懐かしき思い出
『うるさい』という、何ともバッサリな評価。日常のオルちゃんを見ていたアカリちゃんからの、ユメちゃんへと話された印象がそれだという。そりゃまあ……うん、否定は出来ないんだけどさ。
とはいえ、それをアカリちゃんの実の妹であるユメちゃんから、アカリちゃんからの印象だというのだからオルちゃんの受ける衝撃はいかほどなものだろう。
ほら、聞いたオルちゃんがフリーズしてるよ!
「あ、どうだったっけ……『やかましい』? ううん、そうじゃなくて『賑やか』……」
どうにもしっくり来なかったのか、頭を捻り言葉を探している。気をつけて! 同じような意味合いの言葉でも、言い方でその印象ががらりと変わる!
結局、他にしっくりくる言葉はなかったらしく。目を丸くして固まっているオルちゃんだけど、そんな様子を気にせず「でも……」とユメちゃんは続ける。
「最初のうちは勝手にライバル視されて、正直うるさい感じだったけど……だんだん、その賑やかさが心地好くなってきたって。私に対抗してくるのも、努力を惜しまないいい子なんだな、って。私のことを尊敬してるって言ってくれてたけど、私の方こそ尊敬してる、って」
いつか言われたのであろう、オルちゃんに対するアカリちゃんのその真の気持ち。アカリちゃんがそんな風に思っていたなんて……私も、知らなかった。そりゃあ、アカリちゃんは大抵の人と仲良くなれるし、オルちゃんとの関係も何だかんだで良好だった。けど、そこまで思っていたとは。
そして……アカリちゃんの秘めていた気持ち、それを聞いたオルちゃんは……
「アガリざんんん……」
……めちゃくちゃ泣いていた。涙どころか、鼻水も垂れており、顔の穴という穴から体液が漏れてるんじゃないかというほどの光景。それは、汚くないとはお世辞でも言えないほどだった。
気持ちはわからないでもないが、美人が台なしである。
「ちょ、鼻水! 汚いよ!」
「ず、ずびばぜん……」
「フード! それ私のフード!」
泣いて謝るオルちゃんは、濡れに濡れまくったその顔を私のフード付きのマントで拭う。鼻をすする様子に抵抗する間もなく、私のマントは涙と鼻水まみれになってしまった。
オルちゃんが顔を拭き終わり、泣き止んだところで私は一息つく。マントが濡れてしまったが、まあ仕方がない。神力で元に戻せばいいだけの話だ。このことでオルちゃんを責めることもできないし。本人には、めちゃくちゃ謝られたけど。
私達の存在がユメちゃんに認識されたところで……次は、私が気になっていた存在へと話題を向ける。それは……
「ところで……その魔物は?」
そう、ユメちゃんが腕に抱いている、子犬のような魔物だ。先ほどとは違いおとなしくしており、ユメちゃんの態度からも、両者が浅からぬ関係だというのはわかるが。
「ん、この子? 可愛いでしょ」
そう言って、ユメちゃんは魔物を抱き上げる。可愛い……か。魔物であることを除けば、確かに可愛いのかもしれないけど。魔物に対してそんな感情、抱いたことはない。
「名前は、ゴンゾウて言うんだ。ほら、ゴンゾウ挨拶」
「わん!」
ごっつ! 名前ごっつい! ……元気よさげに吠える魔物、基ゴンゾウ。こうして見ると、本当にただの子犬のようだ。
ネーミングセンスについては……何も言わないでおこう。言わないけど……いや、ゴンゾウ? ゴンゾウって……何? 人じゃん。
「厳つい名前ですのね……」
「えへへ。お姉がまだ神力学園に行く前、よく『どんな名前が一番厳ついか』勝負とかいろんな遊びしてて」
「なにゆえ!?」
アカリちゃんとユメちゃん、姉妹仲がいいのは薄々わかってたけど……その勝負内容、疑問が尽きない。
「それで……何で、ゴンゾウさんといるんですの?」
名前が名前だけにか、犬相手にさん付けをしてしまうオルちゃん。私も気になっていたところだ。それを受け、ユメちゃんは少しだけゴンゾウを抱きしめる力を強めたように見えて。
「……魔物だからって、ただそれだけで殺しちゃうなんて……かわいそうじゃん」
ただ……それだけを答えた。この世界をこんなにしたのは、悪魔や魔物だ。その相手に対して、そんな心優しい気持ちを持つなんて……私も、オルちゃんも、衝撃ですぐに言葉を返せなかった。
ふと、アカリちゃんが最期、ヒロトに対して起こした行動を思い出す。彼女は、自分の身なんか気にせず、ただヒロトのことを心配していたっけ。
その心優しい想い。今のユメちゃんを見て、やっぱりアカリちゃんの妹だなぁ、と実感する。
ユメちゃんが心優しいのはわかった。でも……
「でも……やっぱり危ないよ」
「そうですわ! 噛まれたら感染るかもしれませんわ!」
「え……感染るの?」
「さあ?」
魔物と一緒にいるのは、やはり危ない。それを伝えることにオルちゃんも同意見のようだが、何やら聞き慣れない一文があった気がする。
「ほら、こういうのって、噛まれたら感染したりするじゃないですの」
「知らないよややこしいな! どこ情報!?」
「アカリさんから借りたゾンビ漫画、というやつですわ! あの手の物語で、ゾンビに噛まれたら、噛まれた方もゾンビになって感染しまうという」
その系統の話なら、私も知ってる。噛んで、噛まれて、感染。それが広がり、ゾンビが増えて……というやつだ。それにしてもアカリちゃん、やっぱり色んなジャンル持ってるな。
「私が借りたのは……どこからともなくゾンビが発生し、それに抗う学生主人公達、でしたわ。けれど健闘虚しく、彼らは全滅に追い込まれ……噛まれそうになった主人公の男性をヒロインが庇い、しかし時既に遅く感染していた主人公にヒロインが食べられて……というものです」
聞いてないんだけど、いきなり内容を話し始めてしまった。……それにしても、どこかで聞いたような話だ。
「それって……最後どうなるの?」
「……その後、学生仲間の少女に主人公がチェンジし、仲間を集めて戦うんですが……結局、最後は全員ゾンビに噛まれ、互いに互いを喰らうだけの存在と成り果てて……全てを終わりにするために隣国から爆弾が投下されゾンビは壊滅。……しかし最後の最後、隣国にゾンビのうめき声が上がったところで完結ですわ」
「聞くんじゃなかった!」
どこかで聞いたような話……その結末は、あまりにもあんまりだった。自分から聞いたとはいえ、聞くんじゃなかったと後悔。けど、この話に食いつくのは……
「あ、その漫画懐かしい! お姉がお気に入りだった漫画だよ。そっかぁ、オルテリアさんにも貸してたんだ」
姉に繋がる話が出てきて嬉しいのか、鼻息荒くユメちゃんは話す。妙なところで意気投合してしまった二人だが、そんな平和な時間は、長くは続かない。
「ふふ、懐かしいな。お姉、元気にしてるのかな。ねえねえ二人とも、お姉が今どこに居るか、知らないかな?」
……その言葉に……私の心臓は、どくんと跳ねた。




