あまりにつらい現実
意図せず伝えられた、アカリちゃんの……姉の、安否。それは、姉の無事を信じて疑わない妹にとっては到底受け止められるものではなかった。
「そんな、だって……」
嘘だと思うように……嘘だと言ってくれと言うように、首を振りながら私達を見る。それが嘘だと言えたら、どんなにいいことか。
「……ホント、だよ」
これが真実なのだ。こうなってしまった以上、伝える他にない。辛い現実を。
「……ごめんなさい。あの時、私なら助けられたはずなのに……」
そして私は、頭を下げる。驚いた様子のオルちゃん。まさか私が、自分に責任の一端があると言うとは、思わなかったのだろう。
これまでの経緯でオルちゃんのおかげで癒えた傷も、やはり完全にではなかったようだ。
その気持ちを察してくれているのか、驚きはしても私に声をかけることはなかった。
……これは、私がやらなければいけないこと。アカリちゃんが死んだこと、救える力がありながら救えなかったことも……妹であるユメちゃんには、私を責める権利がある。罵られても、殴られても、それは全て覚悟の上だった。
『お姉ちゃんを殺した貴女を許さない!』
……ふと、脳裏に過るものがある。忘れてはいけない、私の身勝手な行為の感情。……ああそうか。"これ"がそうか。
『お前がお姉ちゃんを殺したんだ!』
自分の力が足りないばかりに、彼女の大切な人を奪ってしまった。それは、自分の中に残る責任が、許されてはならないという思いが、胸の中に渦巻いていく。
加害者と被害者、とでも言い表せるこの状況。この状況に、私は覚えがある。今では……いや、本当は理不尽な怒りだと、ずっと前から気づいていたはずなのに。
私は、感情の赴くままにそれを彼女に……エルシャにぶつけた。
以前とは立場が逆転し、ようやく気づく。理不尽な怒りをぶつけられ、しかしそれは間違っていない。ぶつけられる本人は理不尽だなんて思わず、受け入れる。その怒りの矛先は自分で、それを否定することはできない。
今、やっとわかった。“これ”なんだ……“この気持ち”なんだ。エルシャが、感じていた気持ちは……
来るべき衝撃に備える。私は、素直に受け入れる。ユメちゃんにどう言われようと、どう思われようと。
「……」
覚悟のまま、時が流れる。どれほどの時が経ったか……ほんの数秒が、とても長く感じる。しかし返事は、ない。
そのことに、恐る恐る顔を上げてみると……
「……ユメ、ちゃん?」
ユメちゃんは、涙を流すでも、私を責めるでもなく……ただ見つめていた。私の顔を。
「……そっか」
そして、たった一言、呟く。その言葉に力はなく……覇気もない。
雨が、降り始めた。
「ホント、なんだ」
私達の雰囲気から、嘘偽りがないことを察したのか……ユメちゃんは、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「どんな最期か……聞いても、いいですか?」
「……アカリちゃんは……大切なものを、守ろうとして……」
……そうだ、彼女は大切なものを守るために。"ヒロト・カルバジナ"という、一人の"人間"を救うために。自らの危険も省みず。
だけど、そうとしか言えなかった。今辛い現実を突きつけられた彼女に……姉の死を突きつけられた少女に、これ以上の悲惨な最期を話すことは出来ない。
……嘘はついていないという、そんな屁理屈を免罪符にして、さらなる真実を告げることを避けただけなのに。
「ごめんなさい、ちょっと頭がごちゃごちゃしてて……お手洗い、行ってきますね」
困ったようにはにかんだ彼女に、ようやく気づく。彼女が見ていたのは、私じゃない……ただの、虚空だということに。そして彼女は、私達に背を向け走っていく。
「あっ……」
追い掛けようとする気持ちがある。しかし、追いかけてはいけない、と私の足に自然とストップがかかり止まる。それと、オルちゃんが肩を掴んだのは同時だった。
「……一人にしておきましょう」
「そう……だね」
この状況で、追いかけてどうなる。一人でいる時間も、必要だ。
降り出した雨は、この短い時間で大降りになりつつあった。
「オルちゃん……どうして、あんなことを……」
ユメちゃんが去り、私は先程答えを得たはずの問題を、再び問いかける。理屈はわかる。嘘をついても、どうしようもないもいうことを。真実を伝えることが、ユメちゃんのためなのだと。
だけど……今このタイミングで、伝える必要もないのではないかとも思う。タイミングを見て、後々真実を伝えればいいと。
「あれじゃ、あまりに……」
ユメちゃんに酷すぎる、と、私は寸前で言い留まった。これではオルちゃんを責めているみたいではないか。そんなこと、断じて違うのに。
「……嘘は、いけないことですわ」
私は、何をしたいのだろう。そんな気持ちに苛まれそうになったその時、当のオルちゃんから、返答があった。消え入るようなその声は、しかし私の耳に届いた。
「どんなに残酷でも、真実を伝えるべきですわ。嘘は……いけないことです」
真実を伝えるべきと、嘘はいけないと、ひたすらに繰り返す。その表情に何を思っているのか、読み取ることができない。
「オル、ちゃん?」
「人ならば、隠し事の一つや二つは当たり前。けど、嘘だけは……ついた方もつかれた方も、傷つきますわ。……優しい嘘なんて、ただの詭弁……そんなもの、ない」
その言葉には、何故だか確かな重みがあった。私は何も言い返せず、ただただ彼女を見つめることしかできなかった。
「……嘘はダメで、隠し事なら、いいんだ?」
「あくまで比喩的な表現ですけどね」
去っていった小さな少女の背中が見えなくなっても、私達はその場から動けずにいた。




