのを印象づけるために、なるべく明るく話す。
そして……殺気の導きに答えるように、歩みを進めていく。と同時に、私の心はどうしようもなくざわついていた。
「……大丈夫、大丈夫」
だから、胸にそっと手を置いてそれを鎮めようとして……
……気がつくと、さっきまでいた場所よりかなり遠くに来ていた。タワーのような建物以外何もない、ただ荒れ果てた地。有刺鉄線を越えてはいないから、この街から外には出ていない。
「……っ」
どこに誰が潜んでいるか、わからない。そうやって辺りを警戒していると……突如、殺気が全身をかけ走る。
殺気の向けられる、その先を、咄嗟に振り返る。
「へぇ……ちゃんと、一人で来たじゃねえか」
……そこには、タワーのてっぺんには……不敵な笑みを浮かべる、黒い少女がいた。




