地獄に降る血の雪
それにしても、それほどまでに必死だったというオルちゃん。痛いのだけど……それほどまでに心配してくれたのは、嬉しい。
「あはは、ありがと。ごめんね……私のせいで、時間を食ったね」
離れるオルちゃんに微笑み、そしてこちらを見つめるスカイくんとエドさんにも、心配してくれた感謝と心配をかけた謝罪を述べる。三人とも、気にしていないと言わんばかりに首を振っている。
本当に、優しい人達だ。
「さ、気を取り直して、散策を続けようか」
立ち上がり、気分を入れ換えるために声を弾ませる。気になることはあるが、今は後回しだ。
「…………」
「うん?」
しかし、私の言葉に返ってきたのは、それに同調する言葉ではなく、気まずそうに視線を交わすオルちゃんとエドさんの姿だった。いったい、どうしたのだろうか。
……オルちゃんの案内に従い、道を歩く。そこは、私が回っていないところ……私達は今、エドさんが散策した場所を歩いている。私が探していた場所と同じように人の気配はなく、それどころか生き物の気配すらもない。風が吹き荒れる音が、耳を掠める。
やがて、多くの家が並んでいる場所にたどり着く。こうなる前の世界なら、さぞや人の賑わいがある、ご近所付き合いの盛んな場所だったことだろう。
そう思いながら私は、近くの家の前に立つ。ドアノブに手をかけ、押し開く。中に生きている人は、やはりいない。薄暗い室内でも、それは確認できた。……異臭が、鼻をついた。
続いて、隣の家へ。ドアノブを回し押すが、しかしそれは重く、簡単には空いてくれない。まるで、何かが向こうから扉を押さえているように、開く力とは逆の力が向こうから押しかかっている。
鍵が閉まっている、というわけではない。ドアノブは回ったし、力を込めれば少しずつでも開く。だから私は力を込め、扉を押し開けて……半分ほどが開き、室内に顔を覗かせる。
「……」
薄暗い室内。見渡すが、誰もいない。静かな空間の中に……扉を押さえていたらしき、"何か"を発見する。……異臭が、鼻をついた。
「……」
……家の中に、生きている人がいないことを確認し、外へ。私は歩みを進め、広間といえる場所を歩いていく。焦げ付く匂い、生理的に受け付けない異臭が風に乗る中、辺りを見渡す。誰もおらず、生き物の存在する証である音も、ない。
歩いていると、何かに躓く。それに足を取られて転びそうになったが何とか体勢を直す。今足を取られたものに、視線を移す。……異臭が、鼻をついた。
「……」
改めて広間を見渡す。やはり、生きている人はいない。目を擦るが、頬をつねるが、見間違いではない。
……"生きている人"は、いない。
---死体の山が、目の前に広がっていた。
「あっ……」
それを認識した瞬間、私は胃液が体内から込み上げて来るのを感じる。とっさに口を押さえる。それに伴うように、目からは生理的な涙が自然と流れてきていた。
「うっ……」
口を押さえてもなお込み上げてくる感覚。体内の物を吐き出さないように、必死に抑える。目の前の光景に、鼻をつくこの異臭に、本能が拒絶反応を起こしている。目をそらしたい、けれど、目をそらすことができない。
家の中には、壁に寄りかかるように人の死体があった。扉を開けようとした向こう側には、扉にもたれるように人の死体があった。躓いたのは、転がっている人の死体だ。死体、死体、死体……目の前には、見るだけで心を折られそうになるそれらが、山のように積み重なっている。
異臭は、生きている人が発することのないそれ。焦げ付いたような匂いは、人の肉を火で焼いたことにより発生したものだ。視覚と嗅覚が、ここに来た瞬間から狂ってしまいそうだ。
さっきまでいた無間地獄が、孤独による地獄だったが……目の前に広がるこそ、地獄と呼ぶ他にどう呼べばいいかわからないほどの惨状だ。孤独は、誰かに拾い上げてもらえばいい。隣に誰かいてくれれば、孤独ではなくなる。私が戻ってこれたように。
でも……目の前の地獄は、見ただけで生きる気力を削がれ、精神を侵される。自分が何のために行動しているのかわからなくなる。この光景をなくすために、私は……私達は、これまで……
「リーさん」
声が、かけられる。負の念に押し潰されそうになっていたところへ、私の心へ届いて来るのは……
「オル、ちゃん……」
悲しげに顔を伏せながらも、その瞳から光は失われていない、一人の少女の姿がそこにはあった。私よりもショックが少なそうに見えるのは、事前に現状をエドさんに聞いていたからかもしれない。とはいえ、ショックでないわけがない。そう、見せていないだけだ。
エドさんは、スカイくんにこの光景を見せないために場所を移している。スカイくんと共に行動していたオルちゃんの散策場所にこの惨状がなかったことが、少なからずの救いであろうか。とても、子供の彼には見せられない。
「これ……」
「……ひどい、ですわね」
ひどい、という表現で済ませるにはあまりに優しすぎる光景だ。焼け焦げた人は元々の性別が判別できないほどに焼けただれており、かろうじてわかる苦悶の表情からは、生きたまま火をつけられたのかということを思わせられる。
エドさんの村の女性達が連れてこられたとのことだが、元々他の人達もいたのだろうか。男も、女も、子供も、老人も。老若男女関係なくそこに虚しく存在している。ここに連れてこられたであろう人々も、元々いたであろう人々も、ここにはもう……生きては、いない。
ポツ、と頬に何かが落ちる。指で拭うとそれは水だった。……赤色の。空を見上げると雨……ではなく雪が降っていた。それはさぞ、美しい光景だっただろう。
……この惨状と、雪の色が血のように赤くなければ。
…………血の雪が、降り注ぐ。




